第101話 ギルドの中心で金を叫ぶ
「失礼しました。お客様は保証人様はいらっしゃらないのですね?」
直ぐに再起動を果たした係員が確認作業に戻った。
「ええ、何分故郷で行っていた小遣い稼ぎを事業化するだけですので」
「小遣い稼ぎって……。オホン、保証人様がいらっしゃらない場合、供託金として資本金の20%を当ギルドへお納め頂きますが、宜しいでしょうか?」
口許を少し引き攣らせながら、ボソっと零したが、正面で応対する僕は元より、耳の良い“子ども”たちまでしっかり聞き取れてしまっていた。
今日到着したおのぼりさんには保証人どころか知り合いさえ居ないのだから、下手に言い繕うよりサラッと流した方が無難だ。
「構いませんが、この後物件の購入で使用することになりますので、現物でも大丈夫でしょうか? 1kgのインゴットです。金貨がだいたい一枚5gですから、200枚分。純度も99.99%ですので、鋳溶かした際に99%にすれば202枚分になるでしょうか」
金のインゴットを取り出し、窓口に置いてみせる。
「金貨への加工の手間賃が足りないのでしたら、もう一本お出ししても構いませんし、何でしたら
追加のインゴットを並べ、ダイヤモンドの入った袋を置き、口を緩めて中身を少し出してみせる。
「……。局長ォーーー! 助けて下さい! 助けて下さいッ!!」
係員が限界を迎え、奥にいる上司を呼び出す。上司の顔が見れたことで安心したのか、係員はそのまま気を失ってしまった。
慌てて奥から数名飛び出して、係員を救助するべく担架に乗せて連れて行ってしまった。
呼び出された上司へは、隣の窓口で手持ち無沙汰にしていた受付嬢が状況を説明してくれた。
「──なるほど、少々お待ち下さい」
局長さんが声を掛けると、奥から秤と水瓶が持って来られ、重量と体積が調べられ、密度が計算された。
──クローさんがいなくて良かった…。
【地図】を駆使すれば不純物の含有も分かるはずなんだけどなぁ。
「間違いなく金ですね。それも非常に高純度だ。供託金は此方で十分です。残りはお戻し致します」
そう言うと局長さんはインゴットを1本だけ受け取ると、残りのインゴットとダイヤモンドは返却された。
「深く詮索するつもりはありませんが、お客様は本当に運送、手紙の配達だけでこれほどまでの資金をご用意できるものなのですか? もし、別の事業も手掛けられていらっしゃるのであれば、この場で併せて申請して頂いた方が後々のトラブルを避けられると思うのですが…」
「正真正銘、手紙の配達だけです。優秀な配達員が居ますので、配達効率の高さ、延いては配達速度を売りにしております。将来的には鞄サイズの荷物の運搬も手掛けようかとは考えておられますが、現状では手紙だけです。もし宜しければ、デモンストレーションとして、南の村の長まで手紙をお届けしましょうか?」
返却された金とダイヤモンドを仕舞いながら、疑いに対して事前に用意してあった提案をする。
「南の村でしたら地理も把握できておりますので、直ぐにでも配達できますし、勿論お代は頂きません。不正が出来ないように、お二人だけが分かる内容を記して頂ければ宜しいかと」
「そう言うことでしたら、手紙を用意して参ります。物件もお探しでしたよね? 一度不動産担当と替わります」
そう言うと局長さんは奥に下がり、隣の受付嬢が窓口に立った。
引き継ぎをしてくれた女性だ。次に自分に回ってくるからと、聞き耳を立てていたのだろう。
やもすれば個人情報の侵害となりかねないが、彼女のおかげで手続きを進めることが出来た。相変わらず元居た係員は戻ってこれていない。
「不動産担当をしております、クレアと申します。宜しくお願い致します」
クレアはクセのある赤毛を後ろでアップに纏めていた。ボリューム的にはセミロングといったところか。
薄い唇とは対照的に、そばかすを隠そうとするファンデーションは厚めだ。
制服とまではいかないが、女性職員は似通った服装に身を包むようだ。大きな襟のブレザーに、第一ボタンまでキッチリ閉められたブラウス。ボトムスはスカートかパンツかは窓口の陰に隠れてよく分からない。奥で働く女性職員はスカートが多いようだがパンツスタイルも散見された。
「早速ですが、地区や間取りなどのご希望はございますか?」
「そうですね。扱う物が嵩張らないので、大きな倉庫は不要です。日用品を収納する納戸があれば十分です。店舗兼住宅で、事務所に加え、6世帯が共同生活できるくらいの部屋数と、最大30人程が一堂に会する大部屋が欲しいですね。お客様の大事なお手紙、場合によっては、重要な文書を扱うことになるかもしれませんので、治安が良いに越したことはありません」
「かしこまりました。でしたら、こちらかこちらの物件は如何でしょうか?」
そう言って手に持ったファイルから資料の束を2つ取り出した。
ただ横で聞いているだけでなく、聞き取れた内容から予め候補を絞り始めていたのだろう。
先を見据えて行動が出来る優秀な人材に思える。秘書に欲しいくらいだ。
「1件目は商人ギルド
渡された資料には3階建ての建物の間取りが記されており、1階は入口からロビーに受付を兼ねた事務所、厨房と食堂、主人家族の住居スペースがあった。2階はツインサイズの客室が8室、3階も同様に8室だ。
トイレは各階に用意されており、馬を繋ぐ場所はあったが、馬車を停め置くほどの余裕はないようだ。
「宿屋を始めたい方がいらっしゃれば速やかに引き継げるようにと、維持管理はしておりましたが、現在再開発中の第四区で大型の宿が準備しております。競合相手が厳しいため、宿屋での再開に拘らず、リフォームも念頭に置いておりますのでお気になさる必要はございません。しかしながら、この第四区より外の住民及び、都市外の人間などは、通常第三区へは入区することが出来ませんので、顧客が絞られることとなります。万人に広く行いたい場合は当ギルド
「都市構造上、治安と集客は相反することになるわけですね…」
ざっと資料に目を通し、エリオットに手渡す。エリオットも余り乗り気ではないのか、渋い顔をしている。
「2件目は第四区にある元商家の店舗兼住宅です。前の家主は買い付けた商品を輸送中に持ち逃げされ、納期を守れずに信頼を失っていったところで奥方に離縁され、挙げ句の果てには、引っ越しのゴタゴタで金庫の行方が分からなくなる始末。本件である店舗兼住宅を売却し、今は再開発が完了した地域で小さな雑貨商を営んでおります。立地としては此処から南に下った再開発中のエリアで、周囲の建物も取り壊しや建て直し、リフォームなどが予定されておりますので、当面は賑やかとなりますが、一通り落ち着きますと閑静な住宅街に変貌する予定です」
次の資料は物件自体の間取りが記されたものと、都市計画書代わりの工事予定が書き込まれた地図だった。
クレアの言うとおり、地図にはびっしりと書き込まれており、騒がしさは想像に難くない。
間取りは2階建てで、1階には店舗として使われていた大部屋と、バックヤード、事務所があり、2階には店主家族の暮らす住居部分に加え、丁稚の下宿部屋も用意されていた。
トイレは1階にのみあり、店舗と住居とで共用していたようだ。
離れとして2頭分の厩舎と、1台分の馬車置き場が確保されていた。商品の運搬や買付の移動に馬車を保有していたことが見て取れた。
こちらもエリオットに手渡し反応を窺うも、芳しいものではなさそうだった。
「内見は可能でしょうか?」
「勿論です。用意して参りますので、少々お待ち下さい」
そう言い残しクレアは奥へ行ってしまった。パンツスタイルだった。
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