第123話 Welcome to Underground
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
──久し振り。
お元気そうで。
かつて一度訪れた白き空間。
相手はあのときのままだったが、神妙な空気を纏っていた。
──申し訳ないことをしたね。心からお詫び申し上げる。本当にすまなかった。
まぁ、過ぎたことですから。以前と同様、家族に宛てた遺書は用意してありましたし。
──そう言ってもらえると助かるよ。
この後はどうなるのでしょうか?
──また別の世界ってことはなく、かといって元の世界に戻せるわけもなし。この世界での肉体に戻ってもらうだけさ。
では、
──そこなんだよねぇ。ハリセンのことは完全にボクの落ち度だ。幽体離脱バットの設計図でハリセンを折ったら中途半端に効果があって、滝壺に飲まれて頭をぶつけたときに発動し始めて、終いには完全に離脱しちゃうなんて思ってもみなかったんだ。
2人の間にホログラムが浮かび、川に流される自分の姿が映る。
まるでそれ以外は私が悪かったような言い草ですね。
──え、いや、ゴメンナサイ。でもさ、残された肉体に別の人格が入り込んで勝手に動いてるとは思わないじゃん? 素直に仮死状態になってくれてれば、発覚は早かったんだよ!
ほう、だいぶ口調が変わっていたはずですが?
──思考回路はほぼ一緒じゃんか! 口調なんか、2学期デビューくらいにしか思ってないよ。しかも幽体の方は帰巣本能に従ったのか、肉体ほったらかしでさっさと家に戻って来ちゃってるしさ。何で意識を肉体外に置く研究なんかしてんのさ?
肉体のみで意識が無ければ、【収納】出来たりしないかなぁと。あとは、肉体を物理的に分解・再構築が出来れば、瞬間移動や転移も可能なんですよ。ただ意識や記憶はどうなるか分からないから、バックアップを取ろうと思うのは当然では?
──おかげでゴーストやリビングアーマーのような、いわゆる不死属の理解が深まったよ。
貴方が生み出したのでは?
──買い被りすぎだよ。ボクは環境を整えただけだから。環境を整えれば適応放散するのが生物でしょ? 生物の枠組みを飛び出せる環境になっていただけさ。新しく生まれた生物の生態なんて、いちいち把握するわけないじゃないか。それが進化と多様性に繋がるわけだしね。創造主がすべて生み出してしまったら面白みがなくなっちゃうでしょ? だからボクは“管理者”なのさ。
ものは言い様ですね。嫌いじゃないですけど。
──さて、本題に戻ろうか。
『賢者』、『大賢者』のお二方がいらっしゃったのなら、遅かれ早かれだとは思います。彼には言われた記憶もありませんでしたし。
──そんなこんなで数十年、彼が肉体を使い続けてきたわけだから、キミの意識を戻そうにも脳の構造・神経ネットワークとの隔たりが大きくなってしまっていて、おいそれと戻せない状態なんだよね。
徐々に慣らすしかありませんね。
──そういうこと。一旦キミの意識は肉体に戻すけど、脳内活動の領域は制限した状態から徐々に広がっていくよ。
単純な記憶の摺り合わせもさることながら、思考回路が2つあるわけですから、下手をすると迷いが生じやすくなると…。
人陰は頷くと
──気付いているとは思うけど、彼をこのまま放り出しても肉体に刻まれた痕跡はそのままだから、慣らし作業は必須だからね。むしろ肉体との紐付けはコッチの方が今は上だね。言い方は悪いけど、足掛かりにさせてもらった方が回復は早いよ。何よりコレを肉体から引っ剥がしたままにしたり、別の肉体を用意したりしちゃうと、後々何を仕出かすか分かったもんじゃない。
我が半身ながら否定できないのがまた…。
──そろそろ合一の時間だよ。1人に統合するとはいえ、2人分の幽体の持っていたエネルギーを肉体に戻すために、多少身体をイジらせてもらうことになるから、そこらへんは覚悟しといてね。
イジらなければ?
──地図を書き換えるなんて生易しいもんじゃなく、キミを中心に世界のカタチが変わっちゃう。そもそも自力で『大賢者』どころか『仙人』級まで肉体改造してんじゃん! 肉体のマナ量が幽体のエネルギーに比例してんだからさぁ。なんだよ『魔核が埋まれば次は骨格』って?! 骨にマナ貯められるようにしてんじゃないよッ! あとは?
肉体の周囲に纏わせるように、虚子化してプールしてましたけど、体外なのでノーカンですね。
──一時期マナが大量に消失したのはキミのせいか。取り敢えず筋肉内にも留めおけるようにしておくから、
それ、もうやってます。ミトコンドリアの電子伝達系にマナを介在させて効率化するなんて、極々初期のことなので失念していました。
──キーッ! 虚数界なり、心魂界なりにプールして“マナ喰い”に襲われてしまえ!
その発言は予言として実効力を伴いますか?
──あ、ゴメン。なしで。まぁ、そういうのが生まれているかもしれないから気を付けてね。肉体の改造範囲は保障できないから、どうなっても文句言わないでね。膨大なマナの対処は得意でしょ? 最悪『世界樹』からマナラインに流し込めばいいんだし。取り敢えず1週間は加護を付けておくから、その間に何とかしてね。
この空間では時間の流れが異なっているようなことはありませんか?
──ないね。しっかり帳尻合わせしてね。コッチも出来る限りのことはしておくし。じゃあね~。
────────。
悪い笑みを浮かべながら手を振る人陰が、存在感を薄めて消えていく。
白い空間は光量を減らすように徐々に暗くなっていった。
残されたミツキと自分だけがポカンと浮かび上がったように感じられる中、2人の幽体が重なりどちらからともなく混ざり合っていく。
“爺ちゃん”と呼ばれた『賢者』、“クローさん”と呼ばれた『大賢者』。リーヴ、リーヴスラシル、エッダをはじめとする森の“子ども”たち。浮上都市の“子ども”たちの顔が浮かび、数々の思い出が去来する。
上書きされまいと、リィナ、ルゥナ、ティアナ、ティーダ、シルフィ、ニア、ミア、フィーネ、グートルーンたちに獣人国の面々、リザやリズをはじめとした、この世界で出会った人々の顔、思い出が浮かび上がる。
アニス、ゼイン、アーロンに、ダンやリタ、ガイウスにオイゲンと、幽体になっている間にこの世から旅だった者たち。
父母に祖父、幼少期をともに過ごした友人たち。中・高・大の同級生に先輩後輩たち。就職してからの同僚や受け持った生徒たちの顔が浮かんでは消えていく。
元の世界に残してくることになった彼女は涙を浮かべ、此方へと手を差し伸べる姿のまま消えていった。
自分をつくる要素となり得た人たち、事柄が次々と浮かんでは消え、2人の知識が合わさり、脳の記憶領域が再構築されていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいま」
「お帰りなさい」
「貴方がいない間に、こんなにしわくちゃになっちゃいました」
「あの3人なら若さを維持してくれたでしょうに」
「貴方がいない世界なら生きていてもしょうがないもの。それでも熊人にしてもらっていたおかげで、普通の人よりは長生き出来たのよ? ダンさん、リタさん夫婦は貴方がいなくなってすぐにお亡くなりになったわ。フィーネさんが道具の回収と返却をしてくれたそうよ」
「ええ、聞き及んでいます。皆には迷惑を掛けました。本当に申し訳ない」
「まったくよ。ようやく見付かった貴方は若いまま。いえ、出会ったときよりも若返ってるんですもの。ズルいったらありゃしない!」
「今からでも若返りますか?」
「止してちょうだい。──ティーダはね、奥さんにあわせて老いていくことを選んだの。あの子たちがこの世を去る前に、先に私が逝ってお迎えしてあげなくちゃね。だから、このまま」
「そう、ですか…」
「そんな顔しないで。貴方を必要とする人がまだまだいるんだもの。コレは私が決めた、私にしか出来ない仕事なんだから。だから笑って送り出して欲しいな」
「──ああ、ありがとう」
「こちらこそ。新しい髪型似合っているわね。──大好きよ。これからもずっと愛しているわ。──じゃあ、おやすみなさい」
「大好きだよ。愛してる。おやすみなさい──」
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