第102話 中つ国料理

「手紙の用意が出来ました」


 クレアと入れ替わりで、局長さんが手紙を片手に戻ってきた。


「お預かりします。それではこちらの用紙の上の欄に、送り先様の住所又はそれに代わる居所の分かる情報を頂けますか? 場所が分かれば簡単な地図でも構いません。下の欄には送り先で渡す相手または預けて良い方の特徴をお願いします」


「なるほど、誤配防止策ですね。──これで宜しいでしょうか?」


「──はい、問題ありません。では、最後にこちらにサインを頂けますか? 送り先様へお届けした際に、受領のサインを頂く用紙です。直ぐに返信を頂けると良いのですが、すべての手紙に返事がされるわけでもありません。ですから、無事に届いた旨をお伝えするために、頂いたサインを送り主様にお見せ出来るようにしております」


 送り状を受け取り、受領証の送り主欄にサインを貰う。


「よく考えておいでだ。それでは宜しく頼みます」



「お待たせ致しました。それではこの徽章をお付け下さい。目に付きやすい所ならどこでも構いません。第三区への入区許可証となります」


 戻ってきたクレアと共に商人ギルド支局を出て第三区を目指す。

 表に出たところで、待機している“子ども”たちに局長さんから預かった手紙を渡し、“配達”を指示する。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 “配達”──

 クローさんと一緒に編み出した技術。

 収納界を介した物質の移動。


 魔導具である鞄の中に入れ、マナを巡らせ起動すると、内部のマナを吸い出し、投入された物の所有権を強制的に消失させる。

 その後【収納】を発動し、収納界へ物が移動するが、鞄は内外2層構造となっており、内側の鞄ごと移動する。

 収納界に到着した内鞄は、刻み込まれた回路を起動させ、対になる外鞄とのペアリングを切り替える。

 切り替えが完了したところで内鞄は自動的に取り出され、現世界へと移動する事となる。

 勿論出現する場所はペアリングを替えた先。何万kmと離れた先にあったとしても、変わらず対の紋が刻まれた外鞄の中だ。

 到着した後は内外ともに鞄の蓋が開き、中身が到着したことを報せるようになっている。


 受け手側となる外鞄では蓋を開くための動力としてマナが必要になるため、常時装着する人物のマナを利用することになる。魔核または魔石を嵌め込み、動力回路を待機状態にしておけば、どこか安定した場所に据え置き、無人状態で受け取ることも可能だ。

 各地に支局が進出していけば、魔核・魔石での待機が状態化することになるため、魔核・魔石で支払うことも可能にしている。需要によっては金銭以上に重視することもあるかもしれない。

 魔核・魔石は代金として“頂いた”物だから、所有権は店側に存在する。このためマナを吸い出す必要がない。

 むしろマナを吸い出すと消失してしまうため、吸い出さずに【収納】する社内配達モードも用意している。


 また、【収納】した物は強制的に受け手側へ排出されてしまうため、重量物を送ると鞄を抱えた相手が思わぬケガを負うかも知れない。

 支局が揃うまでは本業の手紙に加え、魔核・魔石の配達に制限するが、急を要する場合は先触れを出し、返事を待ってから送ることで安全を確保する。

 各地の拠点さえ確保できれば、大型の箱に置き換えて徐々に流通改革を起こしていくことも視野に入れている。


 送り手側と受け手側は双方向で使えるが、1対1になっている。

 各地に滞りなく届けるために、対の片方を浮上都市の中央塔の一角に用意した専用の中継所ハブに集め、送り先の最寄りの鞄へ届くように随時送り出している。

 浮上都市での送受信は、消波装置によって得られたマナを利用しているため、振り分ける人員の労力のみが掛かることになる。


 手紙と一緒に送られてくる送り先情報を蓄積していけば、配達員が足で集めてくる街や村の配置情報と合わせることで、精度の高い地図も作成可能だ。これを利用し、海岸線から陸地に加え、都市間の街道、都市部の住宅地図も浮上都市で制作していく。


 ただの手紙配達だけではなく、仕事を通じて人員・物資の移動を把握することが出来、仮に人間同士で戦争を始めようとしていたら、高い確度で事前に察知することが出来るだろう。

 もしかすると、重要度の高い機密情報を運ぶ機会が巡ってくることがあるかもしれない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 馬車の中、陰に隠すように置いた手紙鞄に、預かった手紙と送り状、受領証を一纏めにして送り出す。ほどなく南の村へ残してきた“子ども”の元へ届くだろう。


「準備が出来ましたら、参りましょう」


「申し訳ありませんがクレアさん、先に昼食にしましょう。オススメのお店を教えて頂けませんか?」


 日も高くなり、少々小腹が空いてきた。

 強要したことはないのだが、こんなときに“子ども”たちは遠慮して主張する事がない。

 飢えさせて楽しむ趣味も持ち合わせていないため、規則正しい生活を送ることで我慢させずに済ませられるよう心掛けている。


「これは失礼致しました。この第四区は言うなれば労働者の街。手軽に済ませられるお店屋から、移動しながら片手で食べられる屋台、ゆっくりと寛げるお店もございます。ご希望でしたら昼からお酒を提供しているお店もご案内出来ますが…」


「お酒は結構です。安くはない買い物を前に酔っ払ってしまっては、後で悔やんでも悔やみきれません。我々の仕事はフットワークが重要ですから、手軽に済ませられたり持ち帰り出来たりする店は有り難いのですが、今日はエリオット様もいらっしゃいますので、ゆっくり出来るところをお願い出来ますか?」


「かしこまりました。道すがらご案内出来るところがあればお伝えします。では、参りましょう」



 クレアの先導で大通りを進む。

 馬車はギルド職員が見てくれることになり、待機していた“子ども”たちも一緒だった。

 ぞろぞろと大勢で一つの店に入るのはさすがに無理があるため、途中で案内候補にあった店を教えられる度に少しずつ別れ、店の雰囲気や味を手分けして調査してもらうことにした。

 宿を探しに行ってもらっているヘクターたちへは、屋台で持ち帰り出来るメニューを購入するように、先に馬車に戻る者たちに頼んでおいた。

 クレアオススメの店に調査員を派遣していく内に、飲食店街を抜け第三壁へ辿り着いてしまった。

 幸い徽章を持つ者だけになっていたので、そのまま入門して第三区へ。

 5ブロック進んだところで飲食店街が現れ、空腹をさらに刺激する香りが鼻孔をくすぐる。

 その内の一軒、赤と黄色が特徴的な食堂に入った。


 クレアの注文で、次々と料理が運ばれてきた。

 タマネギ、ニンジン、ピーマンが炒められ、香ばしくカラッと揚がった一口大の豚肉と合わせて、酸味の効いたとろみのあるソースで纏められたもの。

 身を守る殻を無惨にも剥ぎ取られ、サクっとしながらも旨味をよく吸った衣に着替えたエビに、マヨネーズとトマトケチャップを混ぜたソースが和えられ、レタスやアスパラガスが添えられたもの。

 千切りのキュウリ、ニンジンに、程良い大きさにカットされたアボカド、湯通しした後に解した鶏肉を穀物由来の半透明のシートで包み、魚の風味が香る透明なソースを付けて食べるもの。

 細切りにした豚肉、ピーマン、タケノコをニンニクとともに炒め、塩気の効いたソースを絡めたもの。

 カニの解した身を溶き玉子でふんわりと綴じ、甘塩っぱい餡を掛けたもの。


 大きな円卓に料理が所狭しと並べられる。 

 それぞれの手元にはご飯とスープが並べられた。

 大皿で運ばれてくる料理は円卓中央の一段上がった台に載せられていく。この台自体は手で回すことが出来るため、遠くの皿を手の届く位置へ持ってくることが出来る。

 わざわざ誰かに取り分けを頼む必要がない。

 上下関係を偽っている僕たちには有り難い選択かもしれない。“子ども”たちも遠慮せずに食べてもらいたい。


「一通り揃いましたかな? いただききましょう。手を合わせて下さい!」

「「「いただきます!!」」」


 エリオットの音頭で食事が始まり、それぞれ思い思いの料理に手を付けていく。

 筆頭が手を付けたものは下々も手を付けて良いとする考え方もあれば、末席に毒味をさせてから手を付けるという考え方もある。

 普段から皆が揃って同じ物を食べるということを重視し、ギスギスした上下関係は持ち込まないようにしている。

 腹が満たされても、心が満たされていないようでは片手落ちだ。

 満腹が“満福”の指標となるように、食糧事情が厳しくない限りは、一片お残しすることがマナーとなることも教えてある。

 食べ過ぎ、食中りになったとしても、最悪【大樹】と【蓮花】の魔紋を発動させればいい。


 ──なので

「エリオット様、ちゃんとピーマンもお食べ下さい」

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