第104話 ビバノンノ
「お帰りなさい。お疲れ様でした。物件の方は如何でしたか?」
窓口に現れた局長さんが此方の姿を認め、カウンターの外に出て来てくれた。
「今日見た2件はどちらも良さそうでしたが、強いて言うなら2件目の方が、お客様目線では利用し易いのかなと。ただこの街を自分の足で歩いてみて思ったのは、あまりにも広くて一箇所だけではなかなか厳しいものがありそうだということですね。ですので、一度どの様な有り様が良いのか、再考してくることに致しました」
「そうですか。引き続きクレアに担当させますので、お気兼ねなくお申し付け下さい」
エリオットの言葉にクレア共々局長さんは深く頭を下げた。
「こちらこそ宜しくお願い致します。そうだ、手紙の返事が戻っておりましたので、ご確認をお願い致します。こちらは頂いてきた返事の受領証ですので、サインを頂けますか?」
「! もうですか?! ──確かに村長のサインです。いやはや驚きました。早馬を出しても、明朝村に到着出来れば良い方です。少々お待ち頂けますか?」
エリオットから手紙を受け取った局長さんは中身を確認し、直ぐにペンを取り出し受領証に署名した。
「内容も村長にしか分からないものでした。受領証です。サインとともに、“返信無し”の旨も明記しておりますので、往き来の完了が伝わるかと思います」
「それは有り難い。今後受領証の送り主欄に“返信不要”、送り先欄に“返信無し”を記載しておきましょう。チェックを入れれば“返信不要”または“返信無し”となり“完了”を、二重線で消せば“返信要求”または“返信有り”となり継続を明示出来ますね。受領証であれば、配達員も確認出来ますので非常に分かりやすい。継続であれば、返事が書き上がった頃に引き取りに伺うサービスも出来ますしね」
さすが局長の座まで上り詰めた人物と言うべきか、受領証の改善点を見事に指摘されてしまった。
エリオットもすぐにその利点を理解し、上乗せする案を導き出した。
成長を感じたことにこみ上げてくるものがあったが、昼のピーマンが頭を過ったため、目頭を押さえるまでもなかった。
肉を避けるならまだしも、野菜は好むように
「お役に立てたようで何よりです。それにしても手紙の配達速度と精度がこれほど向上するなら、手紙そのものの有り様が大きく変わるでしょうね」
「ええ、そうあってほしいですね。万人が利用できるものとなれば、便箋や封筒といった製紙加工業の需要も見込めるようになります。ご存知でしょうか? ある種のスライムでは体内の繊維質が多いため、魔核を除いた後に乾燥させると、それだけで紙にすることが出来ます。勿論このスライムも下水処理が可能ですので、今ある植物から作り出す技術以上に、無駄なく簡便に、環境に配慮したかたちで作ることが出来るのです」
お返しにとばかりに、新たな商機の芽を語ってみせたエリオット。
「…宜しいのですか? そのような膨大な利益を生み出しかねない知識を公にしてしまって」
昼前には配達業以外は行わないという話をしたところだ。やはり副業があったのかと誤解も生まれるし、何故独占しないのかと疑問も抱かれてしまうだろう。結果的に警戒されるに止まってしまう。
「問題ございません。寧ろ富を独占した方が後に起こる問題が大きくなると言うものです。…そうですね、商人ギルド発で企画・運営されてみては如何でしょうか? 何でしたら、我々が技術アドバイザーとしてお手伝い致しますよ」
「──少し考えさせて下さい。今の話を聞いただけでは、既存の製紙加工設備をそのまま流用出来るのかどうかさえ分からない。どれほどの投資を求められ、どれだけの期間で回収できるのかが見えてこない限りは、おいそれと予算を割くことも出来ませんから」
「確かにそうですね。興味がお有りでしたら何時でもお声掛け下さい」
これ以上掘り下げても逆効果と見切りを付け、話を切り上げる。
「それではクレアさん、また明日にでも物件の相談に伺いますので、宜しくお願いします。今日はありがとうございました」
エリオットの会釈に合わせ深くお辞儀し、ギルドを後にする。
表には伝令役が宿の場所を確認して戻ってきてくれていた。
「ミツキ様、アレで宜しかったのですか?」
「上出来だよ、エリオット。金を生み出す術を持っているところを見せたから、商人ギルドとしては露骨に敵対してくることはないはずだよ。今まで出来なかったことを可能にして見せた。好意的にいくなら、取り込んで自らも一枚噛もうとするし、反対なら排除して既得権益を守ろうとするしね」
「『殺してでも奪い取る』という選択肢は無いのでしょうか?」
「──。【収納】している状態で術者が死亡すると、そのまま収納界で遺失するんだよね。そういった点ではこの世界では秘密の管理が非常に容易い。親に見られたくない秘密は、【収納】しておけば墓場まで直行だ。旅を終えたばかりの根無し草の僕らは、荷物の大半を【収納】していることは想像に難くない。奪おうとするのであれば、遺失する可能性を少しでも下げようと、腰を落ち着けてもらおうとするよね」
条件反射を堪え、質問に答えていく。
「【収納】から取り出す場所──拠点を構えてから襲ってくるわけですね?」
「そういうこと。でも襲われる側もバカじゃない。鍵となる部分を常に【収納】しておけば、例え襲われ奪われたとしても、ガラクタにしかならないように出来る。それでも気を付けないといけない場合もあるんだけど、分かるかい?」
「人質、ですか」
「ちゃんと覚えているね。教本作りを頑張った甲斐があったってもんだよ。その通り人質を取って吐き出させてしまえば、遺失する可能性は下げられるから、奪うなら人質を取ることから始めるのが鉄板だね。可能な限り単独行動は控えてくれよ?」
「周知徹底しておきます」
エリオットに続き、6人が頷く。
「頼んだよ。続きは宿で話そうか」
宿は商人ギルドより外縁側──第五壁に向かって10分ほど歩いた所。
5階建ての石造りで、磨き上げられた石は鏡のように、覗き込む者の顔を映し出すほど。
裏には馬車の預かり場が完備されており、広々とした空間には豪華な馬車が並んでいた。
玄関口には洒落た制服のドアマンが立っており、大きなガラス扉の先ではシャンデリアから降り注ぐ光で、ロビー全体がキラキラと輝いて見えた。
「へぇー、立派な所だねぇ。高かったんじゃないの?」
先導する伝令役に声を掛けると、怖ず怖ずと振り返り、申し訳なさをこれでもかと顔に浮かべ答えた。
「ミツキ様、我々の泊まる宿はこの先なのです」
案内された先は人がいる気配さえ感じられない廃墟。
3階建てで前庭は草が生い茂り、かき分けたように道が出来ていた。
敷地を囲む塀の上には有刺鉄線が張られており、重厚な鉄扉は来る者を拒むようだった。
「ミツキ様、行き過ぎです」
「てっきり天国から地獄コースだと思ったよ」
「そちらは正真正銘、廃墟です。2日後には解体作業が始まるそうです」
案内された宿は地上3階に地階を加えた4階構成。
1階に受付カウンターと事務所。その奥に従業員の控え室と主人家族の暮らす住居部分があり、厨房と食堂も1階だ。
2、3階が客室になっており、それぞれツインが12室ずつだ。両階ともトイレは廊下の両端に有り、男女はちゃんと分かれている。廊下の中間に位置する階段の正面にはリネン室を兼ねた物置部屋が用意され、従業員の使い勝手も考慮されているようだった。
「第三区で見てきた宿と同じかんじだね。建築士が一緒とかかな? ベッドもふかふかだし、行き届いているね。ただ、湯桶がないようだけど、お湯のサービスはやっていないのかな?」
「ミツキ様、昼間の物件では地下がバーでした。ここでは……大浴場となっております」
──天晴れだ、誉めて遣わす。
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