第118話 Ready Go!

「ミツキ様、これからどうするんです?」


「どうしようかねぇ」


 暴走馬車に遭遇することなく、バンドウッヅ組の拠点も確認し、懐かしさのある故郷の味に触れ、街にある鍛冶工房の紋も確認し、当面の課題は一通りこなしてしまった。


「森に戻って日々を過ごして“子ども”たちを各地に送り出すのを手伝ってもいいけど、浮上都市に行って世界を見て回るのもいいね」


「一繋ぎの財宝を探したい!」


「大航海時代がきた後ならね~。どっちかって言うと僕らが遺す側じゃないかな? 現状の手札から考えると、世界地図がそれにあたるかなぁ」


「え~、一緒に冒険した仲間たちじゃないんですかぁ?」


「それを言ったら『この世のすべてを~』ってフレーズがあるから、大事だと思えたものすべてが財宝であるって解釈も出来るんだよね」


「『コレがオレたちにとっての財宝だったんだ!』」


「『なんだ、こんなとこまで来なくても良かったじゃないか!』」


「『ここまで来たから気付けたんだろ?』」


「『旅の目的は達成したけど、この世界にはまだまだ不思議は残されているわね』」


「『オレはまだ世界一の剣豪になっちゃいねぇ! まだ世に出てきていない強者がいるはずだ』」


「『オレもまだ出会っていない食材がある気がするな』」


「『真似すんなよ』」


「『ああん?』ボカスカ」


「『あたしの海図も通ってきたところしか埋めてないしね』


「『持病の“冒険を続けてはいけない病”が…』」


「『うるせぇ! 行こう!!』ドンッ!」


「彼らの冒険はまだまだ続く。次回作にご期待下さい!」


「どうしよう! 終わっちゃった!?」


「物語はいつか終わるものだよ」


「アタシたちの物語は終わらない!」


「スザンナ先生の次回作にご期待下さい」


「やっぱり打ち切りエンドだぁ~」


「……気は済んだかい、スー? 早いところお客さんの相手をしてあげないとね。もう出てきていいよ。お待たせ」


 嘘泣きしてみせるスザンナをあしらい、路地に向かって声を掛ける。


「早く出といでよ。ミツキ様の機嫌を損ねると、痛ぁ~いオシオキが待っているんだからね!」


「──ただの一般人ってわけじゃなさそうだね。少なくとも只人じゃない」


「ちっさ!」


「喧しいっ! こちとらずっとこの背丈で暮らしてんだ! ぶっ飛ばされたいのかい?!」


 現れた人物は、背丈はスザンナよりも一回り以上小さく、ドワーフの標準的な成人からも頭一つ小さいくらい。

 フード付きの外套ローブを身に纏い、フードも目深にすっぽり被ってしまっている。さながらミステリアス・パートナーと呼称するべきかと悩むほど。声の調子からは女性と思しいから、些か抵抗はあるが、照る照る坊主が相応しいか。


「アンタたち“三つ月の紋”について嗅ぎ回ってんだって? コッチの言うことを聞いてくれんなら、幾らか情報を与えてやれんこともないけど、どうする?」


「それは内容を聞いてからですね。“三つ月の紋”についてご存知なら、ドワーフ国と懇意なのでしょう? 不用意に敵対する気はありませんから、カフェでお茶でもしながら話しましょうか」


「じゃあ、そこの角を曲がって3件目のお店がオススメらしいよ! 張り切って行こー!」


「異論はないよ。支払いはアンタたち持ちだけどね」




「何名様でしょうか?」


「4人で」


「さっすがミツキ様! アーちゃんのこともちゃんと数えてくれているなんて!」


「……やっぱり5人で。遅れて1人来ます。ですよね?」


「…ああ、すぐ来るよ。──バレてるよ。そっちも合流して」


 小声で誰かと話しているようだが、遠隔通話だろうか? 聞き手の耳が良ければ聞こえなくはないだろうから、もう1人は獣人かもしれないな。


 程なくして、同じ様な小柄の外套姿が現れた。王位争奪戦でも繰り広げられているのだろうか?


「…きっとどちらかが暗殺者ヒットマンですよ」


 ──予言の書はどこだ?


 こちらも小さく、背丈はスザンナより頭一つ小さいくらい。しかし外套の上からでも分かるくらい、起伏のはっきりしたボディラインはそれだけで女性だと確信させるほど。


「ミツキ様、今すっごい失礼なこと考えたでしょ? ねぇ、ねぇ!?」


 運ばれてきたコーヒーの薫りを楽しみ、隣の騒音を意識の外に置く。

 音源の意識も少し変わった形の双子プリンに向けられた。それを食べたところで、征服感は得られようとも、結果は変わらない。


「さっそくで悪いが、この男を知ってるかい?」


 差し出されたのは1枚の肖像画。それは手帳ほどの大きさのデッサン画で、顔の特徴を出すためか何度も書き直した跡があった。

 本人を目の前にして描かれたのではなく、記憶を頼りに描かれたのだろう。

 炭写りしないようにガラスケースに納められていた。


「国家反逆罪に問われている失踪者ですか?」


「この顔にピンときたら、お近くの衛兵まで?」


「罪人だったらどれだけ楽か。隠してもしょうがないから言うが、ウチんとこのエライサンだよ。何十年も前に、外遊してるときに居なくなっちまってね。それ以来こうして手掛かりを探して回ってるってわけさ。生きているにしても死んでいるにしても、確証が欲しいってところだね」


「その手掛かりの1つが“三つ月の紋”ということですか」


「まぁ、そういうことだ。知らないんだったらいいさ」


 そう言うと肖像画を【収納】してしまった。

 後から来た方は黙々とケーキを口に運んでいる。


「どことなくお爺様やミツキ様に似ている感じはするね。でもお二人から見て、ミツキ様には感じるものが無いんだから別人だよね? もしかしてご兄弟?」


「そんな黒い兄弟はいないよ。……言い辛いんですが、こちらの剣に見覚えはありますか?」


 【収納】から愛用のショートソードを取り出す。柄拵えを外せば茎に“三つ月の紋”の入っている物だ。

 2人が息を飲むのが分かった。


「……これを、…どこで?」


「先日、野盗を返り討ちにしたときです。あまりにも見事な出来だったのと、他とは違い【収納】出来たので、頂戴してたわけです」


「そ、そうか…。間違いなく彼奴の物だ。譲ってもらうことは可能かい? 十中八九、形見の品なんだ。頼む…」


「構いませんよ。但し、製作元を教えて下さい。包丁やナイフ、鉈といった用品を買いたくって、そのために探していましたから」


 ミステリアス・パートナー同士がひそひそと相談をしている姿を見ていると、明日の天気を祈りたくなってしまう。


「──いいよ。教えてあげる。何だったら紹介がてら一緒について行ってもいいけど、どうする?」


「お願いしようかな? 情報だけじゃ、ちゃんと辿り着けるか分かんないしね」


「はは、顔も見せない相手じゃあ、そう言われても仕方ないね。出発は明日でいいかい? 他に用事があるなら待つけど?」


「明日で大丈夫です。今日にでもこの街を発とうかと思っていたくらいですから」


「じゃあ明朝、開門に合わせようか。西門の外で待ち合わせね。剣は案内し終わったときに渡してもらえればいいから。製作元に着いてから、今の鍛冶士の仕事が気に入らなくっても文句は言わないでおくれよ?」


「ええ、お約束します。それではまた明日」


 剣を【収納】し、支払いを済ませて先に店を出た。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「どう思う?」


「本人ならこの姿でも誰だか分かったはずだよ。しらばっくれている風ではなかったね。別人か、良くて血縁ってところだね」


「同感」


「剣は間違いなく彼奴の物だよ。あの子が扱うところが見れると良いんだけどね。血縁なら剣を渡したときに多少の手解きもしているだろうし…。最悪はあの子の言うとおり、流れ流れて盗賊から手に入れただけの場合。またとんぼ返りする羽目になるね」


「それも仕方あるまい」


「いざという時は頼んだよ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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