第112話 女湯はひのき風呂

「へぇー。男子トイレってこうなってんですね~。こんな便器があるんだ~」


「スー、女の子が小便器をまじまじと見ないで。なんか恥ずかしくなっちゃう」


「そうですか? 私はあまり何とも思いませんが」


「エリオット、それはキミたちが使わなくて済むように育ってきたからだよ」


「ミツキ様も【蓮花】を入れちゃえばいいのに。あれ? 普通に魔法として使えちゃう?」


 5日目、排泄行為について熱く議論を交わしているわけではなく、屋敷の東館2階北側トイレの再検分だ。

 人員は僕と意識を取り戻したエリオット、魔玉眼鏡製作を手伝ってくれたスザンナの3名だ。

 大事があってはいけないので、クレアには待機してもらい、安全が確保されてから見てもらう段取りだ。今はクローディアとともに外構工事の立会いをしてもらっている。

 同じ女性ということで波長が合いやすく、憑依されたりしないかという配慮からだったが、スザンナは興味津々で付いてきてしまった。クレアへの説明を面倒にしてくれた負の功労者だ。


「彼女たちは付きまとってくるだけで、特に危害を加えてくるということはありませんね」


「あたしはなんだろ、睨まれてるような、悲しまれてるような…。同情するならカ──痛ぁ!」


「2人とも、彼女たちが原因だとして、何故屋敷の破壊を妨害したと思う?」


「ミツキ様、痛い。──やっぱ、ナワバリ的な? あたしらのシマ荒らすんだったら、シメてやんよ的な」


 頭を摩りながらスザンナが答える。ハリセンを使うと、音はすごいが痛みはそれほどでもない。そんな叩き方がある。


「スーはいつからギャルになったのさ? まぁ、当たらずも遠からずってとこかな。自分が死んだとして、この世を彷徨うことがあるとするなら、死後の処理がちゃんと出来てるかどうか不安があるときだね。その不安を無くすために子を遺すって、爺ちゃんも言ってたよ」


「つまり、この先に彼女たちの遺体があると?」


「その可能性が高いと思うよ。だから彼女たちの領域に侵入しようとすると、妨害してくると思っていた方が良い」


「ですが、入り口は何処でしょうか? 鏡のある洗面台も特に不自然なところはありませんし、小便器もしっかり固定されています。個室の方も扉が壊れていたり、使用禁止になっているものもありません」

 

「はーなー──痛ぁ! ……洗面台の引き出しは確認した? 時間旅行タイムマ──痛ぁ!」


「図面を確認したエリオットには気付いて欲しかったんだけどなぁ。あー、やっぱ近付くだけで圧がスゴいね」


「掃除用具入れですか?」


 掃除用具入れの扉を開き、デッキブラシや便器タワシ、水切りスクレーパーにバケツを取り出していく。


「うん。使用済みのトイレ掃除用具なんか買い手が付くわけないから、そのままだったのが災いしたのかな。──ほら、これが入り口だよ」


 掃除用具を出し切り、用具入れの中を【照明】で照らす。天井の隅にレバーがあり、引っ張ってくれよとばかりに主張していた。


「さぁ、ここからが本番だ。胃の中は空っぽにしたかい? 数十年の時を経て開く扉だよ。自分の回りの空気は浄化しながら進んでね」


「「はい!」」


 元気な2人の声も怨嗟の声に掻き消されてしまう。

 平気そうな2人を見ると、魔玉眼鏡では視覚のみが得られるようだ。

 レバーを引くと2重構造となっていた扉が、ギィと音を立てて開いていく。


 ビシィ!


 耳を劈く悲鳴に耐えられなかったように、窓ガラスに罅が入る。

 ガラスに気を取られる2人を余所に、口を明けた闇へ【照明】を送り込んで視界を確保するとともに、紫外線主体の【照明】を先行させて、先にいるであろう細菌・ウイルスを死滅させていく。


「ミツキ様、今のは?」


「核心に触れようとしている僕たちへ、彼女たちからの警告かな。これ以上来ると──ってやつさ。火を掛けても割れなかったガラスに罅が入ったから、まず間違いなく屋敷を守っていたのは彼女たちだろうね」


 意を決して、扉の奥とトイレ内を暴れ回る彼女たちへ声を掛ける。


「僕たちは君たちを保護しに来たんだ。外に出してあげる。どうか聞き入れて欲しい!」


「うーん、素っ気ない。20点!」


「求婚している訳じゃないんだからこれでいいんだよ。口で言って分かってくれるならラッキーくらいのもんさ。一旦退くよ。また来るから、どうか落ち着いて欲しい!」


 言い残して2人を連れて屋敷の外に出た。


「何人居た?」


「よく分かんないけど、4~5人?」


「6人ですね。特徴までは把握しきれませんでしたが、6人は確認しました」


 指折り数えるスザンナに、エリオットが冷静に答える。膝もしっかりしている。ちゃんと立ち直ったじゃないか。


「やっぱりそうか。僕も6人は分かったんだけどね」


「1人につき2人相手にすればいいってこと? でもどうやって?」


「攻撃手段はなくはないだろうけど、彼女たちを攻撃するつもりは全くない。この屋敷に何故彼女たちが居たのかを考えれば分かるよね?」


「──慰み者、ですか」


「うへぇ」


 舌を出し、心底嫌そうに顔を顰めるスザンナ。


「十中八九間違いない。社交場として成立していたようだから、裏カジノとかも考えたけど、どうやら違ったみたいだ。よく言えば売春宿なんだろうけど、彼女たちが好き好んでヤっていたとも思えないし、報酬を得られていたとも思えない。そんな彼女たちが屋敷の主人の死をきっかけに、あの部屋に完全に閉じこめられてしまった。食事も与えられず、ただ死を待つだけ。おそらく使用人は知っていたんだろうけど、家族は知らなかったのかもしれないね」


「こっそり外に出してやればいいのに」


「そこにどんな事情があったかは分かんないよ。例えば西館の2階は客室だから使用人は入れるだろうけど、東館は入れなかったかもしれない。主人が亡くなって、夫人がそのようにルールを変えてしまっていたらどう? トイレからぞろぞろ女の子が出てきたら、まぁ問題になるだろうね」


「正直に『主人の趣味です』って言っちゃえばいいのに」


「主人が亡くなって、悲嘆に暮れている人たちに対して故人の醜聞を突きつけるの? 時の有力者だったみたいだし、良くて解雇、悪くて一族郎党追放かな? 闇に葬られるくらいのこともあったかもしれないね。エリオットだったら、爺ちゃんのことを悪く言う奴がいたらどうする?」


「文字通り消しますね。【太陽】と【月影】で姿形残しません」


「ね? うちの子は多かれ少なかれこんな感じだよ? 余所でもあったと思っておかなくちゃね」


「えぇ~」


「何を言ってるんだスー、我々の生みの親なんだから当然だろう? ご安心下さい。ミツキ様の場合でも同様ですよ!」


 高笑いする狂信者のエリオットと、ドン引きの一般人のスザンナが、いい対比になっていてこれはこれでおもしろい。だが僕の扱いは普通で結構。


「気掛かりなのがね、もう一人居るはずなんだ。夢に出てきた気配は7人あったんだ。たぶん彼女たちの救済を願った子かな。死体蹴りをせざるを得なくなる前に、そちらを見付けておきたいね」


「でも何処にいるか分からないんじゃ…」


「心当たりはあってね。その子が出てくるときは懐かしい空気を纏ってたんだ」


「と言うことは森ですか? この付近だと街の外に出ればいくつかあったかと…」


「でも、屋敷に関係してるんだったら、北側の運動場周りの木なんじゃない?」


「街の外の森に連れ出された子がいたとは考え難いね。遺体を処分するのなら【宝葬】でいいし、使えなくても【収納】してしまえば隠滅する分には困らないから、森に遺棄する理由がない。運動場周りの木は厩舎の掃除のときに見たけど、特に何もなかったよ」


「そうなると、屋敷の中でふんだんに木材が使用された場所?」


「ミツキ様が立ち入って無い場所となると…」


「「分かった!」」

「舞台!」

「女湯──痛ぁ!」

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