第1話 囚われの姫

 カイ達はカルバからは急いで馬を走らせて、キリアにもどった。

 

 1週間かかる道のりを全速力で、なんとか4日後の早朝にはキリアに着いた。

 気絶した少女2人を寝室で寝かせる。

 カイの部屋には、カイとマグナス、ミーシャ、そして結果を聞きに来たエドの四名がいた。

 エドが呆れ気味に口をひらいた。



「団長の連れ帰ってきた嬢ちゃんは何者だ?」


「おそらくカルバとサザンの王女だ」


「はあッ!? どうしてそんな事が分かる!?」



 少女の照明の光を鮮やかに反射する金髪がカイの目にとまる。

 そしてエレインが言った『ラミア』という名前。

 さらに、もう1人の獣人の少女は『クロ』だった。

 ルイアーナ村にいた頃、カイはラミアとクロに会っている。

 カイが話すべきか迷っているところに何かを察したマグナスが助け舟を出してくれた。



「カイ様、この方々をどうするおつもりですか?」


「状況を整理しながら決める。今は客人という扱いにするつもりだ」


「わかりました。別の部屋を用意して、そちらにこの方を移しますか? それとも……」 


「いや、いい。俺がここで面倒を見る。俺なら部屋にずっとこもっていても怪しまれない」



 カイはよく書類整理などで自室から出ない日も多い。

 一方でマグナスは復興作業、エドとミーシャは騎士団の訓練に参加しているから不在になるのは目立つ。



「そういうことでしたら……」



 マグナスはカイの意図に気付き、それ以上何も言わなかったが。

 突然ミーシャが。



「なら、私もこの部屋に住む! 少し前まで一緒に住んでたし!」


「……は? 急にどうした、ミーシャ?」



 確かにミーシャがキリアでの生活を始めたばかりのころ、1人ではとてもやっていけないと考え、カイと一緒に生活していた。

 だが、さすがに自活することができるようになったので別々の部屋で生活するようになった。



「だって、カイ一人だけじゃ危ないし……」


「心配してくれて、ありがとう、ミーシャ」


「なら……」


「でも大丈夫だ。それに、人が多かったらこの子達も怖がるだろ」



 カイはミーシャの頭をなでたが、ミーシャはほほをこれでもかとふくらませる。

 ミーシャを逆に怒らせてしまったようだ。



「なあ、団長。そんな事どうでも良いから、何があったか詳しく教えてくれ!」


「そんなこと…………」


「痛ッタ!? 何すんだ、ミーシャ?」



 エドの言葉を聞いたミーシャが彼の足を踏み抜く。

 少女の足といえど全体重のっけられたらエドであっても激痛が走るようだ。

 それを見たマグナスは2人に向かって鋭い視線を向ける。



「やめなさい、二人とも。話が進みません!」


「「……はい」」



 ミーシャとエドはめったに怒らないマグナスの威圧に押し黙ってしまう。

 カイは険悪な雰囲気ふんいきのなかカルバ城で起きたことをエド達に説明した。

 エドはふところから先日受け取った手紙を取り出した。



「やっぱり深追いしちまったのか……。で、これを出したのは誰か分かったのか?」


「たぶん、今回の依頼をした人はカルバの王族だと思う」


「おいおいマジかよ。カルバの王族がなんでキリアにこんな手紙を?」


「たぶん身内の犯行に気付いていたからだ。あんな巨大な爆炎魔法を城の中央に設置するのにもかなりの時間を要するからな。城内に怪しまれずに行き来できる人物だろう」


「それにしてもおかしな話だな。あっちの姫様をこっちで保護するなんて」



 敵国に王女を送り付けるとは王族が何を考えていたか、カイには見当もつかなかった。

 それを踏まえたうえでカイは口を開く。



「状況を理解するまでは保護するつもりだが、どう思う?」


「わかりました、カイ様。ですが、ミーシャが誤ってカイ様の名前を出してしまったのですよね? カルバからの報復行動に備えていたほうがよろしいでしょうか?」



 ミーシャはカルバでエレインと戦闘になった時に、カイの名前をうっかり口走ってしまった。



「そうだな。戦争になるかもしれない。動揺どうようを招くから他の奴らに気付かれないように、軍の編成を進めておいてくれ」


「はッ、お任せを」



          ※ 



 3人が部屋を出た後、カイは自室に寝かせた少女たちのもとに行く。

 彼女たちのケガはたいしたことないが、ここ数日眠り続けていた。

 部屋に行くと、褐色肌かっしょくはだの獣人の女の子が身体をおこしていた。

 カイのほうをむくと、警戒をあらわにする。



「ここは……どこ? あなたは誰?」


「ここはキリア城の中だ。俺の名前はカイ。食事を用意したから食べてくれ」


「キリア……、カイ?」



 獣人の少女は毛布を深くかぶり、さらに警戒の色を濃くする。



「あなたは冷酷非道れいこくひどうなキリアの王子、カイですか?」


 

 昔のカイは、ギフテル帝国からは『無能王子むのうおうじ』とののしられていたが、西の諸国には冷酷非道だと思われていた。

 それも当然だ。

 盗賊をつかって村を襲わせるような奴だ。

 カイは嘆息たんそくしながら。



「ああ、そうだ」


「ど、どうして私はキリアにいるの?」


「君は気絶する前のことを覚えていないのか?」



 少女の身体が小刻みに震えだした。

 警戒の色が一瞬で失せたかと思いきや、恐怖が彼女の顔に広がった。

 両目には今にも決壊しそうなほど涙をため込んでいる。

 目の前の少女は一粒、また一粒涙がこぼれ落ちていく。



「……」



 カイはその場で立ち尽くし、見守ることしかできなかった。



          ※



 しばらくして、獣人の少女は泣き止んだので、カイは質問をなげかけた。



「君はサザンの王女か?」


「……はい。サザンの第4王女……クロ」


「クロ……」



 やはり数年前に森の奥で会った女の子だ、となぜか安心してしまうカイ。



「なら、あのパーティー会場で何があったか、教えてくれないか?」


 

 この質問に答えようとするも、クロは恐怖のあまり震えだす。



「あれはキリアが仕組んだ事ではないのですか……?」


「違う。理由わけあって、君たちの保護を頼まれてカルバに潜入したんだ」


「保……護。誰にですか?」


「わからない、だから、君の覚えてることを聞こうと思ったんだ」


「あの時のことは、よく思い出せないです。だけど、近くにいたラミアのお母さんが爆発から守ってくれたことだけは覚えてます」



 ラミア、カイが連れてきたもう一人の少女。



(ラミアの母さんが守ってくれたってことは、カルバ城の中で俺の名前を呼んでいた女性は……)



 カイは一度頭で内容を整理しながら、



「ありがとう。それだけで十分だ。ここに食事を用意したから」



 少女は傷ついた手でそっとスプーンを握ろうとするが、痛みゆえにうまく持てないでいた。

 落ちたスプーンが毛布の上に落ちた。



「仕方ない、貸してみろ」



 カイは落ちたスプーンを拾い上げ、スープをすくった。



「どうだ、食べられるか?」



 少女は警戒しながら、香りをかいでから口に入れた。



「……ありがとうございます」

 

 

 クロがごはんを食べ終えると、彼女の口周りにスープの汁がついていたので、カイは持っていたハンカチで口を拭いてあげた。

 クロは恥ずかしかったのか顔を赤らめながら、



「だ、大丈夫、自分でできるニャッ!?」


「ニャ……?」


「ごめんなさいニャ、どうしても口癖でッ」


「話しにくかったら、そのしゃべり方でもいいが」


「は、はい。ありがとうございます」



 そんなこんなで、食器を片付け戻ってきて、一段落するとクロは驚きの質問をする。



「あの……アナタは本当にキリアの王、カイですか? どうしても聞いていた印象とかけ離れているニャ」


「い、印象?」


「残酷で、盗賊を使っては村々を焼き払っている、ってサザンにいた頃、耳にしたニャ」

 

「けっこう頑張ったんだが、2年じゃクズ王子のイメージは変わらないか」


 

 クロはカイの返答に不思議そうな顔をする。

 例え『今の』カイがどれだけ頑張ったところで、『昔の』カイがやったことは変わらないし、クロの抱いているイメージは多くの人間が持っている。



(クロ達を保護する以上、彼女達に不信感を与えたら、これからの行動の障害にもなり得る。ここで話しておくべきかもしれない)



 とカイは考えた。



「俺はこのキリアの正当な王じゃない」

 

「ど、どういうことニャ?」


「俺のもとの名前はレオン。ルイアーナ村出身の村人だった」


 

 カイはどういう経緯で今の立場になったのか説明したが、クロは衝撃的な告白に終始しゅうし目を白黒させていた。

 カイの説明が終わると、我に返ったクロが。

 


「レ、レオンって、熊丸のお友達の?」


「ああ」


「もしかして、え、エレインのお兄さん?」


「エレインを知っているのか!?」



 カイはクロの華奢きゃしゃな肩を強くつかんでしまった。

 クロは少し顔をゆがませる。


 

「い、痛いニャ……」


「す、すまない」



 カイは彼女の肩から自分の腕をどける。

 微かに肩のところにあざがついてしまった。



「エレインは……生きてるのか?」


「うん、熊丸があのお花畑に連れてきたニャ。その後、ルイアーナ村で起きたことを聞いて、行くあてのなかったエレインをラミアが引き取ったニャ」


 

 カイはルイアーナ村が襲われたとき、熊丸に頼んでいたのだ。

 エレインを連れて、あのお花畑に向かうように。



「そうか、エレインは生きているのか……」



 カイはエレインが無事であることを知って、この2年間ずっとこらえていた物が頬をつたった。

 もう17歳にもなるのに女の子の前で泣き崩れてしまう。

 口から漏れないように抑えていたが嗚咽がこぼれでる。

 しばらくの間、頬を流れていく雫を止めることができなかった。

 クロは注意深くカイの顔を覗き込む。



「よく見たら2年前に会った男の子にそっくりニャ。だけどミャーはアナタがレオンだってこと信じきれないニャ」


「それでいい、キリアの『カイ』だって思われたくなかったから、言っただけだ。俺はラミアのところに行くから、休んでいてくれ」


「ラミアもここに!?」


「ああ。だが、まだ眠ったままだ」


「よかった……」



 クロは、ラミアの無事を聞き胸をなでおろしたのだった。

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