第129話 ショッピングチャンネル
「あっづい~」
「スー、静かにして。こっちまで暑くなってきちゃう」
「だって~。──うひゃあ!」
「【氷魔法】で快適に」
「ちょっと、
「敵はすぐ近くにいるかもしれないから静かに」
「誰のせいだと思ってんのよ…」
一次救助隊が消息を絶つ手前、最後の野営跡まで強行軍で押し進み、交代で仮眠をとって、現在は夜間の捜索中。
新たに設けられた野営ではモイラが護衛につき、アディが補助として残った。
この暑さを利用して、熱エネルギーを用いた化学合成──“熱合成”を行うことで、モイラは活動限界を排することが出来る。
これにより周囲の気温を下げ、良質な睡眠を得ることが期待される。
アディはその熱合成の調整・教育役で、モイラの学習が済めばこちらに合流する手筈になっている。
森エルフの守護が本業の2人?だ。
モイラ自身、熱合成をする能力は備えており、枝分け前のオスカーたちで確認済み。
調整の時間はそれほど掛からないはずだ。
自称遊撃隊員以外の救助隊員はモイラの傘の下で就寝中。
目を覚ませばジョシュア指揮の下、捜索を開始することになっている。
見た目は10代だが、3姉妹は
歳をとると睡眠時間が短くなると言うが、肉体年齢は維持されているはずだし、彼女たちは将来に備えて排卵周期さえコントロールしているから、加齢によるホルモンの変化というよりかは脳内物質のコントロールによるものだろうか。
我が子ながら人外へ片足突っ込んでしまっているのを実感すると、嫁の貰い手が少し心配になってしまう。
星の輝きさえ届かない森の中を全力疾走している時点でなかなかに厳しいか?
「スー、左前方9時の方向」
「え、9時?」
「違う、そっちは7時半」
「あ、コッチか! 相変わらず慣れないなぁ!」
一本の矢が宙を駆け、甲蟲を標本の如く木に縫いつけた。
遠目には押しピンで固定されたように見えるが、放った矢は1mに届く代物。
ただ蟲が大きく、それを受けた木も巨大だ。十数人が両手を繋いでようやく一周出来るほど。順調に生育中なウェルマーチスの世界樹ほどではないが、こちらは何本も生えている。
野営地から奥に奥に進むに連れ、木々は徐々に太さを増していき、樹冠も高くなっていった。
蟲の大きさは南部大森林で見慣れたものとなり、関節を狙った射撃はお手のものだ。
「さっすがスー。やっぱ弓を真っ直ぐに引けるってスゴイね!」
「ほめてないでしょ?」
「視界良好、断崖絶壁、身軽言微」
「ムキー! 最後のは胸の大きさ関係なくない?!」
「気付かれた」
──ヂィヂヂヂィヂヂィ!
「まだ生きてるっ?!」
「こなくそー!」
「ホイっと」
遠く伸ばした虚子を操作し、捕らえた甲蟲の胸部にある魔核周辺を氷結。頭部の神経節も氷結させ、差分の熱で腹部を沸かしてその活動を止めた。
「やぁ、スー。周りが暑くて、なかなか敵を凍らせられないってときはないかい?」
「ハァイ、トモオ。一撃で凍らせようとすると、奪う熱のおかげで周りがさらに暑くなっちゃうのよぉ。何とかならない?」
「そーんなときはコレ。強奪の矢を使うんだ!」
「ワァーォ! なになにソレ?」
「コレは周囲のマナを利用して、あらかじめ設定しておいた魔法効果を得ることが出来るんだ!」
「エェーッ?! どういうこと?」
「コレを体内に撃ち込めば、相手のマナを使って凍らすことも燃やすことも出来ちゃうんだ! もちろん魔核を直接傷付けて暴走させちゃっても、爆発を抑えて魔法に変換する安全設計さ!」
「そんなにうまくいくのかしら?」
「良い質問だね! 注意点はマナの通り道を的確に狙わないと効果が薄いってことさ! 発動する前に抜かれちゃったらオシマイだよ!」
「ア~、トモオ。あたし、そんなにうまく狙う自信がないわ」
「安心して、スー。昆蟲をはじめとする節足動物は開放血管系だから、マナの通り道も同じように体中に広がっているんだ。だから身体を貫きさえすれば、効果はバツグンさ!」
「ワァオ! 無脊椎動物への特効武器ね! でもそんな便利な矢だったら、ホラ、ヤッパリ、お高いんでしょう?」
「そうだね。かの獣王工房きっての魔導具技師、フィーネ・ウェルマーチの監修だから信頼性もお墨付き。通常価格、1本銀貨1枚のところをなんと! この番組をご覧の皆さんには……銅貨10枚ぃ」
「ええッ?! あのフィーネ様の魔導具が銅貨10枚? 大銅貨1枚で買えちゃうの?!」
「驚くのはまだ早いよ、スー! 何と今から30分以内に電話をくれたアナタには、さらに特別価格! 銅貨1枚でご提供! さらにさらに!! 今ならご不要な矢を下取りに出していただきますと、銅貨1枚でお引き取りいたします!!」
「アンビリーバブル! そんな、それじゃあ実質無料ってこと?」
「さらにさらにさらに!!! 今なら送料・分割金利・手数料は当社が負担いたします!」
「オゥ、ジーザス…! こんなことがあっていいの?」
「さぁ皆さん、この機会をお見逃しなく!」
「沢山のお電話」
「「お待しております!!」」
「パパ、スー、もう良い?」
「電話って何?」
「ジーザスって誰? ジョシュアさん?」
「……スー、この矢を使って」
「はい、ありがとうございます」
3人娘によって現実に引き戻され、周囲の警戒を改める。
幸いにも増援はなかった。
蟲の断末魔かフェロモンかが警戒信号となったか、あるいはただ何もなかったか。
「大丈夫そうかな? 先に進もう」
「「はーい」」
「──上陸調査部隊と一次救助部隊。どちらも実力は折り紙付き。ここが未開の地であると思っていれば、油断することもないはず。ひとりではダメでも、さっきみたいに誰かが追撃するだろうし…」
「なら、どうして連絡が途絶えたか、ね?」
「あの程度の蟲には苦戦するはずもないと…。海エルフも森に行ったことがあるの?」
掲げた議題にミアとルゥナが反応する。
スザンナとシルフィは警戒を続けているが、いくらかは聞いているだろうか。
「最初期で少し交流したけど、浮上都市が出来てからはめっきりかな? 技術的な話は伝えてあるし、知識面も大丈夫。あとはこうした実地での経験だね」
「となると、単純にあの蟲よりも強い相手に出くわした……とか?」
「じゃあ、強い敵って何なのよ?」
「分かりやすいのは、さっきの蟲の捕食者よね。鳥とかトカゲ? 蟲だったら脅威度はあまり変わらないから除外していいと思う」
「植物も大きいし、あの大きさの蟲を食べるんだったら相当大きそうね」
「捕食者という点だけなら、大きいものだけじゃないわよね? ダニがくっついてたり、寄生蟲が内側から食い破ってきたりするかもしれないわ」
「そう考えると熱病とか感染症の可能性もあるのかも? 救援要請さえ出来てないから、一気に深刻な状況に陥ってるのね」
「セイフティを残すセオリーは守っていて、同時に全滅してるわけだし、底なし沼みたいな地形的要因は考えづらいよね」
「鳥やトカゲなら十分な数がいそうね」
「あとは広範囲に拡散する毒を撒かれたとか? 致死量少な目で即効性が高いとか、魔法が使えなくなる神経系の麻痺毒あたり」
「食糧目的なら生かさず殺さずが基本よね。モイラみたいなのが居たりするのかな?」
「これだけ森が深いと居そうだよね~」
「現実的なのは──」
「はい、そこまで」
2人が考察を進め、敵の姿を具体化していく。
「これ以上は先入観に繋がるから止めとこう。見落としの原因を自ら作る必要はないよ。空気と体内の浄化は常時展開でいいかな。ツラくなったら教えてね」
「「「はーい」」」
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