第2話 少年の葛藤

 レオンは与えられた部屋に1か月ほどこもっていた。

 まどからは日光が差し、しばらくすると月が顔をのぞかせる。

 一日中外をながめる、そんな毎日だった。



「やっぱりこの国はひどいな……」



 窓からはキリア全体が見渡せる。

 視界一杯に広がる『ゴミダメ』のような風景。

 活気の『か』の字すらないほどれ果てていた。



「…………」



 キリアに連れてこられてから、冷静になったレオンは失った物の多さに気分が沈む。

 祖父、父、母、村の人達。

 城下の光景を見ていると失った物は戻ってこないことをレオンは痛感つうかんした。

 レオンは在りし日の思い出にしばられたまま次の一歩が踏み出せないでいたのだ。



          ※



 ある日、レオンはふと外に出ることにした。



「……城の外に出るくらいなら大丈夫なんだよな」



 『契約けいやくしょ』で制約せいやくされているのは『王』になることである。

 一度キリアを飛び出そうとしたとき、ばつがくだり全身に激痛げきつうが走った。



「久しぶりの外か……」



 城の外をしばらく歩く。

 頭上はあおみ渡っているのに、目の前には荒廃こうはいした集落。

 清潔せいけつとは程遠ほどとおい鼻をくような異臭いしゅう

 歩いてすぐに外出したことを後悔し始め、きびすを返そうとする。



「すみませんッ!!」


「ふっざけんなよ!? このガキが俺様に石を投げてきたんだろうがッ!!」



 以前、エドに石を投げつけた少年がいかつい男に石をぶつけてしまい、少年の母親が男に謝っていたようだ。

 エドのときはっすらと血がにじむ程度で済んだが、男はほほを切ってしまいかなり出血していた。

 男は真っ赤な血もあいまってか、今にもあの少年に剣を抜こうとしているようにレオンには見えた。

 すると少年がさけんだ。



「その食べ物は父ちゃんが外から持ってきた物だぞッ!」


「ウッセエええ! お前らみたいな貧相ひんそうな奴らに食われるより、俺様が食ったほうがいいに決まってんだろ!」



 少年がにらんだ先には、ならず者の男の手に握られたウサギがいた。

 おそらくあの少年の言っていることは本当のことなのだろう。

 少年の叫びに、周囲の人間がならず者に非難ひなんの声をあびせる。

 しかし、その弱々しい叫びも男が剣のつかに手をかけると消えてしまった。



「ど、どうか命だけはァ!」


「そのガキをだまらせるには、こうするしかねえんだよッ!」



 母親の謝罪しゃざいを無視して、男は剣を抜く。



「死ねッ、クソガキ!」



 風を切りながら母親もろとも少年をろうとする。



「オマエのほうが、よっぽどクソだ」



 レオンは我慢できずに彼らの間に入る。

 そのまま男の剣を自身の身体で受ける。

 魔甲まこうで身体をおおうことで、剣はレオンに触れた瞬間折れてしまった。

 その破片はへんが男の頬をこする。

 破片で切った頬の痛みに男は悲痛の声を上げた。



「イッテッえエエええええエエッ!? なんなんだテメエエえええ!」



 男は怒りでさらに顔を赤らめレオンになぐりかかる。

 その手首をレオンは掴み背負い投げをする。

 勢いもあって男は見事に背中から地面に叩きつけられ気絶した。

 レオンは男が奪ったであろうウサギを少年に渡そうとする。



「はい、君のだろ……う」



 レオンの手にあったウサギを少年はうばうと感謝もせずに逃げていった。

 母親のほうはレオンに『すみません』と一言だけ口にして、少年の後を追いかけるのだった。

 あの少年がレオンに向けた目には敵意しかなかった。

 まるで周りにいる奴らは全員敵だ、と言わんばかりに鋭く冷たかった。

 レオンは気絶した男を放置してその場を後にした。



         ※



 そのあとレオンはキリアの端に足を運んだ。



「ここからしかキリアを出られないんだよな……」



 キリアは国全体が防壁ぼうへきで囲まれており、国から出るためには1つしかない門を通る必要があった。

 しかし、門から出る人も、入ってくる人も、生気はなく死人のような顔つきをしていた。

 なかには門近くで力尽ちからつきたのか倒れている人もいる。

 レオンは心配になって近づく。



「大丈夫か……ウッ!?」



 レオンが倒れ伏している男の顔を上にすると、気持ち悪さのあまりそこでいてしまった。

 その男は既に死んでおり、焦点しょうてんの合わない目や口の中をハエがいずりまわっている。

 男の破れた服からは腐食ふしょくしボロボロの皮膚ひふあらわになり、その肉をむさぼるようにアリが隊列をなしていた。



「ボウズ、そこに近づいちゃいかんよ。病気がうつるぞい」



 レオンに話しかけてきたのは白髪が伸び散らかった老人で余命よめいいくばくもなさそうな雰囲気ふんいきがあった。



「ここで死ぬ奴らは外の野獣の強さに心折れた者たちじゃ。むしろこの国の中にいたほうがよっぽど安全じゃ」


「だけど何をって生きるんだ?」


「ほれ、少々刺激が強いが」



 老人の指したほうにレオンは目を向けた。

 野獣の死骸しがいが山のように積まれている。

 そこから肉をぎ取り骨までしゃぶる人間の姿があった。

 良い肉を取り合っている人間が争い、負けた者は地面に倒れ伏し空腹のあまり動けず苦しみの声をただただ上げていた。

 そんな地獄絵図じごくえずに再度吐き出すレオン。



「城の近くはマシじゃが、ここは御覧ごらんの通り地獄じゃ。用もなく近づくもんじゃない」


「だけど、これから……どうするんだ?」


「潔く死ぬか、生きるために争うかじゃな」


「オジサンも?」



 不謹慎ふきんしんな質問をしてしまった、と後悔したが一度口にしたらその言葉は戻ってこない。

 老人はレオンの質問に首を横に振る。



「今のワシではアイツらにも勝てやしない」


「……」



 老人はぎこちなく笑う。

 老人も食料をめぐって争ったのか、歯が欠け、白髪がむしられた部分もある。

 みにくい争いの苛烈かれつさを鮮烈に物語っている。

 老人は城のほうを眺め。



「いったいこの国の王は何をしておられるのか?」



 レオンはその言葉に胸がめ付けられる思いだった。

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