第114話 慈恩の亡霊
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マナを使い【雷魔法】で微弱電流を再現すれば、脳を誤魔化して幻視・幻聴引き起こしたり、運動神経の誤動作を招くことも出来る。
作用する場所を変えれば、脳内神経ネットワークのはたらき──“思考”を再現することも可能だし、マナのもつ物質再現能を用いれば、脳とそのはたらきを体外で再現出来ることになる。
“記憶”とは脳内神経ネットワークに通った刺激の再現であり、“記憶の定着”とはその再現性が高く維持されていることだね。
通常は繰り返し同じ刺激を送り続けることで神経ネットワークを強固にし、“記憶の定着”は行われるんだけど、事故や事件などで強力な刺激を受けると、短期間に何度も刺激が送られることになって、“記憶の定着”が引き起こされてしまう。
また身体に外傷、後遺障害を受けたり、現場を訪れたりして事故・事件の“記憶”が呼び起こされることになれば、それが“記憶の定着”を引き起こし、忘れることが出来ずに日常生活に支障を来すこともある。いわゆる心的外傷後ストレス障害──
調書を書くときや現場検証なんかは思い出す作業にほかならないから、それが原因で“記憶の定着”が起こることもある。事故・事件の瞬間は問題なくても、後から発症するわけだね。
被害者に寄り添わなければならないし、冤罪を生み出してもいけない。取り調べる者だけじゃなく、裁きを下す者にも慎重さが求められるね。
マナによる脳の再現に“記憶”の再現を伴わせる場合、神経ネットワークを強化する必要はなくって、その道筋に正しく微弱電気を流すだけだね。
“思考”が出来ればマナの操作は出来るし、“記憶”を再現することも可能。
あとは外界のマナを直接取り込み、利用することが出来れば、肉体という軛から解放されて寿命のない存在へと成ることが出来る。
さらにマナを変質させ、収納界のように別の次元へその実態を移行してしまえば、現世からの干渉を回避しつつ、任意で一方的に干渉することも可能だよ。
逆に干渉したいのであれば、同じ次元へアクセスする方法を持てばいいわけだ。この数珠や魔玉眼鏡のようにね。
果たしてそんな存在が進んだものであるか、はたまた劣ったものであるかは各人の判断に委ねるよ。
まぁ、そんなんになったら僕自らぶっ飛ばしに行ってあげるから安心して。
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6日目、エリオットは支払い、本契約を済ませるため商人ギルドのクレアを訪ねている。
ドリィ立ち会いのもと、残った彼女たちに葬儀の希望を訊ねる。
その気になれば、奥歯に残っているであろう神経細胞から遺伝情報を抜き出し、iPS細胞を経て肉体を再生し、死に化粧を施すことも可能なことを伝えると、6人ともが希望した。詳しい原理は理解出来ていないだろうけれど、身体が戻ることは分かったようだ。
クレアの火傷のときと同様に、浴槽に遺体を置き“コウノトリ”の培養液で満たしていく。
完品の細胞は採取できない者もいたが、断片的に繋ぎ合わせ、遺伝情報としては揃えることが出来た。
細胞質は僕のものを提供し、細胞として一通り機能することを確認したら、分裂・再生を促していく。
骨に対して腱を繋ぎ、筋組織の再構築の段階で“子ども”たちと交代する。
生き返らせるわけではないので、複雑な神経の再生は行わず、分業可能なところはどんどん割り振っていった。
屋敷に対する保護が抜け、反撃を食らう恐れが無くなったため、外壁の高圧洗浄と窓枠の補修を兼ねた二重窓への変更を行った。
外注していたカーテンが出来上がったので、手の空いた者たちで取り付けを行い、昼には水道も開通して湯殿の準備が出来た。
夕方、再生され肉を取り戻した遺体に、クローディア主導で化粧を施す。
身体が生前の姿を取り戻したことで、失った生への執着を抱いた6人は、自らの肉体へ姿を重ね授肉を果たした。
禍々しいマナを纏い立ち上がる6人に、緊張感が辺りを支配する。
「な、なんだと……」
「脳も神経も再生させていないのに!」
「何という強力で邪悪なマナなの?!」
「そうか! ミツキ様の仰っていた、脳や神経ネットワークをマナで再現していた存在だからこそ、肉体に備わっていなくても補うことが出来るんだ!」
「「「ナンダッテー」」」
「それじゃあ、彼女たちは霊体で存在を維持してきたように、体外のマナを直接取り込み使用できるってことじゃ…」
「無限に魔法を使えるってこと…?」
「い、いかん! 2階へ行く気だ! 進路を塞げ!!」
「弾幕薄いぞ! なにやってんのぉ!?」
「俺を踏み台にしたッ!?」
「なんとぉー!」
「彼女たちの目的は何だ!?」
「やっぱり隠し部屋を破壊したいんじゃないかしら? 長年閉じ込められた場所だし」
「最終防衛ライン突破されました!」
「クソッ! 可哀相だが直撃させる!」
「嘘でしょう?」
「脚がないのに……」
「『脚が無くたって100%の能力を発揮できるわ』」
「脚なんて飾りだとでも言うのか?!」
「『お前たち生のある者には分からんだろう! この私の、身体を通して出る力を!!』」
「『私たちの身体を皆に貸すわ!!』」
「このプレッシャー……」
「動け、動け皆、なぜ動かん!?」
「せっかく修理した屋敷が!」
「やらせはせん! やらせはせんぞぉッ!!」
「『待ちに待った時が来たのだ。幾多の少女がこの地で亡くなったことの証のために…。再び肉体を得、人生の目標を掲げる為に! 屋敷の屑成就のために! ○○○○よ! 私たちは帰ってきた!! 』」
「これでは2階も崩れ落ちて人が住めなくなる!」
「『○○○○、逝け! 忌まわしい記憶とともに!!』」
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「ミツキ様、ミツキ様!」
「ん? どうしたんだい、クローディア?」
「彼女たちの準備が終わりました。あと、お口許が…」
「ミツキ様、よだれスゴい」
「おっと、うたた寝してしまったようだね。ドリィは?」
「彼女たちと一緒にミツキ様をお待ちです」
「そうか。彼女たちを送り出してあげないとね」
クローディアとスザンナを伴い北の運動場へ移動する。
局長さんとクレアと“子ども”たちが円形に並べられた12基の柩を囲み、柩の中央にはドリィが待機していた。
「頼んどいた物は用意してくれた?」
「はい、彼女たちの胸元に」
「ありがと。──皆様お待たせ致しました。エリオット様に代わり、小生が取り仕切らせて頂きます。本日、無事に引き渡し完了となりました当屋敷に於いて、前家主の手によって少女たちが犠牲になっていたことが判明しました。我らの里の技術を用いて彼女たちの亡骸を復元し、改めて葬儀を行い冥福を祈るものであります。つきましては彼女たちの胸元に口紅を用意しておりますので、唇にそっと紅をのせ皆様の手で化粧を仕上げてあげて下さい」
クローディア、エリオットに続き、最寄りの柩から順にそれぞれが口紅をのせていく。
「ご苦労様、ミツキ」
「やぁ、ドリィ。君のおかげで棺の準備も助かったよ」
「あの子たちの遺体復元に比べれば、なんてことないわ。元の木も上質だったしね。満足そうな表情が分かるでしょう?」
「ああ、そうだね。喜んでくれて何よりだよ」
輪から少し離れたところで互いに労う。
「彼女たちは魔核を失ってるから、【宝葬】じゃ何も残らない。通常の火葬をするよ」
「やはりミツキはおもしろいわね。【宝葬】が当たり前なんだから、“通常の火葬”なんてないわよ? まるで異なる世界から来たみたい」
「そういえばそうだね。──さぁ、僕らもお別れをしようか」
12人の顔を見届け、花で満たされた柩に蓋をする。
「彼女たちの魂が安らかに眠り、より良き来世を巡られんことを」
12基の柩に火が灯され次第に大きくなっていく。
星月の下、12の炎と6の輝きが地上を飾る。
炎が消えたとき、ともに輝きも失われ、皆の耳に6つの声が届いた。
──ありがとう。
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