第99話 D計画 Money Laundering
「クローさーん、こんなかんじの触媒を組んでほしいんだけどさ、出来る?」
「はいはい。むむむ。うーん、こうですかね?」
「お、おおぉ~。出来てる、出来てる。これで労力が半分以下になるよ。ありがとね」
「いえいえ、どういたしまして。コレって何に使うんです?」
「平たく言うと、錬金術の本願だよ。卑金属から貴金属を作り出す装置に使うんだ。とは言え、作るのは銅と銀と金の3種だけだけどね。銅は亜鉛からだね」
「亜鉛と言えばガルバリウム鋼板!」
「匠が好むよね~。あれはアルミニウムも混ざった合金で鍍金しているらしいよ。不動態皮膜が出来るから防食性が高いんだって。ザックリ20年くらいは保つらしいけど、浮上都市で使うなら、余裕を持って10年くらいを目処にやり替えないとだね。海風で寿命が短くなると思うし」
「覚えておきます」
「亜鉛単独なら犠牲防食が主目的になるんだってさ。亜鉛が先に錆びることで、本体の鉄が錆びないようにってね。ガードレールや側溝の網蓋、屋外の非常階段なんかに用いられてたかな。新品は独特の光沢があるから分かりやすいよ」
「塗装されていないヤツですかね? ギラギラしていたと思ったら、いつの間にか青灰色っぽくなってるような?」
「色の感じ方は人それぞれだから、深くつっこめないけど、たぶん合ってると思うよ。本題に戻るね? 各種元素は陽子の数が原子の特性を決めているんだけど、中性子数はまちまちなんだよね。陽子の数が同じで、中性子の数が違うものを“同位体”って言うんだ。中性子の数が変わると原子の質量数が変わっちゃうから、同位体の存在比と質量数とを掛け合わせて平均した値を、その元素の一般的な質量数として扱うんだよね。これを“原子量”って言うんだ。ちなみに陽子と中性子は同じくらいの重さで、質量数は陽子と中性子を足した値だよ」
「電子はいいんですか?」
「いい質問ですね~。電子は陽子と中性子に比べると圧倒的に軽いので、質量は無視しても良いことになっているんだよ。原子は電気的に中性になろうとするから、電子のマイナスと陽子のプラスは引き合って、対になっていると考えることもできるんだ。今回はいずれも単元素で考えていくから、電子のことは気にしなくて大丈夫。イオンとか考えるときは重要だけどね」
「郊外型ショッピングモール?」
「田舎の強い味方だねぇ。でも
「
「……。亜鉛は原子番号30で原子量が約65.5。原子番号は陽子の数だよ。これに対して銅は原子番号29で原子量が63.5。それぞれ中性子数は亜鉛が35.5で、銅が34.5だね。つまり、亜鉛から陽子と中性子を1個ずつ取り除くと銅なんだよね。取り除いて余った陽子と中性子は、6個ずつ集めて炭素にする」
「そんなにうまくいくのですか?」
「ダメ。陽子の数は、亜鉛は30、銅は29で一定なんだけど、中性子はそうじゃない。中性子数の異なる同位体の中には“放射性同位体”ってのがあって、放射線を出して崩壊し、別の物質に変化しちゃうんだ。ものによっては秒でイクよ。作り出した時には被曝しているかんじだね」
「ミツキさん、止めましょう!」
「いやいや、そのための触媒と魔導具だから大丈夫だよ。ココは不思議なことが起こせる“魔法”のある世界だからね! 何より、浮上都市内は独自の貨幣で流通を回せるけれど、外の世界と交易するのなら同じ貨幣を持つ必要があるからね。郷に入っては郷に従えだよ。銅は中性子34個と36個で安定するから、そのどちらかになるように設定してあるし、取り除いた陽子と中性子はリザーブタンクに貯め置かれるようにして、適宜炭素に置き換えていっているから大丈夫だよ」
「“魔法”が便利すぎるのです…」
「科学で裏付けされた事象は、ほんの少しのマナで壁を乗り越えちゃうからね。科学で不可能と思われた先が、“魔法”のおかげで容易く覗けるんだから、この世界は凄くオモシロいね。それに『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』って言うしね。科学も魔法も紙一重なんだよ。ホラ、スポーツ科学の最先端を根性論で上回っちゃう人っているじゃん? あれ見てると根性が魔法に思えてくるよ」
「当然です! 筋肉は裏切らないのです!」
「──Oh…。次に銀と金は錫からだよ」
「はんだ付けの?」
「そうそれ。錫も亜鉛同様、犠牲防食目的で鍍金に用いられるよ」
「……ブリキ、ですか?」
「……正解! 亜鉛も錫も犠牲防食──本体を守るためには犠牲にしても惜しくないという扱いをされているんだ。言い方は悪いけれど、卑金属の代表格と言えるね。で、この錫は原子番号が50で原子量が約119だか、陽子が50で中性子が69だね。目標とする銀は原子番号47で原子量が約108。金は原子番号79で原子量が約197。それぞれ陽子と中性子は、銀で47と61、金で79と118となる」
「銀は錫から陽子と中性子を削るだけですけど、金は数が足りていませんよ?」
「うん。だから、金を作るときは複数の錫を元にする必要があるんだ。例えば、錫が2つあれば、陽子が100、中性子が138となるから、金の陽子・中性子の数に足りる。でも余りが陽子21に対して中性子が20となって、繰り返していくと、陽子が余っていく計算になっちゃう。これに対して、銀は錫から陽子を3、中性子を8取り除いて出来るから、中性子が余っていく計算になるんだ。なのでこの二つをバランスよく作っていけば、陽子と中性子の数を揃えることが出来て、きれいに炭素に変えられる。個数割合のザックリ計算で錫11から金が5、銀が1、炭素が18だね。重量にすると、4kgの錫から3kgの金が出来て、残りの1kgは銀と炭素が1:2の割合で出来ることになる。実際はこちらも同位体を考慮することになるから、割合は多少変化するだろうね」
「取り除く陽子と中性子を揃える必要は何ですか?」
「中性子自体は放っておくと崩壊して陽子に変化しちゃう。陽子単体は水素と見なせるんだけど、常温で気体・液体の物を増やすと大気の割合が変化する危険性があるから、なるべくなら避けたいんだよね。多くの元素で陽子よりも中性子の方が多い構造になっているから、やっぱり陽子が余りがちになる。陽子を使い切ろうとすると、数を合わせたときが最も効率がいいんだよね。そう考えたときに、常温・常圧で固体かつ、原子番号も若く、陽子と中性子の数が等しいのが炭素だったんだ。炭素だと価値ある物も作れるしね」
「ダイヤモンドは砕けない!」
「砕けるけどね」
「???」
「物によってはパキッと割れるよ? あとは力の掛け方次第でグッシャグシャに。何をやっても砕けないダイヤモンドがあるなら
「やはりッ…!」
「それでも燃えるだろうね。炭素だし。完全燃焼したら二酸化炭素になって跡形もなく──またショボーンの顔してる…」
「そう言えば、金を作るのは禁忌ではないのですか?」
「国家錬金術師じゃないから大丈夫じゃない? ものの理屈を知っていれば誰だって出来ることだしね。この世界の埋蔵量だって知らないし、バカみたいに存在しているんだったら、物自体の価値は元から無いよね。希少価値は皆無なんだから、それで貨幣を造ろうとすると、材料面で偽造のハードルが低いんだよね。ましてや金銀銅なんて柔らかい金属を使うなんて加工性は抜群だけど、ゴンとぶつけようものなら模様なんてすぐ消えちゃう。つまり多少の模様の違いは許容範囲になっちゃうから、複製はやりたい放題だよ。そもそも、通貨なんて物は“信用”が本体なんだからね」
「金や銀の純度ではなく?」
「純度は“信用”の度合いと思えばいいよ。物の売買って元は物々交換からで、例えばAさんがBさんと食料を交換するときに、手持ちの食料が無いからって、担保に出した物が“通貨”の始まりだよね」
「“おしょくじけん”ですね」
「政治家が好きなやつに聞こえる…。本来はBさんが食料に困ったときに、Aさんに食料に引き換えて貰うのが筋なんだけど、Aさんもまだ食料に余裕がない。そこで余裕のあるCさんに、『Aさんのおしょくじけん』を渡して、食料に交換して貰うわけだ」
「CさんがAさんと面識がなければ、かなりリスクのある取引きです」
「そうだね。じゃあそのリスクを回避するにはどうする?」
「必ず取り返したくなる物と交換します」
「うんうん。でもAさんから見て、Bさんに渡した物がCさんに勝手に渡っていたとしたらどう? 必ず取り返したい物をポンと渡せるかな? もしかしたら誰かがそれを気に入っちゃって、何かと交換に持って行ってしまうかもしれないよ?」
「殺してでもうばいとる」
「な、なにをする、きさまらー!」
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