第106話 RA

「さぞかし立派な方が住まわれていたのでしょうね。今はどちらに住まわれていらっしゃるので?」


「え? えっと。──にました…」


「? クレアさん、申し訳ない。よく聞き取れなかったので、もう一度お願い出来ますか?」


 声を詰まらせながら話すクレアに、聞き取りが良いはずのエリオットが聞き直す。声が小さかったわけじゃなく、掠れて声になっていなかったようだ。


「ええ、ですから、この物件の家主は亡くなられておいでです」


「事故物件、ということですか?」


「いえ、そうではありません。家の主人が病で倒れ、一家総出であらゆる手を尽くしても助からなかったと聞き及んでおります。それこそ、万病に効くとされるドラゴンの肝を手に入れるために、持ちうる資財を投げうったとさえ。何分、私が生まれる以前の話ですので、資料にある以外は噂話程度になってしまいます」


「ご家族はどうされたのですか?」


 もっともな疑問を投げ掛けるエリオット。


「皆様事故やご病気でお亡くなりに。辿れる親戚もおらず、使用人たちへ相続する旨を記した遺書も無かったようで、税が滞ったということで国に差し押さえられた後、商人ギルドへ払い下げられました。本来なら行政の方で管理されるのですが、気にされる方が相当数いらっしゃったということで…」


「それで取り壊しなのですね。非常に勿体なく感じますが」


「いえ、何度か移築や改築の話はあったそうです。移築の話は主に第三区の再開発のときですね。ですが、そのたびに工事を担当する会社で火事があったり、着工にこぎ着けても囲った足場が風で倒されたりと、何かとトラブルに見舞われ、遂には死者が出たらしく、計画は頓挫してしまったのです。私が担当するようになってからも一度改築計画が立ったのですが、やはり同様に事故に見舞われて…。幸い怪我人は出ませんでしたが、前例があったために改築工事計画は白紙となりました。明日からの解体工事は何事もなく終わればいいのですが…」


「うまくいくと良いですね。もし駄目なようでしたらお声掛け頂いても?」


 商機と見たのか、エリオットが商談を始める。

 ──余計なことを…。


「それは構いませんが、失敗を願うことはしないで下さいね?」


「ええ、勿論です。今も仲間たちが良さそうな物件を探して街を歩いてますから、それも無駄になってしまいます。何も起こらず、全ての人の努力が報われる結果が一番です」


「仰るとおりです」


「ところでミツキ、その手に持っている物は何ですか?」


「これは数珠といって、ちょっとしたお守りです」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌日、廃墟が臨める宿の部屋から工事の様子を見学する。

 曰く付きの物件であることから、商人ギルドの担当であるクレアも立会うことになっており、余所の内見が出来ないため、全員休みにしてしまった。

 食べ歩きや買い物、ジョギングや散歩など思い思いの行動をとっている。無論、単独行動は厳禁だ。

 宿に残ったのはエリオットをはじめとするセントリオン組6人と、興味本位のスザンナで計8人。

 当面の常宿が決まったため、昨日の内に商人ギルドの登録は完了し、僕とセントリオン組は鉄徽章を手に入れることが出来た。

 廃墟内見の後は登録証と徽章の引き取りと、7人分の通行証の払い戻しを行った。

 徽章の中央には屋号を示す家紋が入るのだが、レターマン家は名前と生業が示すとおり“手紙”と、働き者の象徴でもあり、故郷で戦った憎き相手──“ハチ”をあしらった意匠になっている。

 少しでも故郷のことを思い出してもらえれば満足だ。



「──っ!」

「「「ご安全に!!」」」


「どうやら始まるようですよ」

「只人たちのお手並み拝見といきますか」


 職長さんの声までは聞き取れなかったが、解体作業に携わる作業員たちの返事は小気味よく耳に届いた。

 “子ども”たちは職長さんの声もしっかり聞き取れているかも知れない。

 もしそうであれば、工事に向けての注意点、作業中に潜んでいる危険や実際に起きた事故の原因と結末、用いる道具の点検要領などを聞き取ってくれていることだろう。

 教本にも書いてあるが、実際に現場に立つ者の言葉は重みが違うはずだ。真似すべき点はどんどん取り入れて、より良い物にしていってもらえればと思う。


 作業員たちは建物の中に数人入り、残りは建物の外周をぐるりと1周液体を撒き、残った分は屋敷の外壁に振り掛けていった。


「油でしょうか?」


「多分そうだね。中に入った人たちも手分けして撒いているんじゃないかな? 何だったら不要な木材なんかを【収納】から取り出しているかも知れないよ? 再開発で建築ラッシュが起こっているから廃材には事欠かないだろうしね。それにしても焼却処分とは恐れ入ったね」


「大丈夫でしょうか? 足場を崩す程の風が起こったという話でしたが…」


「そもそも解体工事で爆破をすることはあっても、焼却することはしないんだ。ましてやこんな街中ではね」


「延焼しちゃうもんね」


 エリオットとの会話にスザンナも加わってきた。残りの“子ども”たちは別の窓から見ているため、会話には参加してこないが聞いてはくれているだろう。


「そうだね、スー。大規模な火災が起こると、炎によって温められた空気は上空に舞い上がっていく。そうすると地表付近は空気が足りなくなるため、周りから空気を引き寄せていく。引き寄せられた空気は温められ上空へ。そうやって生じた上昇気流によって燃えカスや火の粉が舞い上げられ、落着した場所で火種になっちゃうわけだ。乾燥した木材置き場なんかは地獄だね。さらに規模が大きくなると、炎自体が大きく舞い上げられる“火災旋風”が起こる危険性も出てくるね」


「先生! それは教本に書いてませんでした!」


「うん、だから今説明しているんだよ。そっちも聞こえているかな?」


 別の窓の“子ども”たちに呼び掛けてみると、やはりちゃんと聞いてくれていたようで、直ぐに返事をしてくれた。


「森の中だと焚き火の始末でさえ口うるさく言ってきたでしょ? 樹上家屋はただでさえ燃えやすいし、空中回廊も張り巡らせてあるでしょ? 家屋の焼却処分なんて禁忌の極まりだよ。だから真っ当な方法しか書いていないんだ。話を戻すけど、背の高い建物が多いと、風の通り道が限定されちゃうから、風速が大きくなりがちになる。ビル風ってやつだね」


「これは教本に書かれてありましたね。樹木の配置が悪いと突風が起こりやすくなってしまうから、ちゃんと風が散らせるようにしておかないといけないと」


「おー、あれと一緒なんだ?」


「エリオットの言うとおりだよ、スー。風が強くなると、舞い上げられる炎は上空高くまで届き、その分広範囲に落ちてくることになるんだ。延焼の規模は大きくなるし、延焼した先でも同様に火災旋風が起こるかも知れない。そうなると鎮火する事は難しく、燃え尽きるまで待つことになるだろうね」


「あー、それで樹木の配置が重要になるんだぁ。焚き火しているときに突風が吹いて、炎が巻き上げられたら一大事だもんね? そっか、そういうことかー」


 スザンナがわざとらしく理解の声を上げる。感心している者がいるから、敢えてそうしてくれたようだ。ニヤニヤしているあたり詰めが甘いと感じてしまう。


「見てごらん、作業員たちが外塀近くに並んだだろう? きっと【風魔法】で気流を制御して延焼を防ぐするつもりじゃないかな?全員一斉にってわけじゃなく、交代要員もいるだろうけど、魔核・魔石も相当数用意したんじゃないかな?」


「念のため、この宿に飛び火しないように警戒しておきましょうか?」


「そうだね。皆、頼めるかい? エリオットは僕と一緒にこの部屋に待機ね。立場上、表立って働いている姿を見せない方がいいからね。部下の能力が高いと上司の能力も高く見える理論だよ。だから部下の功績を奪ってまで、自分を良く見せる必要はないからね。正しい評価を下していたら、君の評価も正しく下るんだ。内からも、外からもね。まぁ、緊急事態となったら立場なんか関係ないけどね」


「はい!」

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