第125話 学問のすすめ

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「リョウコ、今日は集会があるから、寄り道しないで帰ってきなさいね」


 ──またか。


「返事はッ?!」


「──はい。いってきます」


 夕べの雨も上がり、少し肌寒く感じながら自転車で最寄りの駅まで走り、いつも通りの満員電車で学校のある最寄り駅まで揺られる。


 ──この人も飽きないわね。


 制服のスカートの中に入り込んでくる手に不快感が背筋を駆け上る。

 はじめこそ車両を変えたり、電車の時間を変えたりしたけど、数日後には私の後ろに立っていた。

 一度下着の中にまで手を入れようとしてきたことがあったけど、振り返って目を合わせて微笑んで見せたら大人しくなった。

 駅員に突き出すのは難しいことじゃないけど、母親あの人に連絡がいくと面倒なことになる。お尻を触られるくらいで済むならその方がマシだ。



「おはよう」

「おはよ~」

「おはようございます」


 朝の挨拶を交わしながら校門をくぐり、教室へ上がる。


 上辺だけの友人クラスメイトと退屈な授業。



 前にテレビで教育評論家だとか動画配信者だとかがワイドショーで討論してたけど、動画配信者の言うことにかなり共感出来た。


 曰く、現代文ではどこぞの馬の骨のエッセイを読ませて、筆者の考えを掘り下げるより、始末書の書き方を教えた方が実社会では役に立つ。小説の登場人物の気持ちを考察することは、他人の気持ちを理解するのに役立つ。


 曰く、古文は活用形を覚えさせるくらいなら、古語が現代語にどう変化していったか、どう残っているか。今後現代語がどう変化していくかを考察した方が有意義。

 古語と現代語が分割されている時点で、現代社会で目にする機会は乏しく、趣味か教養かの線引きをしっかりするべきだ。

 若者の言葉乱れを憂うよりも、既に古語と現代語が分かれているのはどうなの? “ナウなヤングにバカ受け”とか“チョベリバ”とか言ってた人たちが憂いていると思うと滑稽だ。


 曰く、歴史は各地で起こった事件や争いだけを覚えるのではなく、結果的にその地の民がどんな気性で、どういうものの考え方をしがちなのか、地理と合わせて気候や特産物も絡ませた文化論まで掘り下げるべき。


 曰く、現代社会・政治経済は各地域・国家の歴史と自国との関わり合いを紐解き、友好的か敵対的かを把握し、結果的にどのようなお金・物資の流れ方をするのかを学ぶべき。国は敵対的だが国民は友好的な捩れ国家もあることも補足する必要がある。

 いっそのこと地政学にした方が時代に即している。

 教員の立場で話すことが出来ないというのなら、各局のワイドショーの政治コーナーを見せて比較させた方が、報道の自由も学べて有意義だ。


 曰く、微分・積分や数列、虚数を実社会で利用する機会は乏しく、皆無と言っていい。三角関数ですら人によっては卒業後目にすることなく、生涯を終えてしまう。

 スーパーで買い物するときに手持ちで足りるかどうか、お釣りが合っているかどうかがすぐに計算出来ることの方が大事。珠算をベースに暗算の習熟を伸ばすべき。『計算機があれば十分』と言うのなら、この教科自体不要。

 証明問題は論理的思考の訓練になり、その人物が論理的に物事を考えられるかどうかの指標に出来るため、いっそのこと一つの教科として独立させてほしい。企業もそれを求めているはずだ。


 曰く、理科は生活に根付いた教え方をするべき。

 物理は計算ばかりをするのであれば数学と変わりなく、事象の説明と日常との関連性を重視すべきだ。導入でSF映画やアニメの人物・物体の超絶運動を解説してくれると面白い。

 その点、生物は楽だ。身近な生物がヒトで、自分のことがそのまま題材だ。

 それこそ脳筋体育教師に保健体育をさせるより、一本化してしまった方がいい。

 性教育は各家庭でやれ。学校で教える前にネットで自分たちで調べてんだから、教育の不十分を訴えられても困るってもんだ。箸の持ち方を学校に頼るのと同じレベル。

 これで興味を持たせられることが出来ない教師は辞めるべき。

 化学も計算偏重は不要。金属イオンの混合溶液なんか日常でまず見ない。

 『鉄と銅と銀と亜鉛とが混ざった液があります。一般人はよく分からないので適当に排水口から流します』これが正解。

 お風呂場の鏡のウロコ汚れに対するクエン酸や台所の油汚れに対する重曹、衣類の浸け置き洗いするときに使う酸素系・塩素系漂白剤について教えてくれた方が主婦は喜ぶ。

 地学は地理や世界史なんかと平行学習した方が効率がいい。一昔前の大学受験じゃ地学と地理を同時に選択することで、勉強時間の効率化を図ってさえいた。バラバラに学習する不利益に気付かないと。

 気象はともかく、天文はGPSが発展した今時分じゃ浪漫要素。どうせ学ぶなら星座と神話を一緒にした方が面白い。もはや趣味の領域。


 曰く、家庭科こそ実生活に基づいた生活力が身に付く。各家庭で出来るならそれがベスト。お袋の味くらい自分で再現出来るようになっとけ。パートナーに求めるな。マザコンヤローか。

 これがないがしろになっている人は金で解決しようとする。料理は外食。シャツのボタンが取れたら新品にって。

 自分でやる時間がないならまだしも、そもそも能力がない人はどんな苦労があるかを分かってないから、労働の価値が分からない。奴隷を酷使する人だから、経営者や指導者にしたら絶対ダメ。

 しかも他力本願だから、問題の解決能力に乏しい。

 味噌汁でも作らせれば、誰が必要な人間かすぐ分かる。


 偏見があるのは百も承知だけど、そんなものかと思って授業に臨めば、内容がすっと入ってきた。

 割り切っているつもりで、結局私もなんで勉強するのか分かっていなかったみたい。


 その動画配信者は、別の日にはこんなことも言っていた。


 曰く、進路を決める前に親の年収と、勤め先の採用条件を聞いておけ。

 今の自分の生活を維持する費用と、そのために必要な能力が分かるから、どういった教育を受けなければいけないかが分かる。

 少なくとも子ども一人育てられる生活の代表例だ。説明会に行く必要もないし、聞くだけならタダだ。採用条件なんて人事部に確認してもらうだけなんだから、費用は発生しない。ただ周囲に漏らして回ると、社内規定漏洩で親が処分の対象になってしまうからくれぐれも注意が必要。


 なるほどとは思ったけれど、私には母親あの人しかいないから、残念ながら参考にはならなかった。


 他にも、こんなのもあった。


 曰く、大人が楽しそうに仕事をしていないのなら、後進が続くわけない。

 伝統工芸だ農家だが後継者不足とか言ってるけど、もっと楽しそうに仕事しろ。

 そもそも皆が嫌がるからこそ仕事として成立するんだから、稼ぎもなくて楽しくもない仕事なんざ廃れるのは当然。

 辛くても稼ぎがあるなら、仕事外で発散出来るから我慢も出来る。週末遊びに行く予定を立ててニヤニヤしている人を非難するのはお門違い。

 稼ぎがないならないで、仕事の中に発散できるように楽しさを見出せ。

 教師が四六時中子どもたちと顔を合わせてて、なりたい職業の上位に上がってこれないのは異常な状態。

 収入が見合ってないか、楽しみを見出せてない。外で発散する時間がない。

 そんなのまざまざと見せられて『将来何になりたい?』って、コントかよ。笑えねぇ。

 お前ら就職ミスってるんだから、他人の進路に口出ししてくんな。

 当人含めて誰も笑顔にならない仕事なんかなくしてしまえ。


 進路希望調査を提出した後だったから良かったけど、その前だったら用紙を破り捨てていたかもしれない。

 先生たちを尊敬出来ない理由も何となく分かってしまった。

 私の周りに尊敬出来る大人なんて、そもそも居なかったけど……。

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