第111話 お風呂に入ろう

「ミツキ様、その数珠を貸して下さい! 私にも見えるかもしれません!」


「やだよ! この数珠が無くなったら、誰が僕を守ってくれるのさ?!」


 トイレの外にいるクレアにも聞こえそうな声だったが、駆け付けた“子ども”たちの方が騒がしく、声も不明瞭にしか聞こえないため、おそらくこちらからの声もハッキリとは届いていないはずだ。

 多くの客が出入りする屋敷なだけあって、トイレの防音もしっかりしているようだ。気兼ねせずに素が出せる。


「私が守って差し上げますから! ね、ミツキ様、早く早く! 居なくなっちゃいますよ!」


「居なくなってくれた方が良いんだよ!」


「それじゃあ、なんでこの屋敷を買うか、意味なくなるじゃないですか!」


「この街での拠点が手に入るんだから、意味は十分あるでしょうがっ!」


「ミツキ様の分からず屋!」


「エリオットの唐変木!」


「ミツキ様のビビり! 腰抜けチキン!」


「カッチーン! おい、今何言った? 大きくなったのは図体だけじゃないようだな。あぁん? 今取り消すなら、地獄覗くだけで済ませてやる。怖いモンその身体に教え込んでやんよ」


「ひぃ──。く、くそ、凄んでもダメですよ! お爺様の遺志に従い、知的探求心を満たすのですから! いくらミツキ様と言えども──ひぃいいい」


「エリオットも大きくなったねぇええ。随分と言うようになったじゃないかぁ。そんなに言うなら貸したげるよ。済ませた後だから大丈夫だと思うけど、漏らすんじゃないよ?」


 数珠を首から外した途端、視界は明瞭さを取り戻した。

 手渡されただけのエリオットは何が何だか分からない様子だったので、首に掛けてみるよう促してやる。

 首に掛けた瞬間、エリオットの時間は止まった。ただでさえ白い肌からは生気が感じられない。

 僕が数珠を掛けてた時点で、3人がエリオットに絡み付いていたんだ。でしょうね感が拭いきれない。


 数珠を取り返し、互いの身形を整え、エリオットに肩を貸しながらトイレから出ると、心配そうな表情たちが待っていた。


「話は後で。今は外に出ましょう。なるべくここに留まらない方がいい。誰か、ビ──エリオット様を頼む」


 エリオットを預け、クレアに無事を伝えて前庭へと下りる。

 南側の外塀の作業は概ね完了していた。


「クレアさん、残念ながらこの屋敷には居る・・ことが確認されました。代表のエリオット様があの状態ですので、今日のところは切りの良いところで作業を終わります」


「あの、エリオット様は大丈夫でしょうか…」


「幼いときから見てきておりますから、あの程度なら明日にでも立ち直っていらっしゃるかと。無理なようでしたら、申し訳ございませんが、この物件のことは無かったことにしていただきます」


「ええ、それは構いません。エリオット様に大事がないことを祈っております」


「お気遣いありがとうございます。それでは私はこれで。失礼します」


 クローディアに残工事を任せ、宿の自室へ引き揚げる。



 数珠が彼女たち・・・・を見るために必要なアイテムであることは間違いない。

 構成する魔玉とアラクネーの糸があれば増産は出来そうなものだが、残念ながらアラクネーの糸は手持ちがない。


「こんなことなら、クモの糸集めておけば良かったよ…」


「ホントですね~」


「──何でいるの、スー?」


「ミツキ様が楽しそうなことしてくれそうだなぁって、付いて来ちゃいました。外塀はもう化粧塗りだけで、ヘクターたちの了解はとってますよ?」


「──まぁいいや、折角だから手伝ってもらおうか」


 悪びれないスザンナに毒気を抜かれ、カッカしていた頭の熱が下がって行く気がした。


「何するんです?」


「魔玉をつくるんだよ。出来れば蟲の死体なんかがあれば良いんだけどね、魔核を抜いていないやつ」


「へぇ~。有りますよ? 魔玉」


「さすがに森のような大きいのは居ないだろうから、下水道でネズミでも探してくるかなぁ。奥の手も有るんだけど、使いたくないんだよね」


「ミツキ様、有りますよ。沢山」


「いや、奥の手って言っても大したもんじゃないんだけどね~。心情的にはこの“子”もキミたちと──って、あるんかーい!」


「長いです。奥の手が気になるけど、ハイッ! 魔玉!」


 じゃらりと音の鳴る布袋をテーブルの上に置き、口を緩めて中から魔玉を出して見せてくれた。


「これどうしたの? こんなに?」


「へへーん。【宝葬】の練習でいっぱいヤっちゃいました! 安心して下さい、森の蟲ですよ!」


「大きさが揃っているから、それは分かるよ。いやぁ、助かるよ。これでレンズが作れそうだ。1個貰うよ?」


 袋の中から丁度良さそうな大きさの物を選び、抜き取ってスーへ見せる。


「良いですよ~。その代わり、今度何かおねだりさせて?」


「あー、はいはい。そんな媚売らんでいいから。お小遣いは足りてるでしょ? ペットは落ち着くまではダメだよ? スーが定住する場所に着いてから考えようね。長旅のストレスを受けることになるから、その子が可哀想だよ?」


「まぁた、子ども扱いしてる~。そんなじゃないよーだ。お金にもペットにも困っていません! ちょっとワガママきいてもらうだけだから」


「まぁ、僕に出来る範囲のことなら良いよ。じゃあ、早速作っていこう」


 宿の主人に許可をもらい、地階の大浴場へ移動する。


「へぇー。男湯ってこうなってんですね~。ミツキ様はお風呂ではどこから洗いますか? 教えてくれたらあたしの恥ずかしいヒミツ教えて上げますよ?」


「スーのヒミツはどうでもいいけど、洗うのは頭からだよ。掃除同様、汚れは上から落としていくの鉄則だよ」


「えー、ひどーい。もうちょっとあたしに興味もってくれてもよくないですかぁ?」


「あー、はいはい。15になってもオネショしてたよね~。それ以外に恥ずかしいヒミツが出来たんだ? 何かなー? 気になるなー?」


「サイテー。もう教えて上げない!」


「スー、このパイプをそこの蛇口に繋いで」


 スザンナの膨らんだ頬を潰し、加工用魔導具の給水パイプを手渡す。


 【収納】から取り出した加工用魔導具は、加圧された水を小さい穴などを通して細い水流に変え、切断や研磨などの加工を行う装置──ウォータージェット切断機カッターだ。研磨材としてダイヤモンドを添加しているから、基本的に加工対象を選ばない。

 浮上都市建造にも利用した技術で、中層の船渠にも大型の装置が搭載されている。

 クローさんが【水魔法】で頑張ろうとしていたけれど、研磨材がなければ硬質材は加工できないことを伝えると、いつもの表情をしてくれた。

 真空の刃や高圧水流の刃を飛ばして切断が出来るとすれば、そうのように定義付けられた技能スキルや物理法則をもった世界に行かなければならない。


 ウォーターカッターへの給水が完了したところで魔玉の加工に取り掛かる。

 視力矯正を行うわけではないので、レンズ自体は平面で切断していく。

 一通り切断し終えたところで水圧と研磨材を調整し、表面を研磨していく。表面が均されたところで取り出し、水磨きを経てコンパウンドで仕上げる。

 魔法が使える世界であっても、人の手で磨き上げるのが最も上質に仕上げられる。


「スーは利き目はどっちだい?」


「利き目、って何ですか?」


「僕らは両目でものを見ているようであって、実は脳では左右どちらかの目からの情報を基にして、視覚が構成されているんだ。例えば利き目が右の人は、右目からの像を基に、左目からの情報を重ねて立体感や距離感を掴んでいるんだよ」


 人差し指を頬に添え、分かりやすく“教えて?”をするスザンナに解説していく。


「どうやったら確かめられるの?」


「やり方はいろいろあるけど、腕を真っ直ぐに持ち上げて身体の前へ。両手を開いて親指と人差し指の股を重ねて、小さな穴をつくる。遠くの目印になる物を穴の中に収まるようにして、片目を閉じてみて」


「──あ、左目を閉じても変わらないけど、右目を閉じるとなくなっちゃった! コレって、あたしは右目が利き目ってこと?」


「そうだね。これから作る眼鏡は利き目側にただのレンズを入れて、反対側に魔玉レンズを入れる。見たくないときは眼鏡を外せばいいんだけど、両手が塞がっているときは難しいよね。片目だけにしておくと、そちらの目を瞑れば見なくて済むように出来る。利き目側に入れちゃうと、見え方が変わっちゃうからね。状況把握で一呼吸遅れるリスクは下げておきたいんだ」


 話しながらも手は動かし、シルバークレイでフレームを作り、焼成、組み立て、フィッティングを行う。


「どうです? カワイイ?」


「はいはい、カワイイ、カワイイ」


「ブー」


「いや、聞きたいのはコッチで、掛け心地とか動いたときのズレとか教えてほしいんだよ」


 スザンナの膨らんだ頬を潰し、片付けを済ませて大浴場を後にした。

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