第132話 半人半馬レポート

 メキメキと音を立てて巨木が身を傾げていく。

 魔核を破壊された半人半馬ケンタウロスは爆散し、地面にはクレーターを作り、傍らの大木の幹を抉り取った。

 乏しくなった我が身を支えんがため、隣木に寄り縋った姿は、互いの種族の協力の象徴として語り継がれることとなる──。


「──どう?!」


「半人半馬が消滅した因縁の場所だし、木もとっくに共倒れしたでしょ。 そんなことより倒れた木から、巣を失った蟲たちがこっちに来ないか警戒してよね!」


 スザンナの軽快な語りをルゥナが窘める。

 先行していた第3班に合流し、追跡に加わる。

 『魔封輪』を取り付けた半人半馬は3体ともが残っており、【身体強化】が使えない中、息を切らしながら中団を駆けている。

 殿を務める一団が後方を窺う度に血の花が咲き、物言わぬ躯が地を転がる。

 逃げおおせたと思われて、態勢を整えて引き返されては意味がない。

 かと言ってやり過ぎてしまっては元も子もない。

 戦場に残してきた者たちの生存は絶望的と思わせながらも、本隊もしくはねぐらに戻ればなんとかなると思わせる必要がある。

 銃手甲ガントレットの使用は控え、弓による攻撃に切り替えたのもそのためだ。

 強大な脅威がついて回れば、部族の全滅を避けるため、自らを犠牲にしてねぐらを隠し通すことを選択するかもしれない。

 そうなってしまえば生存者の救出が遅れてしまう。先の戦場に戻られてしまえば尚更だ。



「如何ですか? トモー様」


「やぁ、早かったね、ジョシュア」


 夜になり半人半馬は数体の見張りを立てて、休息に入ってしまった。

 半人半馬とは足の速さが大きく異なるため、自ずと縄張りテリトリーの広さも異なってしまう。

 ねぐらを中心とした行動半径が不明なままでは、独自の捜索は時間だけが浪費されてしまう事になりかねない。


「3班の子たちを借りてるよ。見張りに立ってもらってる。逃げることはないと思うけどね」


 気配を断っては油断したところを狙撃し、半人半馬たちの神経をすり減らしてきた。

 日が暮れ始めてからはそういった牽制も止め、尾行だけに済ませておくと、この場で休息を取るように足を止めた。


「諦めたのか、振り切ったと思っているのか──。そっちはどうだい?」


「ハッ、多少の負傷者はあったものの、状況終了後手当ては済ませてあります。傷の深かった者から優先して休息を取ることを許可頂けますか?」


「ジョシュアが部隊長なんだから──ってのは今更か。いいよ。しっかり休んで今日の反省を次へ生かすように伝えて」


「ありがとうございます。──して、そちら・・・はどのような?」


「ああ、改めて半人半馬の身体構造の確認と考察を交えた講義だよ」


 道中仕留めた半人半馬の死体を囲み、虚子でスキャンした骨格・筋肉・内臓・神経・血管を立体映像で再現する。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 馬人ヒューエキュース人馬ウェアエキュース、が四肢なのに対し、先のトカゲと同様に半人半馬は六肢をもつ。

 人体部の腕にあたる前肢、馬体部前肢にあたる中肢、馬体後肢にあたる後肢と規定することが可能だね。今後、六肢生物は頭側から順に前・中・後の3つ、それ以上の肢を持つ場合は第一、第二、第三…と、応じた数と左右で示していくね。

 この六肢を得る方法として、分節遺伝子の変異により体節の重複が起こったと考えられる。この変異が重複すれば八肢、十肢と増えていくはずさ。


 面白いのは、トカゲでは前肢と中肢はほとんど同じはたらきのようだったけど、半人半馬では前肢はヒトとほぼ同じ形状になっていたことだね。

 中肢・後肢はウマとほぼ同じ形状だから、奇蹄目としての進化の道へ進む前に体節の重複が起こり、六肢種として確立された後に中肢・後肢で蹄の進化が起こったんだろうね。

 そう考えると、六肢の使い方の異なる他種が分岐進化していても不思議はないね。

 例えば全部脚力に振った八肢馬スレイプニルや、ヒトに近く前肢または中肢が皮膜翼になった有翼族なんかが有力だね。

 鳥類に近い翼を得られれば、それこそ有翼馬ペガサスや天使のような形態も存在するかもしれないね。

 天使っていうのは僕の故郷にあった伝説に出てくる、トリの翼をもった人のことだよ。反対にコウモリの翼をもった人は悪魔として描かれていたね。

 この世界で現実に出会ったときに、変な先入観をもっていて欲しくないから、詳しい説明は省くよ。


 進化形態学的には奇蹄目の足の進化は、草原での疾走への適応と見られているんだ。つまり、この半人半馬たちの本来の生息地は草原である可能性が高い。

 余談だけど、僕の故郷には弓の名手の半人半馬の伝説もあったくらいさ。

 それくらい草原に適応した種として認知されていた。

 それがこんな森の中にいるってことは、森を狩猟の場としているだけで、草原が近くにある可能性がある。とはいえ半人半馬基準だから、ヒトの足では数日かかるかもしれない。

 もう一つは草原を逐われてこの森に逃げ込んだ場合も考えられる。となると連中よりも強力な“何か”が存在するわけで、森の外に出る際には一層の注意が必要だね。

 肢の発達から、半人半馬たちは増えた二肢を道具を扱うことに、残りの四肢を走ることに適応させていったわけだ。


 門歯は切歯として切断力に富み、犬歯の発達は肉食に適した形。小臼歯・大臼歯とも残っており、肉食も草食も行える雑食性。ヒトとほぼ同じだね。

 草食動物になってから肉食になったというよりかは、雑食のまま進化を続けたとみて良さそうかな。


 六肢の獲得に伴い、内臓──消化器官と呼吸器・循環器系の発達に特徴があるね。

 胸郭が2つあることでそれぞれ2式ずつあるかというとそうではなく、消化器官は1式だね。

 臓器を含めた重複の後で不要な方が退化してしまったようだね。消化器官にも痕跡器官といえるものがある。

 はたらきをもたない臓器はカロリーを消費するだけだから、不要であれば存在しない方が生存に有利だからね。

 ヒトであれば強酸性の胃液で消化の後、胆汁で中和して腸での吸収へ進んでいくけれど、馬体部に行ってまた強酸、中和は無駄が多すぎる。

 摂取できる栄養と消費する熱量とのバランスを整え、エネルギー収支がプラスになるように、不要となる臓器を簡素化した形だね。


 これに対して肺は2式4つが残っているし、心臓も2つ。

 大きくなった身体──体節の重複、肢が増えたことで筋肉量が増え、必要となるエネルギーも増した。

 したがって、消化吸収だけに留まらず、呼吸の重要性もまた高くなったわけだ。


 咀嚼された食料は食道を通り、人体部の胃──第一胃に入る。そこで一次消化を済ませ、二次消化のため馬体部の胃──第二胃へ向かう。

 ほぼ直角に曲がる消化管を淀みなく運ぶためには、消化管自体の蠕動だけでなく、周囲の骨格筋の助けも借りているだろうね。

 ある程度の大きさの陸上動物では、身体の下部に降りた血液を心臓に返すはたらきを、脚部の筋肉が補助している。

 これと同じように、人体部の腹筋に当たる筋肉が蠕動を補助しつつ、逆流を防いでもいるかんじかな。

 消化を主に行うのが馬体部ということで、人体部は長大な食道になっているんだけど、第一胃が素通りかというとそうでもなくて、鳥類で見られる砂嚢のように物理消化を行っているようだね。胃と腸が第二の口腔と食道に変化した状態と言えばいいのかもしれないね。


 吸収された栄養から無駄なくエネルギーを取り出すために、好気呼吸を最大効率で行っていく。

 そのためにも重複した心臓と肺は退化することなく、血中・体内へ酸素を取り込むとともに、二酸化炭素の排出を行っている。

 心臓から酸素の少なくなった血液を肺へ送る肺循環では、人体部・馬体部それぞれの動きはヒト・ウマのものと同じだが、酸素を多く含んだ血液を全身へ送る体循環では少し異なる。

 中肢を境に血管での血液運搬は分担されているものの、血管外──組織液を介して互いに流入し合っている。

 この分担が生み出した副産物として、血管を巡る毒、細菌やウイルスといったものの侵攻を遅らせる効果があると考えられる。

 まるで“脳関門”や“ワイスマンの壁”のようにね。


 人体部では上半身だけだから心臓への負担は軽く、唯一の脳へ酸素供給が滞ることはない。

 馬体部も同様に、頸部・頭部への送血が無くなって負担が減っている。

 4つの肺へ空気を送り込むため、気管は太くなっているから、鳴き声もあれだけ太くなってしまっているわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る