第103話 スラスラスイスイ

「そろそろ物件の方へ参りましょうか」


 デザートのゴマ団子を食べきり、お茶で口の中をサッパリさせた所で切り出す。


「ええ、御馳走様でした。支払いは済ませてありますので、引き続き案内をお願いします、クレアさん」


「あら、すみません。御馳走様です、エリオット様。最初の物件は紹介した順番通り、このまま第三区の宿屋からご案内致します」



 店を出て宿を目指す。

 連れて行かれた先は、来た道を2ブロックほど戻り、大通りから南に3つ下ったところ。少し道幅が狭くなった通りに面した4階建ての建物だった。


「3階建てではなかったのですね?」


「建物自体は地上3階に地階を加え、計4フロアございます。地階から1階へは繋がっていませんので、別物件として取り扱っております。現在、地階はバーが入っておりまして、酒類はもとより、軽食も提供しております。夕方からの営業で、宿の食堂の閉店後、2軒目として利用されるケースが多かったらしいです」


 クレアの説明通り、昼を過ぎたばかりの時間ではまだ店は開いていないらしく「close」の札が掛けられていた。


 候補物件である地上部分、入り口の扉の上には看板を吊り下げる腕がパートナーを失ったまま残されていた。

 クレアの案内で中に入り、内覧していく。

 維持管理をしていると言っていたのは嘘ではないようで、定期的に換気されてカビ臭さは感じられなかった。

 レンガ造りの骨格に内装は漆喰が塗られ、白く清潔感を演出していた。

 将来的に自分たちが使うかもしれないことを念頭に、窓や扉の建て付け、日当たり・採光や湿気のたまり具合、床面の傾斜や床板の反りなどを確認していく。


 客室だった部屋にはクローゼットが備え付けられており、ベッドをはじめ、サイドボード、チェアセットなどもそのまま残されていた。

 床の一角は石板になっており、大小の盥が置かれていた。身体を拭くためのスペースだ。

 厨房では竈が3つあり、オーブンも3台あった。下拵えや盛りつけを行う台、大鍋などの調理器具も残されていたが、包丁は見当たらなかった。

 訊けば引き渡されたときには既に無かったようで、前の持ち主が日用品と一緒に新しい家に持って行ってしまったみたいだ。

 よく見れば調理器具も大人数を相手にするときに使う物ばかりで、一般的な家庭用は見当たらなかった。

 住居スペースは主寝室とリビングの2室で、家具類の跡だけが残る空間が広がっていた。

 上水は水道が引かれており、元栓を開いて蛇口を捻れば水が出るし、下水道も完備されているようだった。

 蛇口が【水魔法】の魔導具になっていて、その場で作り出しているわけではなく、マナが多くて飲用に不適といったことはない。

 建物の裏手には馬を繋げる木製の柵があり、餌や水を与えるスペースも用意されていた。自前の馬車で訪れる客は【収納】して馬だけを繋いでおくか、提携する農場に馬ごと預かってもらうようにしていたらしい。

 傍らの物置小屋には飼い葉を貯め置くスペースも用意されており、ピッチフォークや蹄鉄直しの道具はそのままにされていた。

 物置に併設する小屋は馬用のトイレといったところで、糞や尿で汚れた土や藁を直接入れて良いのだそうだ。下水道に繋がっており、処理場でスライムが分解して肥料に変え、その後農場や造園業者で利用されているらしい。

 その代わりに土はどんどん減っていくため、どこかしらで調達する必要があるが、庭師や造園業者に頼むのが一般的らしい。



「次の物件をお願い出来ますか?」


 一通り見たところでクレアを促し、2件目へ移動する。

 道中で“子ども”たちの感想・意見を取り纏めておく。


 2件目は商人ギルドの近く、南に2本通りを移し、第四壁側に少し進んだ先にあった。

 比較的大きな通りに面しており、元が商店ということを考えると、好立地の人気物件となりそうだ。


「最近売りに出されたのですか? 立地としては売れ残る理由がないように思えます…」


「そう、ですね、ここでは何ですので中に入りましょうか」


 エリオットの疑問に少し考える素振りを見せて、クレアは玄関の鍵を開けた。


 レンガ造りに漆喰塗りは先の宿と同じ。

 見る限り、渡された資料通りの間取りで、店舗部分とバックヤードには商品を陳列する棚が残されていた。

 事務所も書棚や事務机などが残されており、直ぐにでも仕事が出来そうな環境だった。

 対照的に住居部分は蛻の殻となっており、店主が引っ越す際に持って出たのだろうか。


「ギルドでも少しお話ししましたが、前店主と奥方との離縁、廃業、引っ越しで住居部分の家具類は一部が取り残されているのみでしたので、当ギルドで買い上げた後、残った物は競売に掛けて売り払っております。下宿部屋の方は手付かずでしたので、そのまま残されております」


 クレアの説明に、下宿部屋を見てきた者たちが首肯する。


「なるほど中途半端に残されているよりも、新しく揃え直した方が纏まりはつくりやすいでしょうね。店舗部分はキレイに維持されていますし、尚更売れ残る理由が分かりませんね」


「そのことですが、実は今までにも何度かお問い合わせを頂いて、こうして内見し購入のお約束にまでこぎ着けることもありました。ですが、本契約に至るところで『やはり無かったことにしたい』とお断りされてしまったのです。中には契約書を交わした後で、違約金を払ってでも解約された方もいらっしゃいました。理由を訊いても『気が変わった』としか仰って頂けなくて…」


「そういうことでしたか。近隣は商店が集まっているようですし、建て直しなどが予定されている物件も少なくない。纏まった大きな土地にするための地上げならば、妨害は一度で良いはず。売りに出し直されたタイミングで購入するだけです。それでも商人ギルドの管理する物件の売却を妨害に変わりありませんから、ギルドに対する敵対行為です。リスクが大きすぎますね。今日この街に来たばかりで不勉強なのですが、マフィアなんかは存在していますか? お話を聞く限り、嫌がらせをして購入者を無くし、物件の価格を引き下げようとしている者が存在するように感じます」


「──驚きました。局長と同じ見解です。マフィアと言っていいのかは分かりませんが、『カラーズ』と名乗る組織が暗躍しているという話は聞いたことがあります。都市伝説と言って差し支えないくらいの噂ですが…。局長に話したら『寝言は寝て言え』と一笑に付されましたけど…」


 自嘲気味なクレアの言に、エリオットに目配せする。


「分かりました。我々はこの地に縁もゆかりもありませんから、この物件に特に拘る理由はありません。一旦は保留ということにしておいて頂けますか? その様子でしたら直ぐに買い手が付いてしまうこともなさそうですしね。多少時間は掛かるでしょうが、新規で建てるのもひとつですし、この街の大きさを考えると出張所を幾つか開所した方がいいかもしれませんから、求める物件の条件を変えて、各自の住居を兼ねるのもひとつです。我々の中でも一度意見を纏め直したいと思います」


「かしこまりました。ご希望の条件が決まりましたらお申し付け下さい。直ぐに候補を絞り、ご案内致します」


「是非、お願いします。それでは一旦ギルドに戻りましょう」


 少し残念そうなクレアだったが、仕事としては一任する姿勢を見せたことで、やる気を漲らせていた。

 エリオットも昼食後は率先して話すようになってくれたので、今後は楽が出来そうだ。


 商人ギルドに戻ると、ヘクターたちも合流しており、無事に宿も見付けられたようだった。

 南の村へ送った手紙についても、受領証に加えて返信の手紙が既に届いていた。

 配達の時間を計るために、返事を書きやすい内容にしてくれていたのだろう。

 受領証と手紙を受け取り、エリオットへ渡す。待機組には宿へ移動するよう指示を出し、ギルドへ入る。


「お疲れ様でした。クレアもお疲れ様。先程は大変失礼を致しました。お恥ずかしながら、あれだけの高価な物を一度に見る機会に恵まれてこなかったものですから、動転してしまって…」


 はじめにいた窓口係が復活を果たし、業務に戻っていた。


「いえいえ、此方も勝手が分からず失礼を致しました。お加減は宜しいようで?」


「ええ、お昼ご飯を頂いてからはすっかり。局長を呼んで参りますので、少々お待ち下さい」


 局長さんを待つ間に、借りた徽章をクレアに返却する。程なく局長さんが姿を見せた。

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