第105話 白亜の城

「第三区の宿屋跡は正直なところナシだね。地階があって、増改築するには手間が掛かるし、集客の面でも難ありだよ。間取りの条件しか満たしていないと言っていいかな。風呂上がりの諸君なら分かってもらえるだろうが、風呂を後から設置することが不可能な物件だよ」


「ナシね」

「あり得ないわ」


 女性陣たちが賛意を口にし、男性陣は頷くばかりだ。

 湯上がりで上気した肌に、薄ら魔紋が浮かんでいる。と言っても、部屋着に着替えているため、手先足先がチラリと見えるくらい。

 夕食を頂いた後、風呂を済ませてから再び食堂に集まってもらい、物件の情報を共有する。

 メインで使用するのはエリックたちだが、今後他の都市に行った際に、どのような物件を見れば良いか、把握しておいてもらうためだ。


「次は商人ギルドから2ブロックほど南に行ったところにある商店。悪くはないけれど、買い手が付こうとすると、何かしらの妨害を受けるみたい。元の商家も部下に裏切られた上、奥方と離縁して財産持ち逃げ。途方に暮れた主人の店舗売却って話だったね」


「部下が男で、奥さんと出来てんじゃない?」

「不倫? 不潔だわ」

「単純に店主の人望が無いとか、人使いが荒かったとかじゃないか?」

「給料が凄い安いとか?」

「「ケチな男に興味ないわ」」


 非難の声が心に刺さる。おかしい、僕はそっちじゃないはずだ。


「ここは建物としては小さくはないけど、生活する者たちに家族が出来れば、すぐに手狭に感じると思うよ。ただ、今日実際にこの街を歩いてみて、思いの外広く感じたのは皆も同じじゃないかな? 使い勝手を良くするために店を複数持つとなると、出だしとしてはちょうど良いかもしれない」


「でも問題の種を抱えているんですよね?」

「妨害されても買う理由があるのか?」

「何で買わせたくないんだろ?」

「そもそも妨害する奴って誰なのさ?」


 口々に疑問の声が挙がった。

 本来なら皆で意見を出し合って考えさせたいところだが、下手をすると命に関わることなので結論を急ぐ。


「まずは問題の種について、おそらく家自体に見られたくない物があるあるんじゃないかな? 例えば隠し財産だったり、誰かの死体だったり。隠し財産であれば、店の金だったり主人の金扱いだったりした物が、建物と一緒に売却されたことで一旦全てがギルドの物に。その後買い戻した人に所有権が移譲されると」


「ですが、あの局長ならそういったことも気が付きそうな気がしますが…」


 直接面識のあるエリオットがフォローする。

 おそらくクレアも勘付いてはいそうだ。


「調べたけど見付かっていないか、見付かったけど妨害者がその事を知らないかってところかな。後者の場合、妨害者の目的を商人ギルドは把握できているわけだから、客へその旨を伝えてくるか、ほとぼりが冷めるまで寝かせておく。そのどちらでも無さそうだから、前者の可能性が高いかな」


「つまりお宝が眠っている可能性があると」

「じゃあ、なんで直ぐ買い戻さないんだ?」

「単純にお金がないんじゃない? わざわざ嫌がらせして時間稼ぎするのも工面している最中だからで、その間に物件の価格自体も下がってくれれば御の字みたいな?」


「スーの言うとおりかもしれないね。そうなると、資金が豊富な人物・組織は該当してこないから、クレアの言っていた『カラーズ』なるマフィアの関与はどうだろうね? 購入を検討した人たちの口止めが出来ているから組織的なものだとは思うんだ。マフィアの規模が小さいならあり得るかな。大きな組織だったら端金は無視するだろうから、妨害者の身の丈には余りある金額と考えられるね」


「ですがミツキ様、我々はそこまで金銭に執着する必要はありません。あの物件に拘る理由は皆無です」


 ──Exactlyイグザクトリィ


「その通り。本題はここからだよ。僕もあの物件に対して、そう興味はない。お宝にしても同様さ。犯罪の証拠になる死体やヤバいオクスリなんかが出て来ちゃえば目も当てられない。事件の捜査で取り上げられちゃうからね。リスクしかない物件だから購入する気はさらさら無いのだけれど、相手にそれが伝わってくれるかどうか。ましてや縁もゆかりもない者たちが新しく商売を始めようとしている。ちょっかい出したくなる要素が重なってきているから、くれぐれも気を付けてほしい。知らない人に付いて行っちゃダメだぞ?」


「「「はい」」」


「さて、今後検討、探していく物件についてだが、基本路線は同じで良いかな? 理想を言うとこの宿を乗っ取ってしまいたいくらいだけど」


「賛成です」

「生き返った気分」

「オヤジさんたち、シメてきますか?」

「「ヨシ!」」


「やめなさい。物騒だな、キミたちは」


 魔紋にマナを送り込み、仄かに輝き出す“子ども”たちを窘める。


「地区は第四区で良いよね? 最悪更地を買って一から建てるのも頭の片隅に置いて、明日からは手分けして土地や空き物件の調査に行こう。想像の域は出ないけど、警戒するに越したことはない。単独行動はダメだからね。最低2人、4人くらいが良いかもしれないね。エリックは取り壊し予定の建物を移築しても良いか、確認してきてくれるかな? 隣の建物なんか裏寂れてて嫌いじゃないよ。まぁ、間取り次第だけどね」


「「「はい」」」


 その後、区内散策の班分けと担当するエリアを決め、各自部屋に戻って就寝した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「他の物件の鍵も持って来ておりますので、気になった物件がございましたら、お気軽にお声掛け下さい。勿論商人ギルドで扱っている物件に限りますが」


 翌日、商人ギルドを訪ね、クレアに宿の隣の廃墟の鍵を開けてもらった。

 解体スケジュールは明日に決まっているため、移築するにも移築先の土地がない状況では、建屋を譲り受けることは不可とのことだ。

 ましてや移築のための解体と通常の解体とでは、再利用するために原形を保たねばならず、工程は大きく異なる。【収納】に長けた人物がいたとしても、精々物置小屋程度のサイズまで。何度かに小分けせねばならず、物理的に分ける作業で時間がかかってしまう。

 それに加え解体時は上から崩していくが、移設時には下から設置していくことになる。どんなに【収納】に長けた人物でも、一時的に仮置きする場所が必要になるため、そちらの用地も確保しなければならない。

 あらゆる点で移築することは不可能であると示していた。


 というのがクレアの見解だったが、敷地的には十分にエリオットでも【収納】出来るサイズだ。所有権を確保出来さえすれば、直ぐに取りかかれるだろう。

 こうして内見することで内部構造を把握しておけば、マナの消費も節約出来る。

 最低でも間取りの勉強にはなる。


 元はただの住居だったのだろうか。

 草の生い茂る前庭からは獣道になってしまっているが、よく見ると玄関まで石畳が敷かれ、中央の噴水を囲むロータリーの造りになっていた。


 玄関を入ると、広大なロビーが豪奢なシャンデリアに照らされ来客を迎えてくれたのであろう。天井からはシャンデリアを吊していた鎖が仕事を失い項垂れていた。

 宿を挟んで反対側にある新築の宿のロビーに移設されたとのことだ。他にも使えそうな調度は既に売却、撤去されていた。

 外塀の上に張り巡らされた有刺鉄線は、盗難防止のために後からギルドが設置したそうだ。鉄扉は元からの物で、玄関扉、ノッカーと意匠を一にする。


 外からは3階建てに見えていたが、実際は1階の天井が高く、2階の窓と思っていたものは1階の高窓だった。

 3階もとい2階の窓にはバルコニーが東西に分かれて張り出しており、事件が起これば犯人の逃走経路、アリバイトリックの名産地となりそうな雰囲気を醸し出している。

 ロビーの正面には羽根を背負って歌いながら下りたくなる大きな階段があり、ロビーを挟んで左手には、劇場に迷い込んだかと錯覚するほどの大きな舞台を備えた広間があり、反対側には学期末の成績発表が行えそうな食堂があった。

 ロビーの裏手、大広間と大食堂を繋ぐ位置に厨房と使用人たちの控え室があり、食堂は勿論のこと、広間でのパーティーにも給仕できるようになっていた。厨房は標準的な天井の高さで中2階があり、舞台のための楽屋や物置となっていた。


 南向きの玄関に対して、西側に大広間、東側に大食堂が位置しており、朝から使用する食堂に対して、来客があるのは夕方以降でカーテンを閉めて使用する広間。そして日当たりを考慮せずともいい厨房や楽屋が北に面していた。

 部屋の用途とその時間帯、方角が考えられており、移築するにも、基本的に東西方向に走る通りに面しておらねばならず、立地を選ぶ造りであった。


 2階は東と西に分かれて寝室が並び、東側は主に家人が使用し、西側は宿泊客が使用していたとのことだ。

 それぞれの廊下の入り口と突き当たりにはトイレが用意されていた。

 1階のトイレは大階段を支えるように配されていた。


 裏口を抜け北側に出ると、下宿する使用人たちの寮が西側にあり、1階が個室、2階は大部屋となっていた。2階は劇団や楽団を招いた際に寝泊まりしてもらうための部屋としても使われていた。

 犬が駆け回る姿を横目にお茶を楽しめそうな東屋ガゼボが建つ庭園を挟んで東側には、この物件最大の特徴と言える湯殿があった。

 来客が利用することも考慮してか、男女はちゃんと分けられていたが、外壁は一部がガラス戸となっており、解放すれば露天風呂気分に浸れる仕様だった。

 すっかり荒れ果ててしまっているが、植え込みや衝立で外からは見えないように計算されていたようだ。

 それでも酒精が入った状態で入浴すれば、目隠しも男女を分けた意味もなかっただろう。


 さらに母屋から離れて北へ歩き、目隠しの並木を越えると、馬用の厩舎と運動場があった。運動場は人が集まるときには馬車置き場としても使われたという。

 厩舎も10頭分は確保されており、相当に裕福な暮らしをしていたことが分かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る