第139話 減量のすゝめ

 あと、何を分解してエネルギー源としたかは、“呼吸商”が一つの指標となるって話がある。

 “呼吸商”っていうのは吸った酸素に対する吐き出した二酸化炭素の割合のこと。


 炭水化物の場合、完全燃焼するとブドウ糖では、C6H12O6+6O2+12H2O → 6CO2+24H2Oとなって、O2酸素CO2二酸化炭素の体積比は6(CO2):6(O2)で割合は6/6=1.0となる。


 脂質では生体内でよく使われているパルミチン酸を例にすると、C16H32O2+23O2 → 16CO2+16H2Oとなって、呼吸商は16/23=0.696… およそ0.7だね。


 タンパク質では、代謝経路が複雑化するからアミノ酸で計算していくけれど、種類自体は何でもよくって、取り敢えず必須アミノ酸の一つであるロイシンを例にしようか。

 そうすると2C6H13NO2+15O2 → 12CO2+10H2O+2NH3となって、呼吸商は12/15=0.8となる。


 アミノ酸は側鎖によって反応式も計算も異なるから、こんな単純な計算がすべてで成り立つ訳じゃないけど、タンパク質中での含有量や代謝経路も加味して、この0.8の値を採用して良いことになっている。

 とはいえ、炭水化物と脂質を呼吸基質──エネルギー源とした場合、1.0~0.7の間の数値をとることになるし、割合次第ではまさに0.8になることもある。

 とどのつまりこんな数字遊びに意味はなくって、知っておいてほしいことは「脂質の燃焼には多くの酸素が必要になる」という点さ。


 運動して直接カロリー・エネルギーを消費していく場合、酸素が行き渡っていない状態だと脂質の燃焼効率は低く、贅肉を減らし難いってことだから、無酸素運動は避けた方がいいってことになる。

 じゃあ有酸素運動こそが至上かというと、そうでもない。



 今度は消費カロリーに着目してみようか。


 消費カロリーは大きく2つに分けて考えることが出来る。

 1つは運動時に消費するカロリー。主に骨格筋の動作に関するエネルギーだね。

 もう1つは生命活動を維持するためのカロリー。心臓の拍動や動脈の収縮、消化管の蠕動、腎臓での血液濾過など多岐にわたる。

 実際のところ、骨格筋は後者を補助する役割もあるため、完全に切り離して考えることは出来ない。

 静脈の血液返送に骨格筋の収縮が補助的に利用されているのは周知のところ。ふくらはぎが第二の心臓とよばれたり、競走馬の脚の骨折が生存を左右することになったりするね。

 内臓だけに留まらず、全細胞での活動において利用される酵素は37~40℃を最適温度としているから、そのあたりに体温を維持する発熱体としての役割も担っている。

 だから2つのカロリーの使い道の分け方としては、“意識的な身体の動き”と“無意識的なからだのはたらき”とした方が分かりやすいかな。

 この2つの総和が摂取カロリーより大きければ痩せる方向に傾くし、小さければ肥る方向に傾くわけだ。


 その点を踏まえると、減量も2つの方向性を見出すことが出来るね。

 1つは“意識的な身体の動き”を増やしてカロリーを消費する方法。もう1つは“無意識的なからだのはたらき”を増やしてカロリーを消費する方法。


 前者は単純に動き回ればいいね。

 効率を求めるのであれば、無駄を追求することも一つさ。

 日々の動きは程なく簡素化されている。

 歩くこと一つとっても、太腿から脚を上げて蹴り出し、重心を前にズラした後は、脚は振り子の運動で慣性に従い前方へ着地する。引き寄せる追脚も同様に太腿から動き、交互に続けることでスムーズな歩行となっている。

 このとき動作を断片的に行えば、慣性として生じた物理エネルギーを打ち消すことになり、筋肉は余計な仕事を行うことになる。

 片足を上げただけで、反対側の軸足では“伸筋反射”が起こり、転倒しないようにバランスをとろうとする。“反射”だから大脳を介さない運動──無意識下での筋運動が生じているわけだ。連動して上体での姿勢維持に関わる深部筋肉群インナーマッスルも同様さ。

 ゆっくりと動くことで、普段は意識しない・意識出来ない筋肉の使用を促すことが出来る。

 意識的運動の中にある無意識的運動を意識することが、消費カロリーを増大させることに繋がっていくという考え方だよ。


 次に後者だけれど、生命維持に関わるものでもあるから、あまりに荒唐無稽なことは出来ない。

 安全かつ分かり易いのは、骨格筋の量を増やすこと。

 筋肉量が増えることで、生命維持に必要となるエネルギーの総量が増えるため、消費カロリーが増えるというわけだね。

 体温の8割近くが骨格筋で産生されるから、熱総量も増えて代謝効率も上がり、冷えに対して強くなる。

 じゃあどうやって増やすか。


 筋肉量が増えるということは、筋細胞──筋繊維が増えることではなく、筋繊維が太くなること。筋繊維内のアクチン・ミオシンの両タンパク質繊維が増えることに由来する。

 これらの繊維が増えることで、筋肉の収縮力が増大し、発揮出来る力が大きくなる。

 大きな力を発揮する必要があれば、筋肉は太くなっていく。「需要があれば供給を」ってのは一つの真理だね。

 筋肉に負荷をかければ太くなるということで、いわゆる筋力トレーニングを行えばいいわけさ。

 トレーニング自体も運動を伴うわけだから、能動的なカロリー消費の副産物として受動的なカロリー消費の増大がついて回る、高効率な減量法となる。


 さらに効率を求めるのであれば、筋肉自体が大きい部位を優先的に鍛えること。

 具体的には広背筋や大腿四頭筋、大腿二頭筋・半膜様筋・半腱様筋からなるハムストリング、大臀筋といった脚部筋肉群あたり。

 女性にとっては「肩幅が広く見える」とか「脚が太く見える」とかで敬遠されがちな部位だね。

 そんな人たちにオススメなのは、大腰筋と腸骨筋からなる腸腰筋。骨盤周りの深部筋肉群で太腿を引き上げを担う。高齢者の躓き・転倒防止のために不可欠な筋肉だけど、筋肉としては大きく、実利を兼ねた部位と言える。

 腰回りの筋肉ということもあって、内臓脂肪やお腹周りの皮下脂肪の燃焼に期待されもするよ。

 因みに、筋肉は脂肪より比重が大きいため、体重そのものとしては重たくなるから目先の体重だけにとらわれちゃいけないよ。

 減量の“量”は、“余計な”脂肪の“量”と思ってね。


 そうやって身に付けた筋肉も、負荷が減った生活を続けていれば衰えていってしまう。

 需要がなければ供給する必要がないからね。怠け者の大飯食らいを野放しにするほど、生物のからだは余裕があるわけじゃない。

 不要な筋肉は分解され細くなっていってしまう。

 鍛えて筋肉が大きくなったところで、サボれば細く戻るのだから、一時的な体型変化と割り切る人も少なくないよ。

 最終的に重要なのは、カロリー・エネルギーの収支バランスだから、そこが自身に合ってさえいれば、正解なんてあってないようなもんさ。


 先の有酸素運動か無酸素運動かって話も、直ぐに脂肪を消費していきたいか、後からゆっくり減らしていきたいかでどちらを選んでもいい。筋力トレーニングは無酸素運動だからね。

 山登りはカロリーを位置エネルギーに置換する行為でゆっくり行えば有酸素運動。

 反対に下りは位置エネルギーを筋肉で受け止めて発散させる行為だから、筋肉に負荷がかかる無酸素的な運動。

 余程の運動不足じゃなけりゃ、登山やハイキングで筋肉痛になるのは主に下りが原因だよ。


 減量を行う上で気を付けなければいけない点は、ストイックに攻めすぎないこと。飢餓遺伝子のスイッチがオンになってしまえば本末転倒だからね。


 アイスクリームを食べて体温を下げると、骨格筋が熱産生を行ってカロリーが消費されるから、摂取カロリーはないものとするという考え方、頭悪くて僕は大好きだよ。



 飢餓遺伝子に焦点を合わせたけど、遺伝子をもっているからといって、それが使われているかどうかは個によって異なるし、遺伝子がオンになっているからといって、正しくはたらいているかどうかはまた別ってこと。

 遺伝子は設計図であって、材料がなければ何も作れやしないんだから。

 遺伝子が同一クローンであったとしても、個の同一性は何一つとして証明出来やしない。

 複雑化した生命はぞれだけで多様性の宝庫と言えるわけさ。

 訓示めいたことを言うと、キミたちの代わりが存在し得ないことは生物学的に証明されているってことかな。

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