第110話 びっくりした
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
──助けて。
──また? さっさと済ませて。
──やだ、痛くしないで! 殴らないでってば!
──……。
──ごめんなさい。ごめんなさい。
──うわああぁぁぁ。
──お願い、この子たちを助けて…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ、またか」
年端もいかない少女たちの慟哭。
連日見る夢は過去の記憶が見せる幻影か。
凝った肩を揉みほぐす。首に掛けた数珠はツボ圧し効果は高いが、磁気ネックレスのような肩凝り防止効果はないようだ。
『大賢者』のクローさんでも呼び起こせなかった記憶の中に、答えがあるのかもしれない。
これからの人生、頭にかかった靄を晴らす機会があるかは分からない。
時間が解決するかもしれないし、文字通り自分探しの旅に出るのも一つだろう。
“子ども”たちに世界を知る機会を確立していく中で、ある日思い掛けなく取り戻すかもしれない。
自分のことはさておいて、今日も拠点確保に向けて奮闘する。子どものわがままを叶えてやるのも親の務めだ。
4日目、掃除が一段落したので家の改装に取り掛かっていく。
クレアからは物の価値が変わらない、もしくは上がるようであれば、手を加えても損失には該当しないので、費用請求は発生しないと言ってくれている。門扉の変更も好意的に捉えてもらえているようだ。
門扉同様、外塀を風通しを良い物に変える。
塀を破るのは門の脇、2m程離れたところだ。
構成するレンガに大きな金鎚で穴を開けていくのだが、破壊行為には違いない。屋敷からの反撃に備え衝撃吸収陣を展開しておく。
塀からの反撃には金鎚を振るう者自らが盾を装備することで対応する。
「いきます」
ヘクターが合図とともに金鎚を振るう。
屋敷や塀からの防御反応や反撃はなく、化粧塗りの漆喰は剥がれ落ち、レンガの継ぎ目が割れていく。
ヘクターへの危害がないことが確認できたので、門を挟んで反対側でも金鎚が振るわれる。
継ぎ目が一通り割れたところでレンガを撤去していくと、補強として入れられていた鉄筋が姿を見せる。
取り除いたレンガを加工し、練り合せたモルタルで開口部を整え、剥がれた漆喰は錬金術の餌食になってもらい、新しく用意した漆喰で塗り直す。
買い叩いた屑鉄を還元しながら適当に棒状に成形し、鉄筋と合わせて鉄柵に変え、風の抜け道を作っていく。
鉄柵は門扉と同じく蔓をモチーフにし、有刺鉄線だった塀上の蔓と合流させることで倒壊しない強度が備わり、黒錆の酸化被膜で耐食性がもたせられた。
力仕事は男性陣が率先して行うが、鉄柵は一度やって見せたらスザンナが手際よく模倣してみせた。
施工の可否が確認出来たため、あとは等間隔で同様の施工を行っていくだけなので、“子ども”たちに任せて次の作業に取り掛かることにした。
「エリオット様、こちらの部屋、ですか?」
「ああ、図面上は存在しない部屋が有りそうなんだ。外観上は1階の高窓と2階の窓との間で、バルコニーがあるから分かりづらかったんだが、高窓の上辺から測ってみると、西館は
「つまり、隠された部屋があると──」
「他の部屋は粗方調べたから、残るのがこの部屋というわけだ。隠されているのだから、探しきれていない可能性もあるが…」
エリオットに連れられてきたのは東館の2階。廊下の左右に部屋が並び、突き当たりでは左手にトイレが男女分かれてあり、右手の扉を開けると一際大きな──東館の南面を占める主寝室が姿を見せる。
通常の寝室の3倍の空間には巨大なベッドが2組並び、主人と婦人が寝起きしていたことが想像された。
クレアの持つ商人ギルドの資料によると、テーブルセットやディスプレイラックなどもあったらしいが、売却済みとのことだ。
ベッドは一般的な部屋に置くには大き過ぎ、大きな部屋のある家に住む者はわざわざ死者が愛用したベッドを使うことはしないので、自然と売れ残ってしまったらしい。
他の寝室・客室のベッドも同様で、揃いの意匠だったため、主に宿向けで一括払い下げのつもりだったが、買い手が付かずに残されたという。
因みに西館では主寝室の位置に
「隠し部屋には何があるとお考えですか?」
「人目に付かないようにしているわけだから、疚しい物だろう。【収納】しきれない隠し財産であれば、商人ギルドへ差し上げますよ。脱税などの後ろ暗いものでしょうから、我々が受け取るわけにはいかない」
「もしそうであれば一度局長と相談致します。個人的にはエリオット様にお収め頂いた方が利点は大きいと思います。脱税や裏献金などの収益であれば、課税対象となって国へ納めることになります。商人ギルドの収益としようとした場合、出所には必ず説明が求められますから、火種になることは避けられません。ましてや元の住人は一家断絶の上、税金の滞納による差押えの形でこの屋敷を国に接収されましたから、国が全額権利を主張する可能性が高いです。それでしたら新興のエリオット様が、外から持ち込んでくれたお金として、国内で散財して頂いた方が経済も回りますし、ギルドとしましても利益が見込めます。勿論国もそうですね。何より私の仕事が増えずに済みます」
「そうですか。ならあまり期待しない方が良さそうですね」
本人の言うとおり、クレアの言がギルドの決定でないのは間違いないが、なるほどと思わせる力はあった。
「夫婦の寝室に出入り口がある場合、その線は濃厚でしょう。この部屋を見る限り、南面、東面は屋外への窓が。西面の窓は吹き抜けに繋がり、玄関ロビーを見下ろすことが出来ます。残る北面ですが、こちらも壁に不自然な隙間はなく、西側は隣室で東側はトイレですかね。そうなると、床から直接階下に降りることになりますが、こちらも床に不自然な点はありませんね」
「そうなるとベッドの下か…」
「クレアさん、こちら、【収納】しても宜しいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
レターマン名義に変更された権利書をクレアが預かって来てくれているため、【収納】をする分には問題なく、前日のベッドの再生にも活用出来た。
2組のベッドを【収納】すると、掃除の行き届いた床が顔を出す。
巨大なマットレスを再生した覚えがあったから、この部屋もしっかり掃除されていることは分かっていた。
特段、報告が無かったことから、念入りに床を調べてみるが、階段や梯子が設置された空間は見付けられなかった。
「ない、か…」
「他の部屋を見つつ、戻って少々休憩を挟みましょう」
ベッドを元の位置に戻し、主寝室を後にする。
寝室を順に覗いては、不自然な点がないか確認していったが、いずれも壁や床に不審な点は見当たらなかった。
廊下の突き当たり、腑に落ちない様子のエリオットを連れ、
窓が割れるかと思う程の悲鳴が響き、耳の良い“子ども”たちがすぐさま駆け付ける。
不幸中の幸いは用を足し終えていたということ。そう、悲鳴の主は僕だ。
白い陶器の小便器にエリオットと並んで済ませていると、視界がぼんやり霞んで見えた。
目を瞬かせ手元を注視すると、女性の頭部が薄らと浮かび、逸物を咥え込んだ。
慌ててエリオットに目を遣るが、こちらの異変に気付いた様子はなく、自らの
「エ、エリオッ、ト…」
「何ですか、ミツキ様。ん、イヤですよ。お風呂でもないのに、覗く趣味はないです。私もいつまでも子どもじゃありませんからね。逸物を見てハシャぐ歳じゃないですよ」
「そう、じゃ、ない。見え、て、ない?」
視線を戻すと、女は上目遣いに前後に動いている。まるで口淫しているかのようだ。
慌ててエリオットに顔を向けると、別の薄い女性がエリオットの首に絡むように抱き付いていた。
僕は限界を迎えた。
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