第121話 隻眼の熊人像

「まいどありー」


 元気な店員の声に見送られ、店を後にする。

 “三つ月の紋”の品──獣人国ウェルマーチス王室御用達の店だ。

 包丁をはじめ生活用品は充実していたが、ショートソードの代わりになる物はなかった。

 そもそも武器自体の取り扱いがなかった。

 なんでも武器は厳に管理されているらしく、少なくとも旅人のような余所者が買える物ではないとのことだ。


 言われてみれば当然だが、人を殺傷できる物を誰でも購入出来る環境は、なかなかどうして狂っていると、今更ながらに思えた。

 どうやらこの地では武器を持つ必要がない住環境が整えられているようだ。


「元々、虐げられてこの地へ流れ着いた者たちの作った国だからね。傷付けられることにも、傷付けることにも抵抗があるのさ。獣やゴブリンたちには有志を募って対処してるんだ。身体能力は高いからね。少数精鋭で回せるのさ」


「街に衛兵らしい人が少ないのもそのためですか?」


「んー、それもあるけど、余所者がそもそも少ないからね。たまに酔っ払うおバカさんがいるけれど、それも含めてご近所付き合いだよ。ねぇ?」


 話題を振られた大きい方の照る照ミステリアス・る坊主パートナーが顔を背け、関係ないとばかりに先へ進めと手を振った。どうやら酒癖の悪さを自覚しているようだ。


 案内されたのは行商人向けの宿で、今日はこのまま一泊し、翌日王室の武器庫へ案内してくれるという。ショートソードと引き替えに、一振り武器を譲ってもらえることになった。

 工房の見学などは許可出来ないが、同等品との交換が筋と考えてくれているようだ。

 彼女たちはそのための調整に王宮へ上がり、明日迎えに来てくれるとのこと。


「特に何があるわけでもないけど、観光する分には問題ないよ。当たり前だけど、余所者厳禁なエリアもあるから、くれぐれも問題を起こさないようにね。人山羊ウェアカプラを火の粉と言い切るアンタたちと敵対する気はないからね。頼んだよ」


「ええ、ここまでご案内いただき、ありがとうございます。夕飯と軽く散歩する程度で済ませておきます」


「そうしてもらえると助かるよ。じゃあ、また明日」


 宿のロビーで照る照る坊主と別れ、部屋へ案内してもらう。スザンナと相部屋だが、今に始まったことでもない。必要とあらば簀巻きにするだけだ。

 部屋で旅装を解き、動きやすい服装に着替えた。


 宿を出てまずは大樹の下へ。

 根元へ着くなり、アディは大樹と交信を成し遂げたようで、ほくほく顔となった。

 気持ち髪の艶やかさが増したように感じられた。

 折角なので幹を触れてみると、暖かなマナが流れ込んできて、少し懐かしい気分になった。

 浸り込みたい気分を茶化すスザンナの頬を潰し、台無し感を払拭するため夕飯を求め、飲食店を求め歩く。


「らっしゃい!」


 見覚えのある看板桃雉酒造を掲げた酒蔵直営の居酒屋が目抜き通りにあったので、独断と偏見のもと暖簾をくぐった。

 海が近いこともあって、刺身に一夜干し、酒盗になめろうと酒のアテには事欠かない。

 カレイの唐揚げ、煎餅揚げは格別で、瞬く間に空いた徳利がボウリング場の開店を知らせた。

 大将自慢のコロッケ、トリの唐揚げ、チーズフライの揚げ物3種で胃袋は満足。

 気が付けば月は天高く、睡魔に襲われていたスザンナに肩を貸して宿へと戻る。

 酒と料理で気分は上々。会計ついでにチップを渡し、バケツを抱えて酔い潰れている客の介抱を頼んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おはよう」


 現れた照る照る坊主は小さい方のみ。

 警備のしっかりした王城へのエスコート役は一人で十分ということなのだろう。

 スザンナとアディを伴い迎えの馬車に乗り込む。

 旅をしてきた荷馬車とは異なり、御者は城の者だろうか。照る照る坊主も一緒に客室へ乗り込んできた。

 対面式4人乗りの馬車は乗り心地も良く、外装は質素でありながらも、内装は細部に至るまでよく磨き込まれていた。

 大通りを東に走り、教会と思しき建物の脇を抜けて城の門で速度が緩む。

 開門に合わせて速度を上げ直すが、程なく馬車は停止し、外から客室の扉が開かれた。

 目的地への到着だ。


 赤い絨毯は敷かれていなかったが、目的の建物は荘厳な佇まいで、重要人物の扱いをしてくれているのだと感じられた。

 剣の主はそれほどにエラい人だったのだろう。

 馬車と同じくらいに作り込まれた建物は、ドワーフの王宮のような風合いで、この国がドワーフたちと真の友好関係を築いていることが窺い知れた。


 “三つ月の紋”自体はこの国の紋章にも使われているため、調べようと思えばすぐに判明する。

 そんなことも知らない人間に教えて、何か起こされでもしたら、国際問題になりかねないわけだ。

 ドワーフ王から“三つ月の紋”について教えてもらえなかったのも、友好国に対して仇なす行為とならないようにするためだったのだろう。

 城内になびく旗に描かれた紋章に、これまでの不自然な対応の数々の合点がいった。


 通された部屋は円卓の置かれた会議室。

 建物自体はどうやら迎賓館のようだ。

 スザンナが“SOUND ONLY”と書かれた板を並べようとしていた。

 定期的に【収納】を更新する中で、何時使えるかとネタの振り時を探していたのだと思うと、少し涙ぐましくなってくる。


 ──だが、今じゃない。


「い・ま・じゃ・な・い」


 おもてなし代わりに脳天締めアイアンクローで沈黙させ、最寄りの椅子に座らせた。



「さぁ、どれでも選んでくれ。背格好からだいたいのサイズは揃えたつもりだが、好みもあるだろうしね。言ってくれれば別な物を用意するし、なければ新規で打ってもいいよ」


 当然のことながら、武器庫へ部外者を案内することは保安上許されることはなく、そのまま会議室で引き渡しは行われた。

 強奪、逃亡、その他刃傷沙汰に備え、兵士たちの立ち会いのもとでだ。

 兵士たちが見守る中、卓上に並べられた武器を一点一点品定めをしていく。


「うーん、どれもちょっとね~」


「! そんな、それじゃあ約束が?!」


「ああ、大丈夫。あの剣はお渡ししますよ。約束を反故にするつもりはありません。単純にここに並べられた物を頂くわけにはいかないというだけの話です」


「気になる点でもあったのか? その剣と同じくらいの完成度の物を揃えたはずなんだけどね」


「たぶんソレですね。剣の主さんに向けて打たれた物じゃありませんか?」


「──ああ。よく分かったね。確かにその通りだよ。帰ってきたら渡そうとしていた物ばかりさ。結局は使わず新品のまま埃を被っちまってたけど、昨日ちゃんと手入れしてあるよ? 特に思い入れもないし、貰ってくれて構わないさ」


「いえ。恐れ多くて頂くわけにはいきませんよ。今がどうかは分かりませんが、間違いなくこれらにはその方への思いが溢れている。昨日の店のように、大衆向けに打たれた物の中から、同じサイズのを見繕っていただけませんか?」


「──そうかい。打った人間、選んだ人間としては複雑だね……。ちょっと待っててくれよ、すぐに取って来させる」


 脇の兵士が指示を受け、部屋を後にする。

 卓上の一振りを手に取り、物思いに耽る照る照る坊主。その姿は狂信者のようで、心が粟立つのを抑えきれない。


「黒ミサってこんな感じ?」


 脳天締めをかけ直し、兵士が戻って来るのを待つ。

 紅茶の品質にもこだわりを感じた。


「──待たせたね。一般兵士向けの物だけど、余所で手に入る物より数段出来は良いはずだよ。こんなのでいいのかい?」


「ええ、十分です」


 軽く振り回して感触を確かめ、取り引きの成立を告げる。


 一般販売を制限しているのだから、恩人と言えども最上級品が手に入ることはまず考えられない。

 その人自身がどうとかではなく、誰かの手に渡ってしまうことを考えたときに、選択肢から外されてしまうのだ。

 他人の手に渡ることを考慮して、自分以外が扱えないようにしておくか、自爆装置浪漫スイッチを用意しておきたいところ。“ヤマト”は前者で対策済みだ。


 正直なところ中途半端な武器であれば、別に交換する必要はない。

 いっそのこと、バールのようなものの方が力点と作用点のオフセットが利いている分、殴打時の刺突能力は高く、先端に重量の偏りもあって遠心力を利用した攻撃が可能で、鈍器としての機能も期待出来る。

 もちろん本来の工具としての用途もあるため、汎用性の高さはただの武器では比較にならない。

 山向こうで地下室に隠してきた数々の武器があることも手伝って、妥協点を引き下げさせた。


「では、約束通りお渡し致します」


 件のショートソードを取り出し、照る照る坊主に渡す。

 照る照る坊主は受け取るとすぐに【収納】し、所有権が移っていることを確認した。


「確かに。此方の都合を押し付けてばかりで申し訳ないね」


「いえ、お気になさらず。では、我々はこれにて失礼します。申し訳ありませんが皆さん、外まで案内して頂けませんか?」



「良いんですか? 一人にしちゃって?」


「良いか悪いかは僕らが決めることじゃないし、立会人彼らは全員外に出ることを選んだんだ。彼女にとって剣の主はそれほど大切な人ってことさ」


「──早く立ち直れると良いですね」


 初代国王の石像に見送られ、王城の門を潜った。

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