第116話 10分の5
セントリオンを発った馬車はバンドウッヅで1台別れ、拠点の確保とその周辺でのネットワークを構築する任を負った。
残る1台がツワァゲンランド王都ツワァゲンバーグへ向かい、ドワーフ国でのネットワークを構築する。
今はツワァゲンバーグへ向かう馬車の上。
御者台にヘクターを乗せ、その隣に陣取った。荷台ではアディを連れたスザンナを含めた6人が揺られている。
バンドウッヅとの国境を越え、山道にさし掛かる。
道を外れるとゴツゴツとした岩場が広がるが、道自体はよく舗装されており、轍が深いということもない。
道を進むと脇の岩場が徐々に険しくなり、山の針路に選択肢がなくなった頃、いくつか明かりが見えてきた。関所を中心とした宿場町だ。
一晩の宿を借り、馬たちへの飼い葉と水を貰う。
明朝発てば、昼には王都入り出来るとは宿の女将から。最悪、入都を断られた場合には、その日の内にこの宿へ戻ってこられる位置だと言う。
「アナタ、デキちゃったみたあばばばば」
「料理が口に合わないだけでしょうが。ここは肉料理主体だって言ってたでしょ。口元押さえる度に妙なネタをぶっ込むんじゃないの。ヘクターも変な目で見ないで。何にもないから!」
血抜きの甘さを香草と香辛料で誤魔化す料理は健在で、菜食主体の“子ども”たちには事前に適性を調べ、本人の希望も確認している。
「峠ではおめでたを主張するのが伝統だってお爺様が…」
「それ新婚の花嫁が攫われた挙げ句、石像になって守り神生活するやつだよ…。我が子の一番可愛い時を見られなくなっても良いの?」
「どんな子どもを育てるかより、誰の子どもを残すかを重視するという説も…」
「…闇が深いよ。武器を研ぐ必要はないからね。明日は早いから早く寝ようね」
──爺ちゃんはホントに何を教えてんだか…。
翌朝、ツワァゲンバーグ入りを目指し出発する。
相変わらず道自体は整備されたものだったが、周囲の峻険さは増していく。暫く進むと左右の視界が塞がれ、正面にも巨大な岩壁が立ちはだかった。
周囲の岩壁に施された彫刻を眺め、入都手続きを待つ。
「ミツキ様、こちらが通行証です」
「ありがと。じゃあ打ち合わせ通りにヘクターはフィオナと一緒に登記と拠点となる物件の問い合わせに。残りは控えた紋章を掲げてる工房の調査ね。訪問自体は明日で良いから。宿は適当に見繕っておくよ」
ドワーフ国王都ツワァゲンバーグは公衆浴場が整備されているため、宿はベッドさえあれば十分だ。
早々に宿を決めて馬車を預け、既視感の強い街を歩く。
何か目的があるわけでもなく、ただ足の赴くまま彷徨い歩く。
ふと気になって入った酒場では、まだ日も高いのに半分以上の席が埋まり、豪快な笑い声と、酒の臭いが充満していた。
席につき、薄めの果実酒を頼もうかと思って壁のボードに目を遣ると、覚えのあるメニューが飛び込んできた。
「
「僕の故郷にもそんな名前のお酒があったよ。名前だけもらって、中身は違うと思うけどね。スーは何にする?」
「
「お姉さーん」
お盆を片手に往き来する店員に声を掛け注文を済ませる。
厨房に向かう女性に茜色の髪がダブって見えた。
「どうしたの? 今の娘が気になる? あたしというものがありながら?!」
「スー、うるさい。ちょっとこの街に来てから既視感を感じることが多いんだ。今もそんな感じ。懐かしいような、どこかで同じことをしたような、でも初めてのはずでって。思い出す作業だから脳に良いかなって、なるべく時間を使って大事にしてるだけだよ」
「記憶戻りそう?」
「分かんないね。多少の不快感は残るけど、生活する上で不自由はしていないから。ちょっとしたクイズ遊びみたいなもんだよ」
「戻ったらどっか行っちゃう?」
「どうだろうね? やらなきゃいけないことがなければ、それも考えるかもしれないね。なに、今の記憶が上書きされちゃうってことはないだろうから、スーたちのことを忘れるわけじゃないんだし、無言で立ち去るなんてことはないよ。心配しないで」
「うん──」
翌日、朝から工房をいくつか回る──はずだった。
ヘクターたちは物件探しを継続し、スザンナと2人で昨日の調査を元に地図を作成し、最寄りの工房から訪ねることにした。
「ごめんくださーい」
「はーい、如何されました?」
「以前手に入れたこの両手剣なんですが、【収納】が出来ないんです。もしかしたらどこかで盗まれてしまったのではないかと、剣の刻印を頼りに製作された工房を訪ねてきた次第です。この剣は此方で打たれた物で間違いありませんか?」
ソリに載せた木箱から布巻きにしていた剣を取り出しカウンターに載せた。
ドレッドヘアをてっぺんで縛った女性は、両手剣を軽々持ち上げ、まじまじと刻印だけに限らず刃の造りや柄の拵えも見ていく。
「確かにうちの工房で打たれた物ですね。5代目の物と思わ、れ? 少々お待ち下さい。親方ァ! 親方ァッー!!」
「なんじゃい、騒々しい。また店の売り
「もう! 20年も前のことグチグチ言わんで下さい。それよりお客様が持ち込んだ品物が…」
「んお? お? こりゃ、オメー。ふむ。お客さん、この剣をどこで手に入れた? 他にも【収納】出来んかった武器はねぇか? その木箱ん中見せてもらうぞ!」
「んな! 無礼な! ミツキ様がいくら気安いとは言え、初対面の相手に礼儀知らずも甚だしい!」
「いいよ、スー。キミの口から礼儀という言葉が出てきたことの方がショックだよ」
「がぁーん。そんな風に思われていたなんて…。あれ? おかしいな、涙が…」
「本当は?」
「ウソです。言ってみたかっただけです」
「…夫婦漫才はそれくらいでいいか? 木箱ん中見せてもらうぞ?」
「夫婦だなんて、そんな」
頬を赤らめイヤイヤするスザンナに冷ややかな視線が刺さるが、本人はお構いなしだ。
「構いませんよ。カウンターに出しますね」
箱の中から長剣と鎚、斧と槍を取り出し並べていく。
「全部で5振りです。以前、賊に襲われましてね。返り討ちにしたんですが、そのときの戦利品といったところです。立派な物なのですが、如何せん【収納】が出来ない。盗難品かと思いまして、製作元に問い合わせれば持ち主を探せるかなぁと」
「そうかい、災難だったな。もう察しは付いていると思うが、他の武器も全部この国で打たれた物に違ぇねぇ。だが、これらには持ち主とよばれる個人は存在してねぇんだ」
「では、各工房から盗まれた物だったんですか? 複数の工房をハシゴして盗んで回るなんて大胆すぎますね」
「闘技場に集めてお祭り騒ぎでもしてたとか? 暗黒2Pカラーな影武者たちが盗んでいっちゃったみたいな?」
「影武者かどうかは分からねぇが、闘技場に皆が集まってたときに宝物庫が荒らされたって話だ。嬢ちゃんよく分かったな?」
「古今東西、手品も盗みも人々の視線を逸らすことが真髄なのです!」
エッヘンと、ない胸を反らせているが、揺れるポテンシャルを秘めていないことは保証しよう。
「宝物庫ということは、国で管理されていたものだったんですか? 破壊せずに確保して正解でしたね。他の物もお任せしてしまって宜しいですか?」
「そうしてやりてぇところだが、お前ぇさんらをこのまま帰すわけにはかねぇんだ。王宮まで一緒に来てもらえるか? 戻ってきたことを報告しに行かなきゃならねぇ。今となっちゃ大した
「分かりました。乗りかかった船です、お付き合い致しましょう」
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