第100話 D計画 異世界のすゝめ
「ってならないように、互いに共通する価値のある物を仲介にしたいよね?」
「なるほど、そこで通貨の出番なわけですね」
「誰しもが利用し、好きな時に好きな物と交換出来るというのが利点だね。手元に取り戻したいとなったときに、十分な数が出回っているからすぐに戻ってくる。そうなると取り戻すのは“いつでもいい”と思えるようになって、自分が手にしたことのない物に興味が湧くから、どんどん使っていくことになる」
「経済の循環ですね」
「うん。もし通貨の量が少なく滅多に手に入らないものだったら、少しでも多く手に入れたいと、物の価値が安くなっていってしまう。反対に通貨の量が多くて、余っている状態だったら誰も欲しがらず、かえって物の価値が高くなっていってしまう」
「デフレーションとインフレーションですね」
「その通り。物の価値を適正に保たないと、パン1つ買うのに馬車一杯のお金が必要になったり、逆にその通貨1枚で馬車一杯のパンが買えたりしちゃう。そうなると流通が滞ったり、消費出来ずにダメにしてしまったりする。そのダメになった物を欲しがっていた人がいたとすれば、社会としては大きな損失だよね」
「先進国の飽食と後進国の飢餓の問題がそれですね」
「次に、その通貨は額面と同じ枚数の金貨と交換出来ると聞いていたとして、ある日交換できる枚数が半分になるって言われたらどう?」
「そのまま様子を見ていたら、元の枚数に戻る? さらに半分になってしまう? むむむ……。どうしよう?!」
「手放すも地獄、持ち続けるも地獄。少なくともそこから増やしたいとは思えないよね。出来ることなら従来の現物でのやりとりに戻すだろうし、戻れないくらいに通貨に依存しているのであれば、通貨の価値を半分にして対応するだろうね。通貨で貯め込んでいた人にとっては大打撃だね」
「それが通貨の“信用”なのですね」
「少なくとも通貨が原因となる損得を、使用者に与えてはいけないと思うよ。天候が良くて豊作になり、農作物が余って安くなるのとはわけが違う。人間が生み出して人間が使っているんだから、その貨幣経済の構造を作為的に崩すことは“信用”失うことだよ。だから通貨を発行する側は、通貨の絶対量が左右されるような盗難・強奪や、偽造・複製を防ぐ責任が伴うんだ。ここで話が戻ってくるんだけど、貨幣の偽造を防止したいんだったら、合金だったりクラッドだったりの加工をして、手間を増やしたりしないとね。もし希少な金属を使用していることが偽造防止になっているんだとしたら、それは驕りだったわけだよ。見方を変えると、その希少な金属を作り出せた僕たちの技術には価値が認められてもいいと思わない? 誰もが求める物を作り出したわけだから、正当な報酬とは考えられないかな? 例えば国外で誰の所有でもない金の鉱脈を見つけたとして、掘り返し、精錬し、持ち帰ったら罰せられると思う?」
「ゴールドラッシュの否定は出来ないですね。埋まっていたものを掘り返すか、別の元素を作り替えて作り出したかの違いですか…。労力が掛かっているのは間違いないですね。……それにしてもミツキさんは元素の周期表を完全に覚えているのですか?」
「質問に質問で返しちゃうけど、クローさんはマヨネーズを手作り出来る?」
「勿論です! いつ
「そういうこと。錬金術が使える世界に辿り着いたときのことを考えて、どの元素を使って何が作れそうか研究済みだっただけだよ。未知の物質に対しては現地で調査・試行錯誤する必要があったけどね。ミスリル、オリハルコン、ヒヒイロカネ、アダマンタイト…空想金属はいくらでもあるからね」
「ルナチタニウムやガン「いっぱいあるよね~。レベルやスキル制のある世界だったら手も足も出なかったんだけどね。まぁそれを言ったら、先人が居ない保証もないわけだし、既に技術チートで文明が荒らされた後だったら、マヨネーズの製法も役に立たないんだけどね」
「耳が痛いです……」
「自分を特別だと思わないことが肝心だよね。70億人いると言われていた人口も、実際はその瞬間にも生まれる人がいて、死んでいく人がいる。仮に1秒間に1人誰かが生まれ、1秒間に1人誰かが死んでいるのだとしたら、1分間で60人ずつ、計120人が入れ替わっている。1日で17万人を超え、1週間で120万人を、1年間で6300万人を越える人が入れ替わる。1年間という期間でみると70億人に、生まれた3000万人と死んだ3000万人を加えた人数が異世界に飛べる可能性があるわけだ」
「パッと聞いただけで宝くじの方が当たる確率が高いと分かります」
「でしょ? 宝くじを買い続けた方が、人生逆転のチャンスは大きいよね。こんな確率の中で自分だけが選ばれたとしたら、マヨネーズだけを武器に転移・転生は出来ないでしょ? もし選定に意思がはたらくなら、“推し”が金持ちイケメンを選ぶように、神様も転移・転生させる者を選ぶだろうしね」
「ミツキさんの言葉がグサグサ刺さります」
「自分が転移・転生する現実的な確率を考えていくと、年間でも数人は飛んでいてもらわないといけない。そうなったら『自分はその世界に何番目だろう?』って思うじゃない? 既に荒らされた世界で何が出来るかを考えておかないと、異世界チートなんて夢のまた夢だよ。ちなみにさっきの計算だと、70億人が一通り死ぬまでに200年以上掛かっちゃうから、死ぬ方はもっと多いだろうし、人口は増加傾向だったから生まれる方は更に多いだろうね。だから母集団はもっと大きくて、転移・転生する確率はグッと低いんだよ」
「もうヤメて! とっくにワタシのライフはゼロよ!?」
「じゃあ話を戻して、この世界特有の金属以外は、概ね頭に入っているかな。何より【地図】の恩恵が大きいよ。自分のイメージがつく限り、際限なく拡大縮小出来るんだもん。CGで原子や細胞、DNAのモデリングを見てきたり、走査・透過電子顕微鏡像を見てきたりした人間にとっては、微小構造は手に取るようだよ。うろ覚えの物も現物で確認できちゃう。再現する出力側も紙に重ねたり、ホログラフィーのように投影できたりするけれど、3Dプリンターのようにも使えるからね。やりたい放題出来るものが生活魔法として世界に定着しちゃっているんだから、偽造ありきで考えておかないとね」
「ミツキさんが偽造防止をするならどんな仕組みを作りますか?」
「んー。少なくとも金属貨幣である必要はないよね。紙幣に通し番号でも入れて管理するのは一つかな。でももっと単純に、所有権を固定してしまうかな。造幣局ないしは銀行が貨幣や紙幣を発行するけれど、民に渡すときは“譲渡”ではなく“貸与”にする。そうすると所有権は“発行者”に残るわけだから、誰も【収納】出来ず、“発行者”は収納できるから、そこが見分けポイントになる」
「【収納】出来ないとお金が嵩張っちゃったり、強盗に遭遇する危険性が高くなっちゃいませんか?」
「うん、そこらへんは検証が必要なところだね。“貸与”で一時的にでも【収納】が出来るなら問題ないね。ダメなら『直通財布』を作るかな。銀行と直接金銭の行き来が出来る財布でさ、必要に応じて入金・出金するんだ」
「どこでもATMぅ~。“手紙鞄”──“配達箱”の要領ですね?」
「そんなかんじ。銀行に届いた際に、“発行者”が【収納】して、出来れば本物。出来なければ偽物って鑑定出来るしね。仮に本物の所有権を奪い取るようなことをしていても、【収納】出来なくなっていれば偽物として扱っていいね。普通の使い方をしている分には、所有権を奪う必要がないハズだからね。あとはマナを利用した不可視の塗料を使ったりとか、発泡金属を使ったりとか、知っている人じゃないと分からない工夫を取り入れるね。隠し文字とかね。元の世界の言語なんかも取り入れるといいかもしれない」
「なるほど……。浮上都市通貨の参考にします」
「任せるよ。結局のところ、複製する労力とその対価に見合う物でなくなってしまえば、偽造はされないってことが重要だから。金貨10枚作るのに金貨100枚も消費していたら意味ないでしょ? パッと造れないんだったら、僕もわざわざ複製しようとはしないよ。まぁクローさんが否定するなら、そこまでして造ることもしないね。ただ金自体は安定した良導体だし、工業的な利用を見据えて作り出すことは続けるけどね。……また──」
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