第130話 六肢
静寂を破ったのは一体のトカゲ。
それは予測されたとおりとても巨大で、全長は8mに届くだろうか。ドワーフくらいならば成人でも軽く丸飲み出来そうだ。
軽く数tはあるであろう巨躯は、音もなくと言っていいくらいに、静かに近付いてきた。
森の中、下草や苔むした岩に足を取られず、静音性を維持しつつ歩く秘訣は一目瞭然だった。
「足が6本もある!」
「戦うの?」
「人を襲うかどうか次第」
「
ミアも首を縦に振っているから、猫人の耳でも判別が付かないようだ。
「たぶん大丈夫。パパは?」
「何体かがさっきの甲蟲方面に向かったけど、僕らの周りにはコイツだけだよ。ルゥナの言うように人を襲うようなら、脅威度次第では戻ってジョシュアたちに合流しないとだ」
「あーちゃんとモイちゃんでなんとかなる程度か見極めないといけないのね?」
「そういうこと。尖った歯からは肉食なのが明確だよね~。なんとかなるかどうかの線引きは、僕が加勢しなきゃいけないかどうかってところで。ガンバってね!」
「「はーい」」
シルフィが
いつ戦端が開かれるか警戒している間にアディとジョシュアへ向けて伝令文を認め、手紙鞄に入れておく。
調査隊も救援隊も連絡を絶ったのだから、手紙鞄が使えない状況になったのだろう。
その原因がこのトカゲなら、使用時のマナの高まりに反応してしまうのかもしれない。それは【収納】に対しても反応してくるということ。
少々心許ないが、秘策もなくはない。最悪の場合、アディのみが感知出来る伝達方法を使うまでだ。
長く太い舌をベロリと出し入れし、忙しなく首を動かす。徐々に接近してきたトカゲはシルフィの目前で首を傾げて停止した。
「ふんッ!」
「ちょ!?」
「おま?!」
勢いよく振り抜かれた熊手はトカゲの首を切り裂き、地響きとともに巨躯が地に伏した。
「だって息が臭かったもの」
「シルフィ、熊手に刃毀れは?」
「大丈夫。グートルーンに打ってもらった物だから」
「了解。──うーん、ジョシュアたちの手持ちじゃ少し不安かな? 会敵までの距離は……ヨシ、いけるかな」
浮上都市で作られている剣を取り出し、トカゲの背と腹を斬りつける。
腹は比較的柔らかく辛うじて刃が入るものの、背は鱗に阻まれ傷を付けること適わず、刃毀れとまではいかずとも刃が潰れて斬れなくなってしまう点では同義だった。
伝令文に追記し、手紙鞄を起動する。
目を通してくれさえすれば、自分たちで解決策を導き出すだろう。
あわせて浮上都市に残ったフィーネに、武器の打ち直しを急ぐように要請しておく。
改めて傷口を確認すると、シルフィの熊手は気道を切り裂き、頸椎を捉えて脊髄諸共破壊していた。背の鱗皮で辛うじて繋がっているだけだった。
「──えっぐぅ」
「これぐらい当然」
「ミアならもっとキレイに斬り落とすわよ? ねぇ?」
「一撃で落とすのは疲れるからあまり好きじゃないけどね。ルゥナだってやろうと思えば出来るでしょ?」
「まぁね~」
「……トモオ様」
「この子たちは昔からこんなだよ。さぁ、素材も取れそうだし、凍らせて【収納】しておこうか。息が臭いって言ってたけど、ニオイの出るものを食べたか、口内に雑菌が多いってことだから、次遭ったときは噛まれないように気を付けてね」
「「はーい」」
空が白みはじめた頃、調査隊の最後の野営地跡に到着。
道中2体ほどトカゲを倒したが、いずれも此方かジョシュア率いる本隊へ向かっていたからだ。安全さえ確保出来ていればいい。ムダな殺生をしている暇はない。
本隊も野営を引き払い、此方と合流するべく出発したと連絡があった。
トカゲとの交戦も苦戦することはなく、モイラの養分にしつつ素材を得たらしい。
巨大化著しいモイラは光合成・熱化学合成で得た糖を再分解し燃料とすることで、専用車両を動かし、森エルフと遜色のない速度で移動出来る。
糖と水分の乏しくなった部位は、木化させたあと落葉の要領で落とし、スリムな体型を取り戻していくのだ。
落とした部位は薪や矢の材料にするべく、同乗する補助役のアディが回収、【収納】していくので、徐々に走行速度も上がっていく。先にトカゲを倒した辺りまで進んでいるようだ。
「さてと、ご説明願おうかな? あぁ、言葉は通じるかい?」
「見た目は通じそうですよね」
ボオオオオォォッ!
「通じてない!?」
「鳴き方が予想外」
「拳で語る系かなぁ?」
「じゃあ遠慮なくいこうか。キミたちの持ち物をどこで手に入れたのか教えてもらいたかったんだけどな」
見付けたのは
ゴブリンによる中間種である
人間部分には革や木の皮、板を利用した鎧を、馬部分にも同様に馬鎧を装着していた。
前肢改め、人体部の手には思い思いの得物が握られており、背中には持ち替え用に予備の武器が見える。
中には見覚えのある槍や長剣があり、身に纏う装甲にも異質なものが含まれていたのだ。
長鉈と短鉈を構え、娘たちを下がらせる。
数は5。
虚子にて体内を走査し、脳の位置を確認する。
案の定、人間部分の頭部にのみ存在しているので、頸部にて血流を阻害するべく虚子をマナに還元し、血管内で物質化して栓を形成する。
1分と経たない内に失神した半人半馬たちが音を立てて倒れた。
「何したの?」
「脳への酸素を止めただけだよ」
「相変わらず外道」
「はいはい。──コレ、取り付けるの手伝って」
「「はーい」」
【収納】から『魔封輪』を取り出し、半人半馬の頸へ装着する。
動作を確認し、気が付く前に武装解除と身体検査をする。
武装には何れも少なくない血痕が残されており、近々に戦闘を行ったようだった。
「トモオ様、コレって……」
「
手甲の吸魔装置を起動し、剥がした武装のマナを吸い出す。
所有権をなくした武装を【収納】し、鎧下姿の半人半馬を残して姿を隠した。
半人半馬たちが目を覚ますのを待つ間にジョシュアたちが追い付き、浮上都市へ現状報告を行った。
「あの連中が皆を?」
「十中八九ね。近くに生存者はいないし、この先に戦闘の痕跡が見受けられたよ。地面が吸った血の量からだと、何人かは生きているかもしれない」
「場所を移しただけという可能性も……」
「なくはないよ。だからここから先は救助じゃなくて、弔い合戦になるかも知れない。対話は試みたが不調。歯列からは肉食にも対応していそうだし、ヒトの味を覚えたのなら積極的にヒトを襲うようになってしまう可能性もなくはない」
「……了解しました。周囲警戒。マナも偽装して隠形維持して追跡だ。遅れるなよ!」
「「ハッ!」」
「さぁ、そろそろ起きるよ。コッチに向かってくる可能性も有るから気を付けてね」
「「はーい」」
程なく目を覚ました一体が、他を起こしていく。
武装解除されたことに警戒感を増す中で、マナの使用が禁じられている状態に忌避感を抱いたのか、すぐにその原因である『魔封輪』に手が伸びる。
「まぁ、そうくるよね」
言ったが早いか、強引に引きちぎろうとした個体が電撃に打たれて再び地に伏した。
すぐ隣にいた個体が屈んで頸もとに手を遣ると、立ち上がる勢いそのままに『魔封輪』を引っ張り上げる。
倒れたままの個体には2回目の電撃が襲いかかる。引っ張った個体も無事ではなく、一緒に感電して地に膝を着く結果となってしまった。
様子を見ていた一際からだの大きな個体が、倒れたままの個体の傍らに立ち、何言かを告げると馬体右前肢を『魔封輪』に乗せた。
「あー、そりゃマズい」
『魔封輪』に徐々に体重が掛けられていくが、森の中の柔らかい土にからだごと沈み込み、力は分散してしまった。
手近な場所で石を見付けると、小突くように石の前に座り込ませ、首を差し出すように人体部を前屈させる。
断頭台に掛けられるかのような姿勢で石を頸もとに抱え込んだところに、再び『魔封輪』に馬体前肢が乗せられる。
パキンッと乾いた音に続き、爆発が半人半馬たちを襲った。
『魔封輪』とともに頭部を失った個体はピクリともせず、馬体前肢を失った個体は悲痛な叫び声を上げる。
「それも悪手だなぁ」
全身の筋肉を痙攣させながらも叫び声を上げ続け、遂には馬体前肢だけでなく頭部までも失ってしまった。
2つの亡骸からは夥しい血液が流れ出し、程なく鉄と肉の焦げた臭いが漂ってきた。
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