第14話 エルフの村で

 『深緑の樹海』に広がる湖。

 そのふちの広間でエルフの長老は静かに語りだした。


 

「ラミアフル様は……見事な乳をお持ちであったのー」



 その一言でおごそかな空気が台無しになる。

 長老の言葉に賛同するようにうなずくエルフの男性陣に、冷ややかな視線を向ける女性陣。



「兄さん、何を考えているのですか?」



 隣で綺麗きれいに正座しているエレインもカイにするどい視線を送る。

 カイは呆然ぼうぜんとしていた。



「いや、長老の発言に面食めんくららっただけで……、そんな目で見るなよ」



 カイはエレインから気まずそうに視線を外した。

 長老は自分の世界に没入ぼつにゅうしているようだ。

 ラミアは肩を震わせている。

 それをさっしたミネルバが。



「ラミア様が困っております。話を先に進めてください……」



 その声音はいたって落ち着いているが、カイはミネルバに視線をうつす。

 真顔。



(美人が表情を消したらここまで怖くなるのか……)



 とカイは表情が固まってしまう。

 彼女の気迫に長老も我に返ったようだ。

 この村では女性のほうが強いことを知った瞬間だった。

 長老はせき込みながら。



「そ、そうじゃ。ラミアフル様は村一番の弓の名手じゃったの―。どんな獲物も一発で仕留める。その強さ、気品はこの村の男をとりこにしたが誰一人として振り返らせることができなかったの―」


 

 長老は、しかし、と付け加える。



「1人の男をのぞいてな。その男はいきなりこの森に現れた。護衛ごえいをたった3人連れてのー。確か名前は……」


 

 長老の隣に立っていた別の男性エルフが答える。

 先程の長老の下世話な話にすら、他の男性エルフと違い無表情をつらぬいていた。

 しかし、今の話には興味があったのか、口元がかすかに笑っている。



「ミルグレス=フォン=カルバ、ガリッタ老師、エド、マグナス=レレイの4名です」


「そうじゃった。20年も前の話だから忘れておったのー。あの者達との食事は大いに盛り上がった」



 その名前にカイ達が驚きをあらわにする。

 カイ達の表情の変化に気付いたのか長老は。



「ラミア様のお父様以外にも知り合いでもいましたかのー?」



 ラミアが代表して説明をする。

 それを聞いて今度はエルフ全員が驚く。



「ほー。なんと数奇すうきな運命じゃ。ガリッタの孫二人に、マグナスの娘か。じゃが、エドやガリッタはカルバの人間だったとは思うがのー?」



 カイとエレインの表情が暗くなる。

 カイは事の成り行きを軽く話した。

 それを聞いたエルフ達は同情の視線を向けてくる。



「ガリッタ、マグナス、ミルグレスまでも死んでしまうとは……しかもあの心優しきエドが親友のマグナス、ガリッタの死に関わっているとはのー」


 

 のんきな話し方をしているが長老は右目から涙を流す。

 長老はカイ達に見られないように顔を後ろに向け、鼻の付け根を指でつまんでいるようだ。



「すまんのー。話を戻そうかのー。この村に来たミルグレスは周辺の村に危害を加えているエルフをらしめに来たと言っておった。ワシらは木を勝手に斬り落とす人間を追い払っただけだった。れ衣に腹を立てたエルフは戦ったが、見事に返りちにあったわい」



 やられたと言うわりには長老は涙を拭きながら子供のような笑みを浮かべる。


 

「そのとき迎撃にラミアフル様も向かった。百発百中の弓矢の腕でミルグレスに挑んだ。じゃが、文字通り一矢報いることもできないまま、ラミアフル様は完敗したのー。あの男が大樹を持ち上げたときは化け物でも見たかのようじゃった」



 男性エルフは共感するように何度もうなずく。



「彼らとの交流を通してラミアフル様は森の外に興味を持った。何度もあきらめさせようとしたが、一度決めたら頑固がんこじゃったからのー。結局ワシらが折れた」



 そこでラミアが意外そうに口を開く。



「そんな一面があったなんて、いつも柔軟じゅうなんに物事を考えるお母様が……」


「ホーホッホ。外の世界に出てあの子は演技力も身に着けたようじゃのー」



 カイは長老に質問した。



「本当にカルバ王ミルグレスは視察のためだけに訪れたのか?」



 実際、王が視察のためだけにこの森にたった3人の護衛を連れてくるとは考えられなかった。

 普通はもっと大きな部隊、もしくは部下だけを向かわせるだけでも良かったのだ。

 長老はカイの発言に、



「ミルグレスは初めて会ったとき王ではなくて王位継承者おういけいしょうしゃだ、と話しておったぞ。エルフの暴動をしずめた者に王の座をゆずるという話がカルバでは持ちあがったようじゃのー」


 

 じゃが、と長老は続ける。



「ミルグレスの、いや王位継承の話は次いでじゃったようじゃ。本当はガリッタの目的がメインじゃった」


「じいちゃんの……」


「そうじゃ。お主、おそらくあの男からを受け取ってはいないかの―?」



 カイは受け取った物に覚えがあった。

 カイはその場に立ち上がり右手を前に突き出す。

 紫の光が右手に集まり、光が収まると右手には『破滅剣ルーイナー』が握られていた。



「それじゃそれじゃ、ガリッタが出した剣とラミアフル様が所有しておられた『風神の弓』が互いに反応しあったのじゃ。ラミア様、試しに『風神の弓』を顕現けんげんさせてくれるかのー?」



 長老にうながされるままラミアは『風神の弓』を出す。

 すると、カイの剣とラミアの弓が一層いっそう強くかがやきだし、そこでカイとラミアの意識が途切とぎれたのだった。

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