第115話 元気100倍
「やぁ、クレアさん。如何です? 元のシャンデリアに勝るとも劣らないでしょう?」
「いえ、え? あの輝きって、まさか──」
「お分かりになりますか? さすが商人ギルド職員ですね。
「この屋敷より高価ではありませんか…。それどころかこの界隈のどの建物よりも…。色味の異なる物が混ざっているようですが…?」
「ええ、彼女たちのメモリアルダイヤモンドです。魔玉が残りませんからね。生きた証を残してあげたいと、ささやかながら屋敷を照らす灯りに使わせて頂きました」
引き渡しから2週間程で屋敷はかつての栄華を取り戻した。
玄関ロビーに吊された新たなシャンデリアは、屋敷の掃除・更新工事で出た廃材を材料にした錬金術の賜物だ。
屋根の葺き替えをし、各種配管を更新、新しい絨毯も揃ったので一斉に敷き替えた。
前庭も運動場も雑草が除かれ、
朝には無かったはずの植木が夕方には形よく剪定されて植わっていた。夜間に行われていれば、光合成をどうしたのか夜も眠れなかったと思う。
風通しよくした鉄柵には生木が絡みつき、無機質だった外塀に彩りが加わった。
防犯上死角が増える所だが、敷地外周に植物を置いた方が守りやすいらしい。異臭騒ぎが起きないか、不安が拭い去れない。
隠し部屋もベッドや家財道具にはじまり、扉や削り取った床の表面、出入口を変更したり、採光のために透明素材と入れ替えたりした際に生じた石材なども錬金術の餌食となった。
部屋自体を廃する意見もあったが、彼女たちがそこまでする必要はないと理解を示してくれたため、手紙鞄・転送箱の設置部屋として利用することとなった。
転送箱の設置により、森と海からの仕送りが解禁された。
“子ども”たちは只人と比べ、非常に長い寿命をもつ。
街の住民との間に下手に軋轢を生まないようにするため、長くても50年を目安に交替していく予定だ。
自らの番になった時に不自由しないように、森に残った者たちから手厚いサポートを心掛けてもらう狙いもある。
広すぎる部屋には書架も置かれ、各地の地図の写しと住民の情報も蓄えていく。
「ところで本日はどういったご用でしょうか?」
「局長から製紙について相談に乗って頂きたいと、宜しければ明日商人ギルドまでお越し頂けないでしょうか?」
「──分かりました。時間は如何致しましょう?」
「4つ鐘でお願いします。あと、こちらの手紙の配達もお願いします。明日の会議に受領証ないしは返事をお持ち頂くことは可能でしょうか?」
差し出された手紙を受け取り、宛先を確認するエリオット。
「ええ、問題ないでしょう。では明日、4つ鐘に商人ギルドで」
「宜しくお願い致します」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、郵便・製紙事業はエリオットに一任し、ドリィとともに霊体についての考察をはじめた。好奇心の塊スザンナも一緒だ。
「つまり、自我が芽生えたのはこの屋敷でなんだね?」
「そうよ、一番古い記憶は舞台の片隅から劇を観ていたわ。それが舞台上の大道具だったり、宙吊り装置だったりから俯瞰していることもあったわね。演劇だけに限らず、演奏会や曲芸なんかの見世物も沢山見てきた。きっと、沢山の人の感情や思いが生まれて残されて、私は生まれたんだと思う」
「演者と観客の情念がマナにはたらきかけて、この場に留まり感情・思考の再現が行われたってところかな」
「マナを留まらせる依代が舞台に使われてる古木だったのかな? マナの通りの良さが関係してる?」
「付喪神は長い年月を経た道具に、神や精霊が宿ったものって言われてたね。千年生きたキツネが神通力を得て、傾国の美女になって好き放題するって話もあるくらいだよ。キツネはだいたい10年くらいが寿命って言われてるから、その100倍の年月を過ごしたらスゴい力を持っていそうだよね。雉や琵琶なんかの話もあったし、力の象徴として尻尾や頭、腕なんかが複数ある描写がされていたね。太陽や月、星の輝きに神秘の力を感じた人が生み出した寓話だけど、マナに置き換えるといいのかな」
「女性なのはやっぱ、劇団とか楽団に女性が多いから?」
「から?」
2人揃って頬に指を添え、小首を傾げる。
「なんでキミも僕に訊くのさ? 街の外には危険が多い分、外の仕事は男、内の仕事は女ってのは森でも一緒だったでしょ。苗床にされちゃ困るからってね。舞台のことは実際見てきたドリィの方が分かってると思うけど? あとは無意識のマナだから、潜在的な性別やその時々の気性でも変わるかも? 同じ火を扱うのでもより高温の鍛冶場の方が調理場より猛々しい印象はあるよね」
「火の精霊もいるのかな? 見たいなぁ。ドワーフの国に行けば会えるかな?!」
目を輝かせるスザンナの肩の上ではアディが微妙な表情をしていた。火とは相性悪いよね。
「どうだろうね? ドワーフ達の工房は歴史は長いけど、窯や炉は改良されてからそこまで経っていないからなぁ。基本的な構造は持ち越しているからいけるか? マナの消費循環量も大きいし、居るかもしれないね。心魂界が見えれば確認出来るはずさ」
「テロレロッテローン♪
「妙な濁声を出すんじゃない。魔晶でいいよ。鏡を使った道具を作ったときに名前に困るだろうから、空けといてよね」
「あー、真実の姿を映したり? ニセの王様やニセ太后の正体をあばばばばば!」
──じいちゃん、何話してんだよ…。
ピクピクと痙攣するスザンナを余所に、霊体の再現を試みる。
脳内の電気信号をマナで再現し、もう一人の自分を現出させる。が、1分と保たず霧散してしまった。
「ミツキ様、もっかい、もっかい」
「ちょっと待ってね。今のは現世界で再現しちゃってたから失敗なんだよ。……うーん、心魂界のことがイマイチ分かってないから、上手く出来ないや。取り敢えず、分身と思考の並列化が出来ればいいかな? スー、回復早くなったね」
「さすがミツキ様、あたし達に出来ないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがががががが!」
──駄目だこいつ…。早くなんとかしないと…。
アディの目にどんどん影が差していく中、当人は恍惚の表情を浮かべている。
「やっぱりこの子、おもしろいわね」
──どうしてこうなった?
「心魂界へ来るのは難しいかもしれないわね。本人の意識は現世界に残ってて紐付いた状態だと、現世界の理に縛られてしまうわ」
「やっぱり? そうなると本体が邪魔になっちゃうわけか」
「はいはーい! ミツキ様の肉体はあたしが責任もって
「僕は人間をやめ──ないよ? あからさまにガッカリしないでよ」
いろんな汁まみれのスザンナの顔に、熱めのおしぼりを押し付けてやる。毛穴よ開いてしまえ。
「意識の切り離しをどうやるのか、そしてどう戻ってくるのかが徹底出来ないと、生き霊だらけになっちゃいそうだね」
「ミツキ様ー! 新しい顔よー!!」
「……。本体は胴体説を推すよ。ぶん投げられると目が回るけど、交換時に頭だけが高速回転しても、目は回ってなかったからね。顔はエネルギー源なだけだよ、きっと。胸のマークが怪しいと思うんだ。──スーは爺ちゃんから何を聞かされて育ったの?」
「ば、ばいばーぁばばばばばばば!」
「知らなかったのかい? 大魔王からは逃げられない。……
「こうやって身体の一部を触れ合わせれば直ぐに。元が同じ個体だから、記憶をなぞるように再現することで追体験出来るの。それで私はアディの記憶を見ることが出来るし、もちろんその逆もね」
ドリィと指を合わせるアディ。
交信のイメージが強いけど、なんかいろいろ惜しい。
「別の個体であれば、脳の信号回路を同じ様に辿っても同じ結果が得られるとは限らないから、これは難しい技術だね。やっぱり長く離れちゃうとそういった齟齬も生まれちゃうの?」
「そうね。でも私たちは肉体を離れて心魂界で共有する事も出来るから、そこの関係性が崩れなければ大丈夫だと思うわ。ね?」
そう言うドリィたちは虚空を見つめていた。
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