第108話 冷蔵庫に入れよう
「どうしてもやるのかい?」
「ええ、あの屋敷は大変興味深い。お爺様がご存命であれば、間違いなく手に入れようとなさったでしょう。謎を謎のまま良しとされる方ではございませんでしたから!」
──余計なことを教本に書いたなぁ。
「じゃあ、まずは商人ギルドに行こうか。売却先が手放してくれなければ、僕らが介入することは出来ないからね。ここで議論をしていても時間の浪費に過ぎないよ」
廃墟屋敷の解体工事から一夜明け、商人ギルドへと向かう。
人員は昨日と同じでセントリオン組にスザンナを加えた8人。残りは空き物件探しや、街の散策を行っている。
昨日の自由時間も律儀に建物の情報を集めてくれていて、セントリオンの地図は第三区以内を除き、粗方揃いはじめている。主にグルメマップとして。肉情報が乏しいのは少し寂しさを感じる。
「これはレターマン様、本日はどういったご用件で?」
商人ギルドに着くと、いつもの窓口係が応対してくれた。
「こんにちは、局長殿はいらっしゃいますか? クレアさんの担当されていた物件で少々相談したいことがございまして。」
「少々お待ち下さい」
すぐに局長さんが顔を出してくれたが、あまり顔色が優れないようだ。
「クレアさんの担当されていた屋敷のことなんですが…」
「ああ、昨日の事故のことですね。ご尽力頂き誠に感謝致します。本来は謝礼をお渡しするところなのですが、如何せん見舞金の捻出でさえ手を焼く始末。少しお待ち頂けると助かります」
「そのことはお気遣い頂かなくても結構ですよ。見返りが欲しくて行動したわけではありませんから。今日伺ったのは、あの物件自体がこの後どうなるのかお訊きしに参りました」
気遣い不要の一言に明るさを取り戻した局長さんだったが、続く一言で再び顔色を落とした。
「昨日の事故の後、正式に解約されご破算になりました。今後はまた取扱い不可物件として封印する予定です」
「そうですか。クレアさんとはあの物件についても少しお話ししていたのですが、封印前に我々に譲っていただくことは可能でしょうか?」
「ですが、この街の業者では解体も改築も請け負ってくれないと思いますよ。家具を運び出すことは出来ましたので、運び入れることは同様に可能だと思います。間取りや竈、上下水道などは従来のものをお使い頂くことになります」
「ええ、それで構いません。手付け金はインゴットで宜しいでしょうか? 金貨100枚相当ということで」
「……結構です。そういうことでしたら、屋敷の鍵はクレアがまだ持っております。この後見舞いがてら受け取りに行く予定でしたので、ご一緒されますか?」
「ご迷惑でなければ。ミツキ、金を」
「はい、こちらに。ご査収下さい」
エリオットに促され、金塊を局長さんへと手渡す。ここまで払いたくない金があるとは思わなかった。
「確かに。では、書類を用意して参ります。少々お待ち下さい」
再び局長さんが窓口に現れたときには、レターマン名義に変更された屋敷の権利書と契約書、金の領収証を手にしていた。
「代金は今回の売却予定額から謝礼金を差し引かせて頂いて金貨490枚。内100枚をインゴットで支払い済み。仮に契約を破棄される場合、違約金としてこちらの手付け金を充当させて頂きます。残金のお支払い期限は1週間後。それを超えた場合、違約金が発生するものと致します。それより以前に解約される場合は手付け金を返金致します。残金のお支払いにあたり、手付け金と同様にインゴットでお支払いされる場合、余剰額の金貨10枚分はお返し出来ませんのでご注意下さい。白金貨の場合はお返し致します。詳しくは契約書に記載がございますので、ご確認下さい。以上の条件で宜しければ、こちらにサインをお願い致します」
ざっと目を通したエリオットから契約書を受け取り、内容を確認する。
主なものは口頭で説明されたとおり。
あとは現状渡しの旨と、引き渡し完了後に買い戻しを希望する場合、期間が空いていなくてもその価格は大きく下がることが書かれていた。
商人ギルドの販売額自体には建物自体の価格及び土地代に加え、これまでの維持管理費、諸経費が上乗せされているが、建物自体の価値はほぼなくなっており、買い戻し時には土地代から維持管理費、諸経費を引いた価格になるとのことだ。
瑕疵物件扱いの買い叩きだが、実害があることをギルド側は知っており、それは我々も同様。契約書に明記されている分、良心的だと言える。
損をしたくなければ、そもそも買わなければいいし、買ったとしても売らなければいいだけの話だ。
「宜しいかと」
契約書をエリオットに返すと、すぐにペンを走らせ局長さんへと渡した。局長さんが契約書を確認すると、副書と領収証を手渡された。
「ありがとうございます。では病院へ向かいましょうか」
病院は商人ギルドのすぐ近くで、この辺りに公共施設が集まるように都市計画が立てられていたことがよく分かった。
「やぁ、ご加減如何ですか? クレアさん」
「これはエリオット様。その節はお世話になりました。外傷もキレイに治して頂いたおかげで、午後の検診で問題なければ夕方には退院出来るそうです」
「あれ、外傷だけじゃないよね?」
「そうなの?」
「クレア女史にはもっとソバカスがあって、誤魔化すために化粧が濃かったはずだ」
「化粧している雰囲気はない」
「髪もキレイになっている」
「じゃあ、ミツキ様が治療のついでにヤっちゃったってこと?」
「ミツキ様、あんなのが好みなの?」
「……大きい。ミツキ様……」
「え、そういうこと?」
「──キミたち、病院では静かになさい」
“子ども”たちがひそひそとよからぬ話をはじめたので早々に止めさせる。クローディアに至っては下世話な
良かれと思ってやったことを、当人以外から非難されるいわれはないはずだ。
「それはなによりです。お聞きになられたかと思いますが、あの屋敷は我々が購入する予定です」
「ええ、局長から聞きました。明日には復帰出来ますので、私と一緒であれば出入りは自由ですし、権利書も名義を変えておりますので、家具の【収納】も可能です。1週間で可否を判断して頂ければ、無駄にお金を使うことも有りません」
「宜しいので?」
「構いません。クレアたっての希望ですので。もちろん1週間の内に損失された物品に関しては請求させて頂きますので、お気を付け下さい。朝は直行で良いと言ってありますので、集合時間はクレアと決めて下さい。では、私はギルドへ戻りますので、何かご用があればお訪ね下さい。失礼します」
局長さんが去った後、集合時間を決めて宿に戻った。
全員を食堂に集め昼食を摂りながら、隣の廃墟を取得していく旨を報告し、散策組から街での市場や各種工房の様子を聞いた。
拠点を取得するまでは配達箱の設置が出来ないため、食材などは市場で購入することとなる。
どの店が品質が良く、価格が良心的であるかを調査してもらっており、その一巻として宿の厨房の一角を借りて、試食会を開いたのだ。
宿の料理人も興味があるとのことで参加を希望されたが、そのまま会議をしたいからと遠慮してもらった。
厨房を借りた礼として、代金とは別に料理のお裾分けと一部レシピの紹介で手を打ったかたちだ。
将来的にお隣さんになるかもしれないのだから、自分たちの好む味を再現してくれるのであれば、いろいろと助けてもらえることもあるだろう。
生活する場所での食料調達は当然の事ではあるが、実家からの仕送りは故郷の味という何物にも代え難いものがある。
森からの食材が手に入るようになれば、食生活はさらに充実する。
工房は紡績・織布から皮革、木工、彫金、鍛冶と幅広く見て回ってもらった。
珍しい製法があれば見本を購入し、再現したり進歩させたりするために分解・研究に回すのだ。
この国での特許──知的財産権のことは不明だが、問題がないようであれば、身内だけでも最新・最高級品を身に付けさせてやりたい。
空き物件について、北側のエリアは再開発完了後ということもあり、空き物件自体がほぼなし。あっても条件が合いそうになかったらしい。
今いる東エリアと同様に、再開発中の西側エリアではいくつか良さそうなものがあり、屋敷の件が不調に終わるようであれば、すぐに切り替えていける見込みだそうだ。
昼食後は屋敷の片付けのため、掃除道具を買いに行った。将来的にも使う物だから惜しむ必要はないし、相手は雑巾がいくつあっても足りないほどの広大な屋敷なのだから。
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