第140話 異世界生殖概論

 今更減数分裂と生殖の説明をするのはね、ふつう生殖──子孫を残していく過程では、二価染色体の形成──相同染色体同士の対合・・・・・・・・・・が不可欠という点を強調しておきたかったからだよ。

 近縁な種では配偶子の接合・受精は可能な場合もある。雌ウマと雄ロバでラバという風に。

 でもウマとロバでは染色体数が異なり、大きさもバラバラ。当然、二価染色体は形成されず、配偶子形成が不全となり子孫を残すことが出来ない。


 この世界にはマナが存在するから、物理的な対合の補助をさせることは可能かもしれない。

 だけど、どの遺伝子設計図がどの染色体ファイルに存在しているかは生物種によって異なるんだ。

 乱暴な例えをすると、脳をつくる遺伝子がウマでは1番染色体に、ロバでは2番染色体に存在しているとしよう。

 その場合、子どもにちゃんと脳をつくってやるためにはどちらかの染色体が配偶子に含まれていなければならない。

 じゃあ、心臓は? 肺は? 手は? 足は?

 実際には臓器単位といった遺伝子の分かれ方はしていないけれど、からだの構成・しくみを細分化していったときに染色体数より多いのは感じてもらえると思う。


 “一遺伝子一酵素説”を引き合いに出せば、酵素は“基質特異性”をもち、作用する対象がひどく限定されている。“一遺伝子一反応”と言い換えても差し支えないから、生体内の化学反応が23個の反応で出来ていると言われて信じられるかい?ってことだね。

 まぁ、この“一遺伝子一酵素説”を推し進めても、酵素としてのはたらきをもたないタンパク質は何なの?ってなるから、“一遺伝子一ポリペプチド説”へと発展するんだけど、実際のところはこれも当てはまらない。


 アミノ酸同士の脱水結合をペプチド結合といい、複数のアミノ酸が繋がったものをポリペプチドという。複雑な立体構造をとる前のタンパク質の前駆体なんだけれど、1つの遺伝子は必ずしも1つのポリペプチドをコードしているとは限らない。

 遺伝子が発現する際はmRNAに“転写”が行われる。このmRNAは遺伝子本体──設計図原本を守るための複製だね。

 で、この設計図の複製mRNAをもってタンパク質工場へ向かうんだけど、中には不要な情報も混じっているから、最終目標に合わせて取捨選択が行われる。不要ページを取り除くこの過程を“スプライシング”という。

 ここでの取捨選択の仕方で最終産物が異なってしまう仕組みがあり、大本の設計図は1つでも複数の生産物が出来るから1対1対応というわけではないんだよね。この取捨選択を“オルタナティブ選択的スプライシング編集”という。

 工業的に例えるなら、1枚の図面に部品図が複数描かれていて、部品の組み合わせ次第で出来上がる物が変わってくるという話。

 もっと俗っぽい例えにすると、コンパチキットになっていて、陸戦型か宙戦型か選んで作ってねってかんじ。


 選択的編集が出来るとはいえ、そこはやはり一遺伝子一染色体という贅沢な構成になっているわけではないので、五体満足に仕上げようとするなら、ウマ由来の染色体のセット、もしくはロバ由来の染色体のセットを維持しなければならない。

 マナを用いれば染色体のセットの維持は可能だろうけど、それって何の意味があるのってなっちゃう。

 はじめからウマ同士、ロバ同士で子どもをつくっていたら必要ない過程だからね。労力の無駄以外の何物でもない。

 このように、「その生物のからだを構成する分割出来ない遺伝子の一揃え」のことを“ゲノム”という。

 父母からそれぞれ1式ずつ、計2式をもっているのが有性生殖をする個体の体細胞というわけだね。


 減数分裂をしなければ、ゲノムを崩さずに個体をつくっていけるじゃないかと思うかもしれない。

 これはマナがなくても出来る話で、労力の無駄はないように思えるね。


 しかしながら、遺伝子の面白くもおかしな話なんだけど、遺伝子は多すぎても駄目なんだ。さっき話した“多精子受精”が不妊の原因になるようにね。

 重複したX染色体は不活性化することは話したね。X染色体はこの機構を備えているために、重複しても大きな問題は起こりにくい。XXXYなんて状態も起こりうる。

 これに対してヒトの21番染色体が3本になるとダウン症となって、症状は人によって異なる。

 染色体の重複は真に重度であれば死産・流産となるし、産まれてきても長くは生きられなかったり。軽度であれば特に大きな不自由なく生活出来ることもある。

 遺伝子にも“致死遺伝子”といって、両親ともから受け継ぐと死んでしまう──死産・生まれてこれない原因となる遺伝子もある。

 設計図が多過ぎて現場の工場が混乱してパンクしてしまうかんじかな。


 染色体を蓄積させていくことはそういった遺伝子の重複を起こりやすくしてしまうこと。

 近親での婚姻が避けられる理由も、問題を引き起こす遺伝子が重複するのを避けるためさ。父母兄弟姉妹では同じ遺伝子をもっている可能性が赤の他人より格段に高いからね。

 問題のある子へ福祉を割かねばならぬとすれば、法で禁じるのも当然となるわけだ。

 まぁ、森エルフも海エルフもそのあたりの問題はクリアしているから安心してくれていいよ。ホント『賢者』・『大賢者』様々だよ。エルフ以外との婚姻を繰り返せば、当然その恩恵は失われるけどね。



 物質的に見ても、染色体が蓄積していくことになるから、細胞核の占める割合が大きくなり、細胞自体の活動も阻害されてしまうことになる。

 細胞自体が大きくなることで対応したとするなら、細胞を大きくする遺伝子が必要だね。極々初期の段階でその遺伝子をもった生物と交わり、取り込む必要がある。

 もしくは突然変異で遺伝情報の改変が為されて偶然獲得するか。細胞を大きくする遺伝子も、元を辿れば突然変異によって得られたものだから、なんら有り得ない話ではない。

 そして体細胞が大きくなれば、からだ全体も大きくなる。総じて巨大化した生物に囲まれることになってしまうね。


 こう話すと可能性がなくもないように思えるかもしれない。

 でも種族バラバラの両親から生まれる子は、全く異なった容姿・形質を示すし、世代を経る度に染色体が倍々ゲームで増え、細胞の大きさも増していく。


 タンパク質主体の細胞骨格では支えきれなくなってくれば、金属元素を多く取り込んだり、C炭素に代わってSi珪素を主骨格に置き換えた化合物の活用も必要になるかもしれない。

 DNAでの置換は生物としての体系が異になるからここでは割愛する。

 卵生ならまだしも胎生なら母体の負担は計り知れないね。配偶子だって巨大化していく。

 性別だって性染色体を両親ともから受け継いでいるから別の要因で決定するしかない。性別があればだけど。雌雄同体でどちらの役回りも適宜行えるようになっていてもおかしくない。

 染色体の蓄積度合いは世代を重ねる度に増していくから、遺伝学上の同種の生物はいなくなり、生態的な特徴からその生物種として認められるようになる。“合成獣キメラ”ってね。どんなワンダーランドなんだよ。



 この世界では獣人が生まれるのは、妊娠中の胎児に対して、人獣コボルトのマナが作用した結果。染色体遺伝子はヒトそのものだから、只人ともエルフとも子を成せる。

 人鬼オーガはヒトをベースにしているけれどもゴブリンの性質が勝ちすぎるせいか、単為生殖が行われるね。


 もし仮に生物皆“合成獣”な世界ではなく、人猪オークとのハーフが生まれ、生殖能力もあるのであれば、その人猪はヒト種の1つであり、特別な理由なく殺害することはあってはならない。

 此方の命を脅かしてくるなら、十分な理由とはなるだろうけどね。


 合成獣な世界であれば、すべての生き物たちが生殖面で伴侶となり得るわけで、言語の話と同様に肉食は不可となる。植物も対象に入ってくるようなら、何を食べればいいか分かんないね。

 食事に対してそういった倫理観がはたらかないというのなら、そのときの気分で相手を肉にするか伴侶にするか決めちゃう殺伐とした世界じゃないかな。


 半人半馬ケンタウロスは雌雄の区別があり、容姿の個性がありつつも、形態的には一貫性が見受けられるから、単為生殖でも合成獣でもなく通常の生物と同じと思われるね。

 将来的によき隣人になれたとしても、生殖面ではパートナーとなることはあり得ない。

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