第135話 生殖と遺伝子の健全性
臓器から見た生理的特徴はそんなところかな。
骨格としては先に触れたように、人―馬の境目で脊椎が直角近く曲がるため、人体部の腰椎辺りから棘突起が小さくなっていって、高い可動域を確保しているね。
そして人体部仙椎──馬体部上部胸椎に当たる位置で大きな椎骨が出来ている。人体部の脊柱起立筋群下端が結合することで、人体部を垂直に支えられている。
言うなれば第二骨盤だね。
但し、中肢の肩甲骨とは癒合せずに離れているから、ヒトや霊長類で見られる内臓の受け皿としての役割は果たせない。
骨が先か臓器が先かは分からないけれど、人体部で消化器系が退化したのは、この部分も関係あるんだろうね。
少なくとも中肢肩甲骨の自由を確保することで、高い運動能力を得たと考えられる。
それに加えて馬体部胸骨が発達して、人体部腹筋群下端の結合点を作っている。
臓器が退化していることで、腹筋群自体も発達著しく、拮抗筋となる背筋群も同様に発達している。
このため外見上は分かりにくいけど、脊柱は背面寄りではなく中央寄りを通っていて、大きな曲線として直角部を形成している。本当に直角だったら椎間板への負担も大きいし、激しい運動一つで脊髄を損傷しかねないしね。
ということで、人体腹部は骨格筋の集まりで、攻撃しても致命傷とはなりにくいね。
狙うなら頭部、頸部、馬体腹部。肋骨を避けられるなら肺と心臓を狙って両方の胸部かな。
前肢・後肢付近はそれぞれヒト・ウマに準じているね。
ちなみに乳房は馬体側だよ。
乳児のためなんだから、当然といえば当然だよね。
背丈が人体側の胸部に届く大きさでの出産となると、妊娠期間も長くなるし、出産時の母体への負担も大きい。妊娠中の日常生活さえままならない。
抱きかかえられるサイズで産んで授乳するのも出来なくはないだろうけど、歩行に4肢を使えるのだから歩いて欲しいところだね。
母体に子どもを抱える余裕があって、出産時の負担を軽減するように生存圧がかかれば、人体側での乳房発達も起こり得るかな。
生後間もなく歩けるサイズまで子宮で育て出産するのと、歩けるまでは遠くとも母体に負担の少ないサイズで出産し育てるのとで、どちらが生存に有利にはたらくかが分かれ目だよ。
例えばカゴに子どもを入れて背負って運べば、胎に抱えているのと近い状態に出来る。重心は上がるし表面積──空気抵抗も増えるから、消費するエネルギーは増えるし外敵に狙われ易い。
それと妊娠時のエネルギーの収支、生存率の高さが進化の方向を決めていくことになる。
ヒトの場合だと、直立二足歩行による骨盤の変化から産道を大きく維持出来なくなり、子どもを小さく生まざるを得なくなった。
それでも直立二足歩行によって得られるものが生存に有利にはたらいた結果、他の類人猿よりさらに未熟な段階で出産する今のかたちがあると言われているね。
視点が上がったことで外敵を発見し易くなって遭遇率を下げたとか、頭部を支える方向が変わったから脳の大型化──知性の獲得に繋がったとかね。
外敵の少ない肉食動物や育児嚢をもつ有袋類なんかだと、子を守る労力が少ないから比較的未熟な段階での出産でも問題は起きにくいね。
その点では胎児の生育段階が少し手前で出産に臨むこともあっただろうけど、子宮は妊娠の前後で大きく変化するからね。
骨格さえ十分なら従来の成長段階で出産したと考えられる。
肩や頭の大きさが変わったわけじゃないから産道の大きさは問題ないだろうからね。
多くの草食哺乳動物同様の進化を続けて、生後間もなくの歩行が可能だとみていいんじゃないかな。
今後人体部で乳房の発達があるとすれば、先述のとおりか性象徴としてがありそうだね。
文明化が進み衣類を身に付けるようになったとき、異性の気を惹く魅力のひとつとしてや、成熟──生殖可能の証として肥大成長するかもしれない。“婚姻色”の代わりにね。
野生動物の多くでは、生殖に関するきっかけは雌から発信される。
肉体的に生殖可能な大きさに達したとか、性周期が合致したとか、そういった生殖に必要な条件を満たしたことを雄へ知らせる。
それは卵を抱えた大きなお腹だったり、赤く充血して濡れそぼった性器だったりする。
そしてソレが伝わらなければ、貴重な繁殖の機会を逃してしまうことになるから、視覚以外での伝達方法も併せて用いられる。
甘い声だったり、性フェロモンの分泌だったりで広範に知らせるわけだ。声は聴覚、フェロモンは嗅覚だね。
人間は性フェロモンに対して、明確な“ニオイ”の知覚は無いと言われているけれど、受容は確かにしていて反応もあるんだって。
だけど知覚されていない分、理性の方が上回ってしまって“気のせい”で済まされちゃう。「なんだかムラムラするなぁ」程度にね。
実際のところ、「ムラムラするから媾っちゃえ」って行動が許される社会ではないので、理性が抑え込むのは正解ではある。
生殖可能となった雌が一方的に発信し続けていても、相手の雄が生殖可能な段階に達していなければ、これもまた徒労に終わってしまう。
なので互いに生殖可能になっていることを知らせるように、分かりやすい部位が色付くことがある。これが“婚姻色”だね。魚類の腹部や一部のサルの尻なんかで見られる。
人間は衣類を身に纏うようになったから、形態的な変化も“婚姻色”があったとしても分かり難い。
からだつきだけじゃ、二次性徴、特に月経、精通の有無をはかれない分、一般的に条件を満たす年齢をもとにして、成人・婚姻可能年齢を決めていたりする。
高度な社会性をもつが故に、本能的な生殖行動が出来ない。生物学的には捻じ曲がっていると言っても過言ではないよ。
反面、生殖に対して理性をはたらかせるわけだから、確実に子孫が残せるかどうか、より慎重に吟味するわけだね。
野生動物であれば、雄同士の争いによって力の強さを示したり、巣作りのうまさで子どもの育成環境──縄張りの確かさを示したりする。
雄から雌へ示されるのが殆どなのは、生殖にかかる労力の違いからくるもの。
哺乳類なんかじゃ、短くない期間胎に子を抱えることになるし、生涯産み落とせる子の数にも限りがある。慎重になるのは当然じゃないかな。
子をなす配偶子──卵・精子の成り立ちを考えても良いかもしれない。
卵は栄養分を集約するため、減数分裂で一次卵母細胞から1つの卵しか出来ないのに対し、精子は運動性能を引き上げるため、重りとなる栄養分は切り捨てられ、遺伝情報のある核が残ればいいので、一次精母細胞から4つの精子が出来る。
配偶子1つあたりにかかる労力比は4:1だ。
さらに成熟過程もあるけれど、栄養分を貯めていく卵と、栄養分を取り除いていく精子とでは方向性が真逆だね。
ヒトの卵では減数第二分裂の途中で休止した状態で排卵されるけれど、受精時に分裂再開する。
順序の違いはあれど、結果的には同じことだね。
ちなみに生まれてくるときには、卵原細胞はすべて一次卵母細胞になっていて、不可逆的な状態かつ後続も無いので、一生に排卵出来る数は決まっていると言われているね。
全身の体細胞は60兆個とも37兆個とも言われていてね。
60兆個の方は体重60kgの人が一辺10μmの直方体細胞から構成されていると仮定した場合の数字で、根拠と言えるほど立派なものはないんだよね。
筋細胞である筋繊維は細胞融合を果たしていて、前腕部なら長さ30cm程の多核細胞になっている。坐骨神経なら腰椎から足まで約1mにもなる。
つまり細胞は種類によって大きさ・かたちが異なるのだから、60兆個という数字の信憑性は低い。
かといって実際に37兆個を数えたかというと、それも難しい。
1個につき1秒かかったとして、100万年を優に越える。切片を作る作業が加われば尚更だね。
なのであくまでも“確からしい”推定数だよ。
そしてそれらの体細胞は約3ヶ月で入れ替わり──新陳代謝されていると言われている。骨も骨芽・破骨細胞のはたらきで3年程で入れ替わっている。
しかしながら、脳細胞などの神経細胞をはじめとして、入れ替わりがないものもある。一次卵母細胞もこれに当たると言われている。
基本的には休眠しているから、細胞自体が老化することはあまりないんだけど、遺伝情報の損傷は蓄積していく。そういった卵由来の子どもには、遺伝情報の損傷が直接現れることになってしまうんだ。
それは先天性の疾患になってしまうかもしれないし、運が良ければ“進化”と言っていいほどの“有利さ”となるかもしれない。体節・肢が増えたトカゲや
だけど多くは前者で、致命的なものであれば、死産・流産というかたちで誕生さえ危ぶまれるものとなる。
言い替えると、遺伝的疾患を持った子どもを排除する生理機構が母胎には備わっていて、そういった子を生かすことには発達した医療技術などの負担が求められることもある。
これは何も母親由来に限った話じゃない。
父親側で行われる精子の形成において、大元である精原細胞で遺伝子異常があれば、その先の精細胞・精子に異常が引き継がれ、同様の子どもが生じることになる。
精子自体は数日で億単位形成され、それら全部で個別に異常を引き起こすことは難しいけど、根元を叩かれればオシマイってこと。
そういった点においては子に与える遺伝子異常のリスクは、雌雄で同等とみなしていいと思うよ。
では遺伝子異常を引き起こすものは何かというと、紫外線や放射線、活性酸素や化学物質など様々さ。細胞分裂前の遺伝情報を複製する際のエラーってこともあるしね。
一般的に発ガン性が認められているものは避けた方がいいよ。
【蓮花】の魔紋には排泄補助だけでなく、生殖細胞を保全する機能ももたせているから安心してくれていいよ。魔紋発動をサボらなければ、終生生殖可能さ。
不摂生は程々にね。
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