第131話 半人半馬

 ──ボオオォ、ボオオオォォ。


 残った3体の内、からだの一番大きな個体が太い遠吠えを発すると、少し置いて返事があり、別の集団がそう遠くない位置に居ることが分かった。

 3体は顔を見合わせると頷き、返事のあった方向へ駆け出して行った。


「ジョシュア、行くよ」


「ハッ! 総員追跡開始! 仲間を見付けても手出しはするな! 連中はこちらよりも強く、2隊が全滅させられたと肝に銘じておけ!!」


「「ハッ!」」


 半人半馬ケンタウロスたちの尾行を開始しながらも、頭部を失った2体の死体を【収納】するのは忘れない。

 何かしらの素材がとれるかもしれないし、必要とあらば、研究に用いることも視野に入れなければならない。

 少なくとも、野生生物と言うには知能が高く、魔核の大きさも桁違いだ。

 このまま死体を放置し、喰い荒らされてしまえば別の脅威を生み出しかねない。

 仮に連中と和解することがあるのであれば、遺体の引き渡しが出来るに越したことはない。


「と言うわけだから、自分で狩った獲物はしっかり回収しておくように」


回想モノローグからいきなり話を振らないで!」

「パパの悪い癖」

「なんとなく分かっちゃうんだけどね~」



 3体が仲間と合流すると、武装した半人半馬たちの中に、見覚えのある鎧だけで身を固めた者がいた。


「トモー様、彼奴等…」


「うん、あそこまで固められると難しいかも。衝撃吸収陣の起動法を知られていると厄介だなぁ」


 海エルフ用に作られた鎧は、2人分を使って各部に取り付けられ、馬体胴の左右に着けられた盾は衝撃吸収陣の魔導具。物理エネルギーもマナに変換して吸収されてしまう。


「武装する知能がある時点で、使えると思って動くべき」


「シルフィの言うとおりだね。盾持ちは僕がやるよ。他の足止めをお願い。最悪防戦一方でもいいから無理はしないで」


 先のように虚子を介して窒息・失神させた方が、此方への損害は少なく労力も減らせるというもの。

 しかしながら、あの盾が存在しているとなると話は別で、血管内で直接物質化しても体内物質を作り替えても、結局はマナを用いていることからそれらをすべて無効化されてしまう。

 即時効果の得られる攻撃でなければ、警戒心を煽って盾を起動されてしまう。


「筋力は相手の方が明らかに上だよ。腕力も俊敏性も獣人の比じゃないと思っていい。──いくよ!」


 返事は待たずに、戦端を切り開く。

 初手の標的は浮上都市ラヴィアンローズ製品で完全武装の個体。

 銃手甲ガントレットで一息に狙える4体を確実に葬っていく。

 出し惜しみせずに獣牙弾ビーストファングを放ち、スイカが爆ぜるように頭を失っていく半人半馬たち。

 群れは慌ただしくなるも、崩れ落ちた死体から盾を奪い取り、輪になって構えて見せた。


「烏合の衆じゃないってか。まぁ、そうじゃなけりゃ皆帰ってくるはずだよね!」


 間髪を入れず、再装填した獣牙弾を撃ち込み、盾を構えた者の頭部を破壊し、未起動の盾もまた破壊していく。


 一度起動してしまえば永久稼働かというとそうではなく、防御した際のエネルギー吸収で収支を賄っているのだから、“待ち”の態勢になると通常の魔導具を扱うのと変わらず、使用者のマナを減らしていく。

 言い換えれば使用者のマナが続く限りは継続稼働可能ということ。

 人質生存の可能性を考えると、ここで持久戦は得策ではない。


 鹵獲されたときのことを考えて攻略法は用意しているが…。


 使用される前に叩くのが第一。

 起動前であれば、ただの金属板といって差し支えない。製作者として製造コストも頭に入っているのだから、惜しむものでないことは百も承知。


自分たちの盾木っ端屑も在るのに、優先的に使おうとしているところを見ると、単純強度で上回っていることが分かっているのか、それとも衝撃吸収陣の起動方法が分かっているのか──」


「パパ」


「分かってるよ、ルゥナ。発射の音も光も逆位相を掛けているけど、着弾の向きからそろそろ気付かれるよ。可能な限り減らすけど──ねッ!」


 目に付く限りの盾を破壊し、進路をこちらに向けた者も葬っていく。

 一方的に、圧倒的に狩り進めていく。

 半分くらいに減らしたあたりで、海エルフの部隊が弓による迎撃を経て近接戦を始めた。


「ジョシュア、生き残った半分が撤退に移っているから追跡の指示を。連中が持っていた盾は全部破壊したから、奪われなければ問題ないと思うけど、戦闘は極力避けさせて。盾のない状態で全滅させられた隊があるんだから」


 戦いの中心へ移動しながら、ジョシュアへ指示を出す。最早誰が指揮官か分かったものではないが、確実に相手を屠る能力を持っているということで多めに見てもらうしかない。


「分かりました。オイッ! 第3班は直ぐに追跡に走れ! ヤツらのねぐらを突き止めろ。気付かれるようなヘマをするなよ!」


「ハッ!」


「じゃあ、コッチ残りで何体か斃してみせるから、戦い方を覚えてね。ルゥナ、イケる?」


 頷く娘たちを送り出し、ジョシュアをはじめ、数名の隊長格に解説する。


「当たり前の戦法だけど、相手の勢いを殺してから動きが止まったところで刈り取る。前後には立っちゃダメだね。人体部の持つ武器に貫かれてしまうのはもとより、馬体前肢による前蹴り、馬体両後肢を揃えた後蹴りは強力だよ」


 前衛盾役のシルフィが突進を躱し、脇に回り込みながら馬脚を狙って間合いを測る。


「相手も横に躱されることは分かっているから、側面へ薙ぎ払ってくるし、防御も固めている。武器の性能に圧倒的な差が有れば、合わせて迎撃してしまってもいい。あんな風に」


 ギィンという甲高い音が響き、折れた剣先が宙を舞う。


「あー、シルフィであれなら下手に打ち合うことは避けて、足許を狙った方がいいかもね。木や革製の防具なら難なく肉体まで届くはずさ。それ以外のは防御力が高過ぎるから、相当量のマナを乗せないと反対にこちらがヤられちゃう。勿論、機動力は相手の方が上だから、動きをしっかり読まないと躱されちゃう」


 空振りするシルフィが熊手の勢いで回避行動をとる間に、スザンナが牽制の矢を放ちミアが後詰めで相手の進路を妨害する。


「人+馬なら意志の疎通だったり、慣性の制御だったりで、どうしても時差ラグが発生する動きも、文字通り人馬一体だからスムーズなんだよね。馬体前肢・後肢──馬体部の四脚の内、一本でも踏み切って跳べるんだから、追い縋るのは大変だよ。だから勢いを付かせないようにする牽制役が欲しい」


 相手の動きに目が慣れてきたスザンナが、装甲のない膝裏へ矢を放ち、狙いを読んだ相手が宙へと逃げ道を求める。

 着地点へ先回りしたミアへ武器を突き出してくるも、意識の逸れた隙に追い付いたシルフィが側面から馬体へ熊手を振り下ろした。

 ドンと大きく地面が揺れ、赤い飛沫が地面を汚していく中、次へと標的を変えていく3人。

 ルゥナは首と足首に刃を通すと3人を追い掛ける。

 アディとモイラが引き継ぎ、両断された半人半馬を吊し残った血を吸い上げた。


「力ずくだなぁ。──ああやって宙に跳ばせることで動きは読みやすくなるし、吹っ飛ばしやすくもなるね。ただ、相手のバランスを崩すだけなら──」


 娘たちが向かったのとは別、海エルフが防戦一方になってしまっている相手に向かう。

 【土魔法】を発動させて足許を窪ませ、足が宙を蹴ったのに合わせ、差分で石筍を形成し馬体腹部を突き上げる。

 怯んだ半人半馬へ隊員がすぐに駆け寄り止めを刺した。


「【大地】の魔紋で同じ事出来るでしょ? 跳ばすことが難しいなら、落としてしまえばいい。石筍だって貫通しなくてもいいし、障害物になるだけで十分効果はあるよ。むしろ縦横無尽に駆け回る相手に、いきなり当てられるわけないしね。騎兵相手に歩兵が防戦するなら拒馬くらいないと。基本的な考え方は、自分があの身体を手に入れたときに何が出来そうか、どう戦われたら嫌そうかを詰めておくことだよ」


「ハッ! お前たち、反撃に移るぞ!」


「じゃあ、僕たちは逃げた連中の追跡に加わるね。魔核には注意してね。かなり大きいから、下手に傷付けると大爆発するよ。アディは残ってモイラと一緒に、この子たちのサポートをお願いね」


「了解しました」


 ユサユサと枝を揺らすモイラに手を振り返し、シルフィたちと合流する。

 虚子を放って周辺走査し、単独で逃げている半人半馬を見付けたので、銃手甲で魔核を撃ち抜いた。

 死体を回収に行く手間を疎んだのと、魔核破壊による爆発の規模を確認したかったからだ。

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