第113話 だってナムアミダがでちゃう
大広間の舞台。
クレアに聞いたところでは、使用された木材は樹齢千年を超す古木で、数十年掛かりで乾燥させていた物を取り寄せた、それはそれは贅を凝らしたものらしい。
第三区再開発時には建設予定の大劇場への移設する話があったほど。現在その劇場は上流階級向けに営業を行っており、舞台人はそこでの公演を目指して切磋琢磨するのだそうだ。
移設さえ出来ていれば憧れの地になるはずだった舞台と聞くと、それだけで上質なモノに思えてくる。
まぁ、木材自体は森で見慣れてきたから、いいものだというのはすぐに分かった。指で弾く必要もない。
移設話が持ち上がるほどだから、舞台上での事故は本番・練習を通して起こっておらず、奈落、廻り・迫りから
逆に正常に機能することに違和感を感じるほどだった。
「じゃあ、スー。ヨロシクね」
「はーい。──ああ、ミツキ、ミツキ、どうしてあなたはミツキなの?」
「! ミツキ様を呼び捨てにするだと──」
「いいよ。細かいことは。半分お遊びなんだから、これくらいは大目に見るさ」
「お爺様と縁を切り、その名を捨てて。それが無理なら、せめてあたしを愛すると誓って!」
『ロミオ&ジュリエットのオマージュかしら? 演技はなっちゃいないけど、愛して欲しい気持ちはホンモノね』
「彼女は女優じゃないからね。キミが7人目かい?」
『? ──ええ、そうね。そうみたい。私の声が届いたのね。良かったわ。どう? あの子たちを救えそうかしら?』
薄ら緑色に輝く少女がいつの間にか傍らに立っていた。
夢の中の雰囲気そのままで、口調は少し大人びた印象を受ける。
「どうだろうね? さっき会いに行ったら門前払いを食らったよ。だから先にキミの方に来たわけさ」
『あら、私はいいのよ。別に死んでるわけじゃないから。むしろ生まれたてで、こうして自我が芽生えたのもつい最近だから』
「へー、そうなんだ? じゃあ彼女たちの説得を手伝ってもらえないかな?」
『そうしてあげたいのは山々なんだけど、ちょっと無理な相談ね。私ココから動けないから』
「あ、やっぱそんなかんじなんだ?」
「ミツキ様、先ほどから何をお話しされていらっしゃるのですか?」
「ああ、ゴメンゴメン。見ることは出来ても聞こえないんだったね。彼女が探していた7人目さ。彼女はこの舞台の精霊。付喪神──ってやつで合ってる?」
『ええ、そうね。でも神と呼ばれるのはなんだか違う気がするわ。何の信仰も集められてないもの。ただ歳を重ねただけ。信仰という点で言えば、アナタの方が断然、神に近いわね』
「だってさ」
「ミツキ様、端折りすぎです」
「霊は霊でもいい霊ってことだよ。もう、めんどくさいなぁ」
『それは同感ね。私も直接話すことが出来れば良いんだけど……。あら、この子おもしろいモノを連れているわね』
「ミツキ、どうして愛していると言ってくれないの? あたしのこの小さな胸は苦しくって仕方がないの。それとも大きな胸じゃないとダメなの?!」
『──この子もおもしろいわね』
「話を進めようよ。スー、お楽しみのところ悪いけど、隠し持ってるモノ出してよ」
「な、ななな、何にも持ってないですよ!?」
「へぇ、そうなんだ。スーに最近女性らしさを感じるようになった気がしたけど、隠し事をしてるからそう思えてたのかな? ウソ吐く子はキライだって、普段から言ってたんだけどなぁ。バレたのに隠し続けるとウソに変わっちゃうよ?」
「え、ヤダヤダ! でも、えー? やーん」
「やーんじゃない。腰のバッグに入れてるの出しなさい」
往生際の悪いスザンナのウェストポーチを取り上げ、見慣れた緑の物体を取り出す。
「詳しい説明は後で訊こうかな。コレのことで合ってる?」
『そう、ソレよ。頂いても良いかしら?』
「その子も一応僕の“子ども”だから、上げる上げないの話は出来ないよ」
『心配しなくて大丈夫よ。チョット身体を借りるだけだから。何なら株分けしてからでも良いわ』
「それなら別に良いけど、時間掛かるよ?」
「えー、ヤダヤダ! あーちゃんはスーのなの!」
「幼児化してもダメです。エッダはこのこと知ってるの? ………アウト!」
冷汗塗れで口笛を吹こうと頑張っているけど、鳴ってもいないしそれで誤魔化せるわけでもない。
『許可がもらえたのなら十分よ。──うん、この子すごく変わってるわ。森を離れている間に世界はすごく変わったのね。──そう、分かったわ。ギブアンドテイクよ』
そう言うと7人目の少女はスザンナの密輸してきたマンドレイクと重なり、一際眩く輝くと2つに分かれ、一つは元のマンドレイクほどの大きさに。
もう一つは7人目の像の大きさに、見る見るうちに生長していく。7人目は緑の黒髪をもち、病的なほどに白い肌、血で化粧をしたような紅い唇をした少女になった。
「こんなものかしら。ちゃんと声は届いてる? えっと、お父様、ミツキ、ね。どう?」
「これは驚きました。お爺様が生きていらっしゃったらさぞかし喜ばれたでしょうに」
「そうね。オスカーたちとの中継ぎ役が話せられれば、お爺様は更に安心されたでしょうね」
「いやぁ、スゴいね。うんスゴい! 語彙崩壊するレベルだ。今のはマンドレイク──アルルーナの記憶を参照したのかな? そうなるとアーちゃんもアルルーナの記憶を継承していたことになる。いや、アルルーナ自身に記憶があるんだ。ホント爺ちゃんが居たら喜んだだろうね! いや、驚きすぎてポックリ逝ったかな?」
「ミツキ様、不謹慎です」
「アーちゃんが喋った!?」
「そちらも私と同じ能力があります。スーさんに気を使って、元のサイズでいることを選びましたが、お望みであれば私と同じようになることも可能ですよ」
「……ダメ。アーちゃんはこのまま!」
逡巡する間、同じ背丈の少女の一部に目線が集中していたのは、気付かぬふりをするのが吉か。
「えーっと、ハマちゃ「ドリィと呼んでくれたらいいわ。差し詰めそちらのはアディと」
「じゃあドリィ、授肉の見返りに協力をお願いして良いかな?」
「ええ、良いわ。元々あの子たちを救うようにお願いしたのは私だもの。断る理由がないわ。じゃあ行きましょうか」
「さっきも話したけど、ここの下には何があるか分からない。逆に何があっても不思議は無いわけだ。遺体を貪ったネズミやスライムが隠れている可能性も無くはないけど、6人分も食えば屋敷の外に出てこられるくらいにはなると思うから、可能性は低いね」
「それは大丈夫よ。私が守っていたもの。ネズミもスライムも、蟲だって通してはいないわ」
件のトイレへと戻り、注意点を確認していく。
ドリィの勧めもあり、クレアとクローディア、それと数人の人工を外に待機させている。進路がクリアになり次第、遺体を運び出す算段だ。
「じゃあ、敵は腐臭漂う空気位かな? 彼女たちは任せたよ」
「ミツキ、アナタ利き手はどちらかしら?」
「右だけど?」
「なら、こうね。いざとなったらコレでアナタも彼女たちを触れるわ。期待しているわよ」
首に掛けていた数珠が右腕を通す形で袈裟懸けに掛け直された。楽させてもらえないらしい。
「ミツキは本当におもしろい物ばかり持っているのね。こんな道具で
「魔玉は生命が生きた証。
「ふふ、今後の研究テーマが出来て嬉しい? でも今はコッチに集中してね」
『皆、遅くなったけど救いに来たわ。太陽の下の帰りましょう。この人たちは大丈夫。私が頼んだお手伝いさんよ。通してあげて』
掃除用具入れの奥へ入ると、個室の裏手、女子トイレとを隔てる壁との間に設けられた階段を下りていく。
下りきった所で再び扉があり、逃走を阻むため厳重に鍵が掛けられていた。
正規の手段で開けることは叶わないため、ショートソードで破壊する。
扉を開け、先程と同じく2種の【照明】で視界と安全を確保していく。天井は高くないが、広大な床面積を有していた。
扉のすぐ脇には彼女たちのものと思われる遺体が2人横たわり、部屋の中に据えられたベッドにも10人が寝かせられていた。
扉の中央は赤黒く変色しており、手から血が出ても解放を求めて叩き続けていたことが分かった。
白骨化した彼女たちの下には黒くなったシミが残されていた。
「飢えとマナの欠乏症で魔核は遺らなかったの。【宝葬】を使える子も居なかったし、この子たちに出来たのは扉を叩き続けることだけ。一人力尽きては弔う代わりにベッドに寝かせて、また一人倒れては次のベッドを埋めていく。生き延びるために他者を害する子は居なかったわ。手持ちの道具で化粧をして整えてあげてたの。それも半分過ぎた頃には満足に出来なくなっちゃって…。
「早く出してあげましょう」
泣きじゃくるスザンナを宥めながら、階上で待機させていた者たちを呼び込む。
担架に移し、新しいシーツを掛けて運び出していく。
1階の玄関ロビーに並べ、全員を集めて黙祷を捧げた。
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