第107話 見間違えたのさ

「で、どうして残っているのかな? スー?」


 別の窓から見ていた“子ども”たちは、【身体強化】を使い窓から屋根へと飛び上がったが、スザンナはそのまま工事の様子を見ているだけだった。


「ほら、あたし、あの子たちと違ってこの街に残るわけじゃないから、別に良いかなぁ~って。あまり活躍しちゃうと、街を出るときに『行かないで~』って引き留められちゃうかもしれないじゃん?」


「スー、言葉遣いに気を付けなさい。いくらミツキ様が寛容とはいえ、度が過ぎるようであれば相応の対応をしなくてはいけなくなるぞ。下の者たちがワケも分からずに真似するようになった日には…」


「あ、ゴメンナサイ…」


「ははは、すぐに謝れるのは良いことだよ。まぁいいんじゃない? 今は3人だけだし。5人もいればどうとでもなるだろうし。だけど、手が必要になったら駆け付けられるようにはしといてね」


「さっすがミツキ様! ダーイスキ! チュッ!」


「スー!!」


 エリオットの叱責に舌を出して戯けて見せるスザンナ。根っからのお調子者だが、その実、やることはやっているので特に文句はない。


「さぁ、始まるようだよ。屋敷がどうなるか目を逸らさずによく見ておくんだよ。明日は我が身かもしれないからね」


「「はい!」」



 屋敷の中から作業員たちが出てきて、外の作業員たちと何言か話した後、炎に囲まれないようにと草が刈られた空間へ移動する。

 門扉も開け放たれたままなので、いざという時の退路は確保された状態だ。

 最終的に職長さんが取りまとめ、【着火】すると、屋敷を取り囲んだ作業員たちが【風魔法】で煽り、火勢が強まっていく。

 瞬く間に炎が燃え上がり、ムワっとした熱気が頬に感じられたのも束の間、作業員たちによる気流の壁が熱気を遮り、火の粉が舞い上がらないようにしながら、酸素が消費された空気を外へ送り出し敷地内に新鮮な空気を送り込む。


 ただ炎を遮る気流のドームでは、いつしか酸素は消費され切ってしまい、不完全燃焼となって一酸化炭素が溜まっていってしまう。

 密閉された空間で、高温かつ可燃性の一酸化炭素が蓄積した状態となれば、新鮮な空気が供給されると一酸化炭素と酸素が急速に反応し、爆発バックドラフトが引き起こされる。

 しかしながら空間が大きく、気流のドームでは放熱効率も高いため、爆発による屋敷の破壊は見込めない。

 燃焼を維持し続け、崩壊するのを待つ作戦だろう。


「何かフツー。このまま燃え切っちゃうのかな?」


「スー、何もないに越したことはないのですよ。物件としては勿体ないですがね。レンガ造りに漆喰塗りが殆どのこの街で、数少ない石造りの建物でしたからね」


「エリオット。どんなに良い建物でも事故物件は御免だよ」


「ミツキ様、その数珠、でしたっけ? 今も出していますけど、効かないのですか?」


「あくまでもお守り・・・だよ。事故物件に効果があるなら、お守りなんて言わずに常時身に付けているよ。そんなことよりも、ちゃんと見ておきなよ。屋敷の方に動きがあるよ」


 気流の壁を作っていた作業員たちの間に怒号が飛び交う。風の音でかき消され気味だが、どうやら気流が予定と異なる振る舞いを見せているようだった。


「総員警戒。衝撃吸収陣展開準備。3人はそのまま屋上に待機。2人は地上に下りて」


 屋上に上がった5人に指示を出す。耳がいいから、こんな時でも声を張らなくて済む。


「あー、お屋敷がなんだか光ってますねー。炎の照り返しで分かりづらかったけど、何だかヤヴァイ感じする」


「ミツキ様、準備が出来たようです」


 2人が地上に降りたことを確認し、エリオットが報告してくれた。


「じゃあスーはここで陣の中央に入ってね。エリオットは僕と一緒に屋根に上がるよ」


「えー、あたし居残りですかぁ?」


「目立ちたくないんでしょ? ここなら窓辺から少し身を乗り出すだけだから、盾の陰に隠れちゃえば顔も見られずに済むでしょ?」


「自分で言ったことだ、大人しく言うことを聞くんだな」


「ぶー」


 スザンナの不満気に膨らんだ頬を潰し、窓から屋根に上がる。


「いよいよヤバそうだね。中はやっぱり薪を置いたみたいだけど、2階はそのままみたいだね。1階が焼け落ちれば燃えるって考えかな? その1階もカーテンは燃えたようだけれど窓はそのままだね。鉄枠だったはずだから、熱膨張でガラスが割れてもいいくらいなのにね。上から見るとよく分かるや。クローディア、いざとなったら救助に向かうよ」


「はい、ミツキ様」


「──来ます!」


 勢いを増した気流が接近を拒み、輝きを増した屋敷からは纏わりつく炎を振り払うように火炎旋風が巻き起こる。

 屋敷を包む気流の壁にぶつかった旋風はそのまま上空へ巻き上がり、一点に集まり巨大な火球を形作った。それはまるで小型の太陽のようだった。


「クローディア、あの火球に向けて【月影】の矢を放って。エリオットは撃ち漏らしに備えを」


「「はい!」」


 火球の形成とともに気流の壁がなくなり、担当していた作業員たちが慌てふためいて逃げ始める。

 混乱する作業員たちに職長さんが何か喚いているようだ。


「ミツキ様、準備完了しました。いつでも撃てます!」


「いいよ、撃って。すぐに二の矢を。火球が散るまで連射するつもりで」


 【収納】から弓を取り出し、【月影】の魔紋で作り出した矢をつがえたクローディアに指示を出す。

 火球に対して、氷で作られた矢が放たれ、ジュッという音とともに吸い込まれていき、見る間に火勢は衰退していった。


「クローディア、もういいぞ。掴んだ・・・


 エリオットがそう告げると、火球は凍りつき、粉々に砕けながら落下していった。

 一際大きな欠片が着地の衝撃で砕け散ると同時に、屋敷の窓と扉が開き、炎を纏った木片が飛び出し作業員たちを襲う。


「うひいいぃっ?!」


 気流の壁を作り出していた者たちは、咄嗟に【風魔法】で軌道を変え、当たっても掠った程度だった。

 それに対して油を撒いたり、薪を搬入したりした力仕事担当の者たちは、何人かが直撃する結果になっていた。

 中でも職長さんは後ろにいたクレアを庇い、全身に打撲と熱傷を。庇われていたクレアも炎に巻かれ、軽くはない熱傷を受けていた。


「2人は僕が看る。残りの救助をお願い」


 そう言い残し、屋根を蹴って隣の敷地にお邪魔する。エリオットが指示を出しているのが、風切り音に紛れて聞こえた。


 ──良く成長してくれた。


 職長さんとクレアの傍に駆け付け、消火作業に当たる。

 手に持っていた数珠はネックレスのように首から下げた。

 【収納】から難燃性の紅い毛皮を取り出し2人に被せる。空気からの酸素の供給は断たれたはずだが、衣類に含まれる成分を元に燃焼反応は続けているかもしれないため、迂闊に毛皮を剥がすことはせず、上から氷礫で身体を冷やしていく。

 “子ども”たちが救助作業しているのを横目に、盾を取り出して屋敷に向かって正対するように3枚突き立て起動する。衝撃吸収陣の魔導具だ。

 盾の陰に浴槽を2つ並べ、2人が十分に冷えたことを確認して毛皮を剥がし、服を脱がせてそれぞれ浴槽に寝かせ、“コウノトリ”の培養液に森の薬草を加えた特製の回復液を体が浸るくらいまで注いでいく。

 クレアには焼けてしまった髪の毛のケアのため、海辺で作ったヘアパックも施していく。

 職長さんは残念ながら、ケアする物が元々なかった。男らしさの塊だ。

 【回復魔法】で2人の治療を行っている間にも、救助作業は進んでいく。


「ミツキ、他の作業員は皆軽い火傷と打撲、中には逃げようとして転倒し、骨を折った者もいたが、ひびが入った程度だ。クローディアが治療に当たっている。開け放たれた窓は南面に集中していたよ。放出された薪は幸いにも敷地内で留まって、草むらを焼いたくらいだ。延焼の心配はない。屋敷はほぼほぼ無傷のようだが、これ以上こちらをどうこうしようというのは無さそうだ」


「了解しました。エリオット様。引き続き彼らの治療に当たります」


 エリオットの報告を聞き、盾の隙間から屋敷を見ると、確かに発光現象は収まり、開け放たれた窓もいつの間にか閉ざされていた。

 主寝室の窓に人影が映った気がしたが、気のせいだと思うことにした。

 人は忘れることで、精神の安定を図ることが出来るのだ。

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