第2話 姫の動揺

 クロが落ち着いてから、カイは隣の部屋で寝ているもう一人の少女のもとに行く。

 彼が着いたころにちょうど目を覚ましたようだった。

 カイが入っていくと、金髪をふり乱しながら少女が警戒をあらわにする



「不届き者! 部屋にしのびこむとは何を考えているの! 兵よ、早くこの者を追い出してッ!」


「すまない、ここは君の知っている場所じゃない」



 少女は部屋を見渡すと、深紅のひとみり上げる。



「ここはどこなの……?」


「キリアの城の中だ」


「キリアって……アナタ、このラミア=フォン=カルバに何をしたかわかっているの? カルバが攻めてきたら、この国は一瞬で滅びるわよ!」



(ラミアはクロと違い、あの火災のことを覚えていないのか……。こちらから伝えても混乱させるかもな)



 と考えたカイは考えたが、包み隠さず話すことにした。

 隠していても後々バレて混乱されるより今のうちに話して状況を知ってもらうほうがマシだと考えてのことだった。



「う、嘘よ……」


「残念だが本当のことだ。王族の生き残りは君しかいなかった」



 少女の身体が不安で小刻みに震えだした。

 しかし、それを表情に出さないようにしている。



「君はカルバの王女ラミアで合っているか?」


「……」



 無言をつらぬこうとしているが、素性を知っているのでカイはあきれながら。



「話が進まないから首を振るなりしてくれると嬉しいのだが……」



 カイの話を遮るようにラミアは口を開く。

 その声音は恐怖を誤魔化そうとしているようだった。



「アナタ達のやったことが露呈ろていすれば、カルバや西の国々が黙っていないわよ」


「さっきも言ったが王族殺しはキリアの仕業じゃない」


「証拠は? そちらの話を信じるほうが可笑しいわ」



 カイはため息をつきエドから受け取っていた手紙を、ベッドの端のほうで臨戦態勢を取っているラミアに投げて渡す。

 手紙を読んだラミアの手がふるえてくる。



「こ……これ、お母様の字だわ。まさか本当に……」


「今は信じなくてもいいが状況が分かるまで君を捕虜ほりょとして扱うから。はい、朝食」



 カイはベッドの横にあるテーブルに朝食のスープを置き、部屋を出ていくのだった。



           ※



 カイが部屋を出て書類を軽く整理してから戻ってくると、テーブルにのっていたスープは手も付けられずに残っていた。



「少しは食べたほうが良い。4日も何も食べてないのだから」


「……この国の食べ物なんて食べられるわけないでしょ」



 王族としてのプライドが先行したのか、単に動揺しているだけなのか、まともな判断ができていない。



「捕虜ならこれくらいで勘弁してくれ。いざって時に動けなかったら損をするのは君だ」



 ラミアはカイの正論にとなえることができず、ゆっくりと食事を始める。

 食べ終えると再度ベッドの端のほうに行き、カイをにらみつける。

 警戒しているというよりはどこか観察しているようだった。



「……アナタ、本当にキリアの王? どうしても聞いていた印象とかけ離れているわ」


「同じことをクロに言われたな」


「クロもいるの!?」


「ああ、隣の部屋で寝ていると思う。落ち着いたら行けばいい。それで? 俺の印象ってどんな感じなんだ?」


「残酷で盗賊を使っては村を焼き、一般人にすら容赦なく剣を振るう残虐非道ざんぎゃくひどうな王。カルバでもアナタが引き起こしたであろう襲撃事件をいくつも確認しているわ」



 2年前にキリアの王・カイが国内の盗賊を集めてカルバ領の村を襲っていたことにカルバは気付いているのかもしれない。

 疑念の視線を向けるラミアにカイは真実を話した。



「俺はこのキリアの正当な王じゃない。俺のもとの名は『レオン』だ」



 どういう経緯で今の立場になったのか説明したが、ラミアはその告白をただ黙って聞いていた。

 カイの説明が終わると我に返ったラミアが。



「もしかして、え、エレインのお兄さん?」


「ああ、エレインは……やっぱり生きているのか?」


があのお花畑に連れてきたわ。その後、ルイアーナ村で起きたことを聞いて行くあてのなかったエレインを私が引き取った」 


「そうか、が……。エレインは生きているのか……。今『エレメントマスター』って呼ばれているのは、もしかしてエレインなのか?」



 ラミアは言葉に詰まっていた。

 エレインと『エレメントマスター』を結び付けたことや、『一匹のクマ』としか言っていないのに『熊丸』と言い当てたことに驚いているのかもしれない。



「……そうよ。自分が弱かったせいで村の人も、家族も失ったってなげいていたわ。それからすごい特訓して……って、もしかして会ったのかしら?」


「カルバに潜入せんにゅうしたときに戦った」


「……」



 ラミアは半信半疑の状態でカイの様子を眺めている。



「確かに……あのお花畑で会った男の子と瓜二つね。敵陣営にいる以上アナタの言葉を簡単には信じられないわ」


「それでいい、キリアの『カイ』だって思われたくなかったから言っただけだ。俺はもう行くから休んでいてくれ。リビングとかには行っていいが、極力この寝室の外には出ないでくれ」



 ラミアはまだ警戒の色をにじませていたがカイは気にせずにその寝室を後にしたのだった。

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