第1話 始まりの村

 朝日が昇り始め、窓の隙間からくぐり抜けるように入ってきた光が少年の目を突き刺す。

 耳元で少年を呼ぶ声がする。



「……レオン兄さん……」


「まだ……あと5分……」



 ルイアーナ村に住む12歳の少年、レオンはかぶっていた毛布を引きはがされた。

 まぶたを開くと、腕を組んだ少女が眉間みけんにしわを寄せながら見下ろしていた。

 少女の黒のセミロングが視界にはいると、レオンは顔を合わせないように寝返ねがえりを打つ。



「レオン兄さん、起きてください。今日は畑の仕事を手伝う約束ですよ」


「わ、わかったから、ゆらさないでくれ、エレイン」



 エレインは寝ているレオンの身体を大きくゆする。

 太陽が昇り始め、外では村の人たちがせわしなく動き回っている。



「ほら、朝食はできていますから、早く来てください」


「着替え済ませてからでいいよな」



 レオンがエレインの返答を待たずに着替えを始めると、エレインはあわてて部屋を出ていく。

 部屋の外でかすかにエレインの声が聞こえる。



「兄さんのバカ、女子の前で着替え始めるなんて考えられません」



 エレインが部屋から出て行ったのを確認すると、レオンは再度ベッドに顔をうずめる。



「別に妹だからいいだろ……」



 レオンは目を閉じようとしたが、ほほをはたかれる。



「痛った!?」


「やっぱり二度寝しようとしていましたか」



 エレインはレオンをにらみながら冷めた声で言い放った。



「いきなり叩いてくる奴があるか……、い、いや…………、ごめんなさい」



 逆ギレしてごまかそうとしたが、エレインの剣幕けんまくのあまりあやまってしまうレオン。



「謝るくらいなら、すぐに準備して手伝いをしてください」



 エレインに引っ張られるようにして、レオンは両親がたがやしている畑に連行された。

 両親は、そんなレオンの情けない姿にため息をつくのだった。



         ※



 両親の手伝いを終えると、ルイアーナ村の端に位置する教会にレオンは足を運ぶ。

 1人の老人がほうきを手に落ち葉を集めていた。



「じいちゃん、今日も稽古けいこをつけてくれ!!」



 村のみんなから『ガリッタじい』と呼ばれるレオンの祖父だが、村の中では一番強い剣士でもあり、若いころは各地を旅して修行していたらしい。

 ガリッタはレオンの剣の師匠ししょうであり、魔法なども教えてくれた。

 ガリッタは振り返りレオンに声をかけた。



「今日は少し早いが、親孝行おやこうこうはちゃんとしておるのか?」


「……もちろん」


「はあ……、どうせエレインに後片付けを押し付けてきたのではないか?」



 言葉に詰まるレオンを見て、ガリッタはため息をつく。

 ガリッタは腕を組み仁王立におうだちになると、



「剣をきわめるには技術だけではなく精神もきたえなくてはならん。そのために他者を思いやる気持ちを育んでいく必要があってだな……」



 レオンはガリッタの説教を聞き流していく。



「……分かったか、レオン? 今日はこのくらいでいいじゃろ」


「今日は何を教えてくれるのッ!?」



 欠伸をしていたレオンは興奮しながら聞く。



「『魔甲まこう』じゃ」


「まこう……?」


「まあ、見ておれ。今から、あの木を倒す」



 ガリッタは近くの木を指さしながら、右手で握り拳を作る。

 すると、右手が青いまくのようなものにおおわれる。

 かすかに魔力のようなものをレオンは感じた。



「しっかり見ておけ、これが魔甲まこうジャっ!」



 ガリッタがこぶしを木にたたきつける。

 周囲に余波よはがふきぬけ、飛んできた砂埃すなぼこりに目を細めるレオン。



「なんだッ!?」



 風が落ち着き、レオンはゆっくり目を開けるが、木は倒れていない。

 ガリッタは拳を木につけたまま静止せいししていた。



「じいちゃん……?」


「レオン、ここに力を入れてみろ」



 ガリッタが指をさしたのは拳のあとがついた少し上のところだ。



(じいちゃんの力で、木が倒れるなんてありえるわけないよな……)



 そう思いながら、レオンはそこに手を伸ばした。

 しかし。

 触れたところから亀裂きれつが走り、木はメキメキとたおれてしまった。



「ど、どうして……!?」



 ガリッタが得意気に、



「これが魔甲まこうじゃ。魔力をまとうことで、強大な威力が得られる。防御ぼうぎょについてもしかりじゃ」


「す、すごいッ!! それで、じいちゃん。その魔甲まこうを俺に教えてよ」



 ガリッタは指を立てる。



「1つだけ条件がある。誰かのために人を殺す覚悟かくごを持つことじゃ」


「殺す覚悟……?」


「まあ、よい。いずれ分かる時が来るじゃろ。どれ、教えてやるから、そこに立て」



         ※



 次の日もレオンはガリッタから『魔甲まこう』を教わっていた。



「……よし、基本的なことは全て教えた。あとは実践じっせんあるのみじゃ」


「俺にできるかな?」


「安心せい。基本的なことができれば、木に傷をつけることくらいはできるはずじゃ」



 ガリッタは巨木を指さす。

 レオンはその前に立つ。



「魔力を手にまとわせるように……」



 つぶやきながら集中力を高めるレオン。

 その光景にガリッタが声を荒げる。



「ちょ、ちょっと待て、レオン。止めるのじゃ!」



 ガリッタは何かに気付き、あわててレオンに近づこうとする。

 だが、膨大ぼうだいな魔力によって生じた強風が吹き、ガリッタはその場で足をんばるのがやっとだった。



「いけええええええええッつ!!」



 レオンは右拳を前に突き出す。

 突き出された拳がめり込む。

 爆音が周囲にとどろき、吹き荒れる余波よはによってレオンの身体がちゅうに飛ばされてしまうのだった。




         ※



「やりおった……」



 ガリッタのあきれ声に気付いて、レオンが起き上がると、周囲一帯の木が風圧で倒されていた。

 しかも、大地までをも扇状おうぎじょうえぐり取っている。

 ざっと見ても倒れた木は、数十本はくだらない。



「……え?」



 林に広大な更地さらちができてしまった原因を理解したレオンの顔から血のが失せたのだった。

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