第4章  終戦と手紙

第1話 誰の記憶?

(……どこだここ?)

 


 カイは足場のない空間をさまよっていた。周囲には数えきれないほどの球体が浮いている。

 球体の合間をっていくと、ひときわ大きな球の前で止まった。



(何か見える……あれは……)



 その球体の中では何かが動き回っており、のぞき込もうとすると、カイの意識が吸い込まれていった。



          ※

       

(……ここは?)



 再度目をあけたとき、目の前に広がっている光景に、カイは息をのんだ。

 地面一帯に広がる死体の山。

 その残酷ざんこくな光景にカイは何も感じなかった。

 


(違う)



 たった2つの感情があまりにも強すぎて、他の感情をいだけなかったのだ。



(これは……『憎しみ』と『絶望』)



 カイの近くに何かがふってきた。

 砂埃すなぼこりとともに、赤い液体が飛びちりカイの足元の地面にみこむ。



(……血か?)



 カイは砂埃の先に目をこらした。

 そこから漆黒しっこくの服に身を包んだ男が現れる。

 そこに別の男が空からおりたったが、1人目の男とは対照的に純白のローブを身に着けていた。

 純白の男が何かを叫ぶと、周囲にいた人間が黒衣の男を拘束した。

 しかし、その人間は、黒衣の男や純白の男とは違った姿をしている。



(羽が生えている!?) 



 黒衣の男はしばられたが、その眼は純白の男をにらみつけていた。

 そして小さな声で、しかし、はっきりとカイにまで聞こえた。



「……必ず復讐ふくしゅうしてやる、ゼウス」



 黒衣の男の言葉に、純白の男は、右手にもった変わった形状の槍を天に向けた。

 その槍は雷を絵にかいたようなジグザグの形をしていた。

 そして、黒衣の男に向けて一言。



「オマエにかまっているひまはない、クロノス」



 その一言は轟雷ごうらいによって打ち消され、カイはショックで心臓しんぞうが止まったのではと錯覚さっかくする。

 かみなりつらぬかれた黒衣の男は意識を失っていた。

 純白の男は、羽の生えた人間に命令した。



「すぐにクロノスをタルタロスに連れていけ」



 羽の生えた人間は気絶した黒衣の男をかかえ、どこかに連れ去った。

 純白の男がカイに近づく。

 カイはさっきの出来事に目をうばわれ、自身の状態に気付いていなかった。

 彼は拘束こうそくされていた。

 


(まずい、あんな一撃もらったら……)



 カイの目の前まで来た純白の男は、申し訳なさそうにつぶやいた。

 まるで、本心ではしたくない、とでも言うように。



「すまない、君にもあばれられると困るから、少し眠っていてもらおう」



 身体全体にすさまじい衝撃しょうげきがはしる。

 意識が次第に遠のいていく。

 その時、今の今まで動けなかったカイの身体だったが、勝手に口が動いた。



「ゼウス……」



         ※



 カイの意識が覚醒した。



(灰色の壁、いや、天井か。思うように動けない)


「痛ッ!?」



 剣がはりついていたはずの右手を見る。

 カイの手は綺麗きれいに完治していた。

 カイは自室のベッドに寝かされていた。



「ばさか火傷がだおるとは……、あれ?」



 『まさか火傷が治るとは』と言おうとしたカイの声はかすれており、変な言葉が出てきてしまった。

 カイはのどをさする。

 起き上がると、カイの近くにはラミアとクロがベッドのわきで寝ていた。



「スゥースゥー」


「もう食べられないニャ……」



 1人はこしまで届く金髪の女の子。

 もう1人は褐色かっしょくの肌に綺麗きれいな白色の短髪。



「ラミア、クロか……」



 そのとき部屋に巨体の男がはいってきた。



「よっ! よく眠れたか、団長? あとでスーさんにメシ持ってきてもらうから。それと水も持ってきてやる」



 エドが水をもって戻ってくると、ベットのわきで眠っている少女たちを見ながら。



「そのおじょうちゃん達が、オマエのことをつきっきりで看病してくれたんだぞ」


「そうか」

 


 カイは水を飲みほした後、2人の少女の頭を軽くなでる。

 ラミアもクロも起きる気配はなかったが、クロの耳がピクピクと小刻こきざみにふるえていた。

 


         ※



 カイは、あれから起きたことについてくわしく聞いた。

 サイラス・カルバ軍が撤退てったいした後、カイは気絶したこと。

 カイは7日も眠っていたこと。

 出陣した軍の4分の1を失ったこと。

 そして。



「ドラゴンが攻めてきた!? ゴホゴホッ」



 のどかわきできこむカイ。

 水を一気飲みして落ち着く。



「ええ、今回ばかりはスーがいてくれて助かったわ。お姉さん一人じゃ確実にやられていたわ」



 カイの右手の火傷を治療ちりょうしてくれているティアラの口調にはいつもの余裕がなかった。

 それだけキリア内でも大規模な戦闘が繰り広げられたことをカイはさっする。

 カイ達が戦場に行っている間に、キリアにドラゴンが8頭も攻めてきた。

 今はドラゴンが破壊した壁の立て直しをおこなっているらしい。



「すまない、ティアラ。お前から魔力をもらったことをあやまらないとな」



 カイは戦争に出発する前、ティアラから魔力を分けてもらっていた。

 サイラス兵の魔力を吸収していたガレスと互角の戦いを繰り広げられたのは、そこが大きい。

 ティアラは妖艶ようえんな笑みを浮かべながら。



「気にしないで頂戴ちょうだい。与えた魔力なんてほんのちょっとだったし、当然のことをしたまでよ」



 カイは周囲を見渡した。



「そういえば、エド。カルバから連絡は?」


「カルバからの連絡は来てないな。あっちもあっちで今後どうするか、手をこまねいてるだろうよ」



 そこまでの経緯を聞いたカイは今後の方針を一言で。



「後のことは、あっちが何か言ってきてからでいいか?」


「おうよ。オマエも今はゆっくり休んでくれ」



 うながされるままカイはベッドで横になるのだった。

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