第124話 エルフリポート

 其の者たちはELF

 “長命ExtendedLife友人Familiar”を名乗る彼らの好む生活環境は森。

 未開の南部大森林こそが本拠地であり、樹上に設けられた住居は見事の一言。

 そこが怪物たちによって侵入を阻まれてきた南部大森林であることを忘れてしまうほど。

 聖地があると思われる大森林中央部は、他者の侵入を許さず、侵入を試みた者たちは二度とその姿を見ることは無かった。



 一般に金髪・金眼・長耳、色白で慎ましやかな体型をもつと言われており、何れかが欠けているようであれば、ただの似ているだけの只人や猿人、もしくは運良く縁を結ぶことが出来た混血である。

 総じてマナの制御能力に秀でており、魔法の扱いは操作・威力ともに只人の比ではない。

 姿を偽る術も身に付けており、一見してそれと分からないこともある。

 社会に浸透しきった現在でこそ、日常で行使していることはないが、突然この世界に現れたことから察するに、その術を用いて雌伏のときを過ごしてきたのかもしれない。

 もしかしたら密林に棲む少数民族が、我々の文明社会に接触するのが遅かっただけなのかもしれないが。



 マナの扱いに長けた獣人やドワーフと同じく、寿命は長いと考えられており、ある研究者によると300歳は下らないという。

 少なくとも老いとは無縁の存在とも言われており、老衰、病による死に立ち会えた者はいないという。

 逆説的ではあるが、我々の社会に潜んでいる間、エルフたちを発見することが出来たとすれば、その手掛かりは、老いを感じさせずに数十年後に姿を消した人物がいた場合のみ。それも、もしやと推察出来るだけである。

 なぜなら老いすらも装う技量を身に付けていたことが想像に難くないからだ。



 優れた容姿は見る者を惹き付け、神に愛された存在ではないかとさえ錯覚させるほど。

 あまりにも整いすぎた外見に、人造人間ホムンクルス説を提唱する人は今でも少なくない。

 ここで言う人造人間とは、身体の部位を切り貼りするような成体モザイクではなく、クローン技術にゲノムデザインを応用して生まれたもので、その実体はヒトそのものであり、只人はもとより、獣人・ドワーフとも子を生すことは可能で、その形質は遺伝する。

 しかしながら、生まれる混血児には純血種のような著しいマナ適正はなく、容姿も含め受け継がれる形質の振り幅は大きい。

 結局のところ人類の理想形と思える程の完成度を誇りながら、その実、他種属は恩恵に預かることが出来ないのだ。

 この利己的な種の有り様に対し、“計画デザインされた種”と評する者が現れてしまうのも致し方ないと言える。


 日光が木々に遮られることによって、ビタミンDの合成を補償するために、透き通るほどの肌の白さを獲得し、障害物の多い環境下で危険をいち早く察知するために、大きな耳殻を獲得したと考えられる。

 毛髪、虹彩の色は、その地に根付いた始祖の中でたまたまその形質が残って遺伝していったのだろう。

 “計画された種”も、その最たる特徴を紐解けば、環境への適応と見なすことが出来るのだ。


 しかしながら薄暗い森の中では色白の個体は目立つため、脅威に晒される機会が増え、生存に不利にはたらくことになる。

 これに対して、ビタミンDの合成に必要な紫外線を他に置き換えるように、合成回路を変化させれば、肌の色は濃くても十分に合成出来て、捕食者に見付かるリスクも下げることが出来たはずだ。

 そのような進化の道を選んだ方が、服や化粧などの後天的な擬態行動を取らずに済む分、日々の生活においてエネルギー面での無駄が少なくなる。

 “計画された種”であるならば、欠陥計画だと論ずる者もいれば、その欠陥こそが何者かが計画した証拠であると反論する者も根強く残っている。



 一部の例外はあれども、エルフたちは同族での婚姻を原則としている。

 一説には種の掟として他種族との婚姻が禁じられているとも言われるが、実際にはそのような掟はなく、寿命による側面が強い。

 同じ時間を過ごせる伴侶が他種族に期待できない上に、自らよりも短命な子を生すことを忌避した結果と目されている。



 身体の成長は只人と同じで20代頃まで成長し続け、青年期が長く、晩年に只人並の早さで老化していく。

 戦闘時の主武装は弓。

 南部大森林に棲む昆虫や植物には酸や毒腺をもつものが少なくないため、距離を取って攻撃出来、かつ木々に阻まれにくいことに端を発し、種族の中でも必修技能として位置付けられている。

 枝を打ち払うために鉈や手斧、ショートソードを扱うこともあれば、調理・解体用にナイフ類を扱うこともある。

 熟練の戦士であれば、酸・毒腺の位置を把握しきっており、それらを避けて致命傷を与える技量を備えているため、距離を詰めたところで攻撃手段を奪ったことにはなり得ない。

 むしろ得意とする魔法の射程範囲内に飛び込んでいる可能性もあるため、危険度は増したと考えていいだろう。



 食生活は菜食・粗食を好むが、肉食もするし酒も嗜む。

 森の中の本国では高度な農場が広がっていた。

 十数年に一度起こっていた大河の大氾濫を防ぐのではなく、流れてくる肥沃な土を利用した農法は、輪作と併用することで多くの実りをもたらしていた。

 これは氾濫の規模、時期を計算しきる学問が確立されており、それに基づいた刈り入れや家畜の移動を行えることを示している。

 数学にはじまり、地理、地質、天文、気象はもとより、刈り入れ時期より種蒔き・植え付けを逆算するため、農耕牧畜もまた学問としてノウハウをためていると思われる。

 豊かな恵みとともに試練を与える大森林で生きていくことは、肌の白さだけでなく、優れた学問もその身に授けたのだ。


 我々が同じことをしようとした場合、周辺の地形を把握するだけで捕食者の餌食になることは避けられず、地質調査での滑落や水難事故も起こるだろう。

 大河の氾濫の時期や規模を見誤ることもあれば、避難させるべき家畜を失うこともあるだろう。

 そういった経験の積み重ねの上に成り立つのであれば、彼らの知見には敬意を表するべきであり、中央聖地を目指すことは墓暴きに等しく、唾棄すべき行為と言えるのかもしれない。



 近年、エルフの対存在と思しき種族の目撃報告複数寄せられている。

 沿岸部で集中しているため、“海エルフ”と呼ばれている。

 容姿は銀髪・銀眼・長耳、褐色肌で豊満・筋肉質と、対極に位置している。

 このためエルフのことを“森エルフ”や“白エルフ”と呼び、“海エルフ”のことを“黒エルフ”や“ダークエルフ”と呼ぶ者もいる。


 外見と環境から察するに、日光を強く受ける場所での“森エルフ”の亜種と考えられる。

 色素の濃い肌と銀髪は、海を潜行する際に回遊魚の青い背中と輝く腹に似た効果が期待出来、素潜り漁を有利に運べたと思われる。

 自らより浅い位置のものが見下ろせば暗い海に潜み、深い位置のものからは輝く太陽光に紛れ込んで、生存と漁の成功率を上げる。

 となれば、素潜り漁の用いる銛や鉾、槍、戟などの長物から、ナイフ、斧、舶刀カトラスの扱いに長けているのかもしれない。

 上空を舞う海鳥を追い払ったり、ときには食料にしたりするために、弓の扱いも修めていそうだ。


 潮騒に邪魔されぬように、大きな耳殻を獲得したとも考えられるし、森で獲得したものが海でも格別に有効だったとも考えられる。


 どちらが起源となるかは不明だが、“森エルフ”に近縁と思しきことから、“海エルフ”もまたマナの扱いに長けていると見て良いだろう。

 多くの漁師がそうであるように、【風魔法】や【水魔法】は達人の域、もしくはそれを超えるのではないだろうか。


 知的探求心も比肩するのであれば、航海に必要な潮流を読む力、海洋力学や気象、方位を把握するための天文、地理など、航海術に紐付いた分野を掘り下げているかもしれない。


 いずれにせよ、“海エルフ”はその目撃例自体がまだ少ないため、本拠地などの情報も乏しく、推測の域を出ない。

 もし許されるのであれば、筆者へ直接接触してくれることを願う。



 トゥモロー・ベルウッド著:大地の歩き方~森と海の隣人、エルフ~より抜粋。

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