第120話 燃やせば何でも燃えるゴミ
山間を走る氷塊の矢。
ただの矢であれば届かせることさえやっとの距離で、緩やかになる放物線は視認性を高め、回避されやすく、落着時の勢いも重力加速度に依存するものとなってしまう。
それを牽制でなく攻撃たらしめんとするのは、【風魔法】による気流の操作で推進力を補いつつ、可能な限り空気抵抗を減らし、殺傷能力を着弾後の魔法効果にもたせているから。
一射目は見事命中し、一瞬にして相手を凍結させて動きを奪う。
「ひとぉつ! 次!」
1体がやられたことで動揺したのか、動きを見せた者が次の獲物に。
「みっつ! よぉっつ! 次はコッチ! バスタァアアビィイイイム!!」
【月影】を行使することで奪った熱を利用し、【太陽】で矢に整形して放つ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、……残り8とゴブリンだね。ついでだからゴブリンもやっちゃってね」
「いつぅつ! むっつぅ!」
溶岩に照らされながらも溶けること無い氷像に人山羊が変わり果てていく中、ゴブリンは右往左往するばかり。
「じゅういち! じゅう、にぃ! はぁ、ラスト! 焼き払え!!」
貯めに貯めた熱を一斉に放つように、扇状に纏め、強く引き絞った弓で弾き出す。
横一線。
山肌に大文字焼きの一画目が灯ったように溶岩が出現する。草木は一瞬にして炭へと変わり、火事になる心配はない。
一瞬で温められ膨張した空気が大爆発を起こすところだが、熱の移動対象を絞っているおかげで自然はちゃんと保護されている。
直撃したゴブリン達は蒸発し、打ち漏らした分へは追撃の矢が放たれた。
「さあ、真打ちの登場だ」
向かいの山肌が爆ぜたと思いきや、構えた盾に加重がのし掛かる。
本来なら勢いの乗った打撃によって、守る対象のスザンナ諸共弾き飛ばされていただろう。
運動エネルギーをマナに変換する魔導具は、敵の攻撃に乗せられたエネルギーをも吸収し、残るのは相手の体重による負荷のみ。
それでも優に100kgを超える巨体だ。受け止め続ける理由もないので、得られたマナで【身体強化】を施し、反撃とばかりに弾き飛ばす。
ボェエエエエエッ!
「ミツキ様! ガキ大将の歌ですよッ?!!」
「それなら天敵は母親で弱点は妹だよっと!」
スザンナの軽口を受け流し、再度突進してくる人山羊を躱す。
捻りの利いた角は突進と相性が良く、刺し貫かれてしまえば抜くのは難しい。
節くれ立った表面は流血を助長すること間違いなし。
人山羊からは素材としてこの角と丈夫そうな毛皮は確保しておきたい。
トンファーを互い違いに組み合わせたような形状の、“マル”と呼ばれる武器は攻防一体型で、汎用性が非常に高い。
この武器の長棍部分にブラックバックなどのヤギの角が用いられていたが、人山羊の角で作れば金属での補強も不要そうだ。
あとは骨と歯も人獣から得られる素材の代表格だ。黒曜石代わりにしてマクアフティルなんかも作れそうだ。
セントリオンにでも行けば誰かが買ってくれるだろうし、数珠のように思わぬ使い道が見付かるかもしれない。
魔石もさることながら、確保出来る素材は多いに越したことはない。
「というわけだから、お命頂戴」
“三つ月の紋”のショートソードには劣るが、お遊びで作ったダマスカス鋼擬きのショートソードを取り出す。
警戒し間合いを取り直す人山羊。
横に長い瞳孔は水平方向に広い視野をもち、眼球の動きが少ないため次の行動が推測し難い。
対して此方も動きを読ませまいと、盾の後ろに身を隠し、周囲をマナで覆い尽くす。
マナへの抵抗性が低い者はこれでマナ酔いしてくれるのだが、相手が人獣ではそれは期待出来ない。それでも魔法の発動兆候を誤魔化す効果はあるので十分だ。
盾の陰からショートソードだけを見せ、此方の目線も重心移動も見えないようにする。
周囲には高濃度のマナが満たされ、いつどんな魔法が発動してもおかしくないと脅かす。
進むも退くも難しい状況を生み出し、相手の行動を制限する。
マナの濃度を更に上げ、【風魔法】で隔絶した空間を作り出していく。
物理的にも抵抗が生まれ、行動の制限が増していく。
身動きが取れなくなっていく中、人山羊は次手を打つことなく姿を消した。
「相変わらずエグいっすね」
「相手は食料にもならない人獣だしね。人間本意で悪いけれど、犠牲者が出る前に退治しておかないといけないからね。手段は選んでられないよ」
「巣はどうします?」
「彼女たちの国がすぐそこなんだから、人を出してもらえばいいんじゃない? それより、アッチの素材は回収しといてね。魔石は回収しておかないと後々エラいことになるしね」
「え~、あたし一人でですか~?」
「僕はコッチを見てないといけないからね」
ブーたれるスザンナに対し、地面を踵で鳴らしてみせる。
角を含めて体長3m超。
都合5m掘り下げ、内部を水に変えた即席の水槽が足元に広がっている。今は正に、水槽の蓋の上に重石として乗っかっている状態だ。
人山羊の襲撃時のエネルギーを利用したため、マナの消耗や疲労感は皆無と言っていい。
どれだけ息が続くか分からないが、30分も待てば溺れ死ぬはずだ。
闇夜に紛れる毛皮も、今は水を吸って重い枷となっていることだろう。
「取り敢えず、【収納】出来るやつは持っておいでよ。此処まで持ってきたら手伝うからさ。持ってこれそうにないものと、火の始末だけ徹底してくれればいいよ」
「あ、そっか。じゃあサクッと済ませてくるね!」
スザンナが回収してきた人山羊と併せて、水槽から引き揚げた大物の素材を剥ぎ取っていく。
人山羊の強靭な腱からは上質の膠が得られそうな気がしたので、腱を残して筋と臓器を取り除いた。
水槽で綺麗に洗った後、毛皮は物干し台に掛け、腱や骨は笊にあげて乾かしておく。
魔石は手紙鞄から浮上都市へと送り、洗い物に使った汚水は浄化装置へ。
空いた水槽は筋と臓器、浄化装置の廃泥を焼却する炉として利用した後に埋め戻した。
すべての作業が完了する頃には空が白みはじめていた。
「夕べは派手にやったみたいだね」
「おはようございます。降りかかる火の粉を振り払っただけですよ。巣はそのままですから、討伐の手配などはお任せしますね」
馬車から出て来た小さい方の
「そりゃ構わないよ。深追いしてあの剣が失われても困るからね。すぐ朝食の用意をするから、出発の段取りを進めといて」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわ、大っきぃ。凄ぉい、こんなの初めて。あ、痛っ! ふぅー、あ、あぁ~。痛ぁ!」
稜線を越えて見えてきたのはとても巨大な大樹。アディも興味津々だ。
傘の下には街が広がり、水路が血管のように張り巡らされている。
大樹の先にはこちらも負けず劣らずの城が偉容を誇っていた。
その城の先には海が広がり、いずれ浮上都市が調査に訪れることだろう。
南には農場が広がり、家畜たちが思い思いに過ごしている。
あからさまに路面の舗装も変わり、高い技術を備えていることが窺い知れた。
道中世話になってきた馬車も、この国で造られた物なのだろうと思えた。
途中に関所はなく、街の入り口で手続きを行う。
照る照る坊主の手引きもあり、すぐに入門証を貰うことが出来た。
「獣人は初めてかい? 目立つのは耳と尻尾くらいなもんで、あとはほとんど一緒だよ。身体能力はえらく違うけどね」
「あなた方も獣人なので? その外套も只人の国では目立つからですか?」
「逆に目立ってる気がする……」
「顔見知りに会いたくないだけさ。アタシはドワーフ、そっちのは只人だよ」
「──フード外してくれないんだ……」
「悪いね。こう見えて有名人でね。この格好をしているときは不用意に近づかないよう、暗黙の了解があるのさ。さぁ、“三つ月の紋”の店はコッチだよ」
住人たちがヒソヒソと遠巻きに此方を見ているのが気のせいでなかったと、犯人の自供により確認出来た。
結局、目的の店まで奇異の視線を向けられ続けた。
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