第122話 愛のフライパン
「これで冒険の書に上書きされた?」
「復活の呪文が聞き取れていたら、きっと大丈夫だよ」
獣人国を出発する前、この世界では珍しく教会があったため、観光目的で訪ねてみた。
気分はじいちゃんの墓参りで、初詣の感覚にも近い。
特に信仰している宗教もなく、故人の冥福を祈りつつ、近況の報告と勝手なお願いをする。
そこに神や霊の存在はもはや関係なく、当人の気の持ちよう次第。
取り敢えず“子ども”たちが元気でやっていること、起源の一つと思われる地へ辿り着いたことを報告し、スザンナへの手厚い教育に対して怨嗟の思いをぶつけ、皆が元気でやっていけるように見守っていてくれとお願いした。相手は勿論じいちゃんだ。
「用事は済んだかい? ちょっと付き合ってもらいたいんじゃが、ええか?」
現れたのは
「なに、人に会ってもらいたいだけじゃ。お前さんだけでもええし、そっちの娘っ子も連れてきて構わんぞ。小っこいやつもな」
入り口からひょっこり姿を現したかと思うと、此方の返事を待たずにすぐに歩き出してしまった。
目を見合わせるとスザンナ肩をすくめ、アディは頷き返してくる。
特に予定があるわけでもなく、何かのきっかけになれば良いかと後を追いかけた。
照る照る坊主は民家へ入り、奥の部屋の扉を開けた。
部屋の窓際にはベッドが置かれ、女性が横たわっていた。
髪はすべて白く頭の上には丸い耳があり、よく見ると顔の横にも人間の耳があった。
「あら、お客様、ね? ごめんなさいね、こんな姿で」
身を起こし、ヘッドボードに身を預ける老女。
「2代国王の母親で、“国母様”と皆に慕われているお方じゃよ」
「よしてくださいよ。国母様も代替わりして、今はただのしわくちゃのお婆ちゃんなんですから。何とか【回復魔法】で繋いでもらっているだけで、明日にも死んじゃうかもしれないほどですよ」
王族が市井の者と共に生活しているのは、王を特権階級にしすぎないためだという。
王は世襲制ではなく合議制により決められるらしいが、初代から現国王の3代までは同じ家からの輩出となってしまっているとのことだ。
「皆めんどくさがりなんですよ。『あの家の者にやらせとけば問題ないだろう』ってなもんです」
「目に見える特権があるわけでもないから誰もなりたがらず、2代目もこの間若王に譲位して隠居暮らしじゃ」
「王というよりは大統領みたいな感じなんですね?」
「ええ、ドワーフの国に倣ったんですって。呼び方の問題だけで、後々自由が利くようにってことらしいの」
「必要があれば、後から別に大統領を立てればいいだけじゃと」
照る照る坊主と老女は懐かしむように語る。
その後も初代がこの国を興した時のエピソードを話してくれた。
「して、どうじゃ?」
「うん、すごく似ているわ。娘たちに会ってもらうのが良いと思うわ」
「やはりそう思うか」
照る照る坊主はサイドボードに置かれたベルを鳴らし、控えていた女中に言付けた。
「何の話です?」
「…隠しても仕方あるまいな。ワシらはお主の正体が捜し人ではないかと疑っておる。だが確信を持ちきれんでおるのも事実。お主、記憶を失うようなことはなかったか? もし心当たりがあるようなら、娘たちに会って欲しいんじゃ」
「ミツキ様…」
「…どうしてそう思われたので?」
「食事じゃな。箸の持ち方や、食べ進め方がよう似とった。居酒屋での注文の仕方も酷似しとった」
そう言うと照る照る坊主はフードを外し、茜色の長髪を晒した。
睫毛の長いクリっとした目、すっと通った鼻筋にプックリとした唇は、これまで何度も幻視した少女の姿と瓜二つだった。
「あー! こないだの酔っ払い!」
「あなた、また…」
「ええい、久し振りに戻ってきたんじゃから大目に見んか! ──その様子じゃと会ってくれそうじゃな」
「あ──」
ニンマリとした少女の顔に、自分の頬を伝うものに気付いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ギャラリー多いね」
「これでも絞った方じゃ。曾孫以下も入れたら倍以上に膨れ上がるぞ」
「それにしても何で闘技場?」
「大人数が集まれる分かりやすい場所だっただけじゃ。他意はない」
スザンナと少女が話す様子を後ろから眺めながら歩を進める。
集合場所にされた闘技場には、上は先の老女よりも年老いて見える者から、下は10代と思える者まで幅広く集まり、種族も獣人、ドワーフ、只人と入り混じり、獣人種は多岐にわたっている。
先頭には10代くらいに見える女性が3人いて、傍らにはフードを外した照る照る坊主(小)が立っていた。手には真新しい鞘に納められたショートソードが握られていた。
「「「お帰りなさい、パパ」」」
黒髪・黒眼の只人、熊人、猫人の3人が声を揃える。
「だいぶ若返っちゃってるね~」
「骨格はそのまま。魔核のイジり方も変わってない」
「踵を擦る歩き方もそのままじゃない? さすがに外では気を遣って欲しいね」
まじまじと此方を観察する3人に、不思議と警戒感は湧かなかった。
「その子が新しいお嫁さん?」
「外行くと絶対連れ帰ってくるよね」
「また血を見る」
「ミツキ様! アタシ、お嫁さんだって! やったー!!」
「この子は娘だよ。ゴメンね、キミたちのこと知っているはずなんだけど、思い出せないや」
「へー、ホントに記憶がないんだ?」
「叩けば直る」
「機械じゃないんだから!」
「でも──」
「「「試す価値有り!」」」
一瞬にして剣呑な空気を纏う3人娘。照る照る坊主(小)をはじめ、皆が距離をとった。
「「ちょっと待った~!!」」
上空から響く声に、降り立つ2つの影。
「ソイツとやるのはおれっちたちの役目さ!」
「久し振りにボコボコにしてやるッス!」
現れたのは共に白髪の狼人と猿人。
「なかなか立ち上がらないね」
スザンナの指摘に皆も訝しげに2人を見る。
「こ、腰が…」
「足くじいたッス…」
「バカだねアンタたちは! あの子たちに任せときな!」
人々の中から同じく白髪の猫人の女性が歩み出て、2人の首根っこを掴んで引き摺っていってしまった。
一転間延びした空気が漂うが、すぐに気を引き締め直す。
3人娘たちが武器を構え、襲いかかってきた。
先鋒は猫人。
曲刀二刀流で流れるように斬り付けてくる。
対してショートソードで捌いていくが、手数の多さに圧倒されていく。
相手の振りに合わせて、強く払い当てて相手の姿勢を崩してやると、2番手として只人が矢を放ってきた。
身を翻してやり過ごす間に、猫人は体勢を立て直し、再び攻撃に加わわってくる。
3人目が控えているため、2人目で手こずっていては先が思いやられる。
「──てか、『叩けば』って言うなら、真剣はやり過ぎじゃない?!」
「「「それはそれ、これはこれ」」」
「あ~、もうっ!」
二刀を振る猫人の右の曲刀を左手で払うと同時に【火魔法】で溶かし、返す左もショートソードを【収納】し、空いた右手で溶かしてしまう。
「熱! あっつい!!」
空を過る腕の振りで回転してしまう胴に蹴りを入れ、ギャラリーへ跳ばして退場させる。
死角を狙うように放たれた矢に対しては、曲刀を溶かした熱の差分──負の熱エネルギーで周囲の大気を凍らせ、氷の壁を局所的に発生させて軌道を変えてしまう。
2人目へ距離を詰めようとすると、3人目──熊人が進路を塞ぎ、両手持ちの熊手を逆袈裟に振り上げた。
まるでラクロスのように爪先を細かく返しながら、突きと払いを組み合わせて、此方の剣を動かす自由を奪ってくる。
負けじと足を踏み鳴らし、靴に仕込んだ【大地】の魔紋で石筍を出して牽制する。
相手が退いたところに【身体強化】を効かせ、石筍を蹴り砕いて石礫を飛ばす。
目眩ましを受けている間に【土魔法】で足下を緩めて泥濘に変え、熊人が腰まで浸かったところで硬化させて自由を奪う。
駄目押しに【大地】で閉じ傘に石筍を生やして閉じ込めた。
「ラスト!」
残る只人へ向かい跳躍しようとしたところで違和感に気付いた。
いつの間にか腰に巻き付いた弦で、一瞬の隙が生まれてしまった。
「ミツキ様! ゴメンね!!」
「ごめんなさーい!」
スザンナとアディの謝罪が耳に届くと同時に黒い円盤が視界を塞ぎ、意識も黒く塗り潰された。
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