第98話 セントリオン

 大陸の中央部、バンドウッヅから更に南西へ向かった先。

 かつて中央都市と呼ばれた街。

 都市国家を経て近隣の市町村を併合したセントリオン国の首都となっている。

 複数階建ての建物が軒を連ね、外の世界とは空の見え方が異なる。

 迫り来るような家屋の壁は威圧感さえある。


 拡張され続けた都市には、以前は外壁だった幾つもの壁が内在し、奇しくも区画を分けるために利用されている。

 最古の中央壁は内側が区画整理され、議会議場と各種省庁を残すのみ。政庁区を守る壁だ。

 その周り、次の第二壁までは第一区と呼ばれ、長くこの地に住み続けた者たち──地位を得、富を築いた者が住まいを構えている。

 土地のことを良く知る分、自ずと政府関係者が多くなり、警備を厳重にするためにも軍本部があわせて置かれ、軍上層部の官邸も用意されている。


 第二壁の外側は第二区。

 かつては商家の倉庫だった建物を改装し、本社機能を兼ね備えた大店の商店が軒を連ね、手に入らない物は無いと言われるほどの品揃えを誇っている。

 貴重品も取り扱うため、こちらも警備には精鋭がすぐ駆け付けられるように、軍士官宿舎が同区に置かれている。


 第三壁の外側が第三区。

 中間層が住居を構えるが人口比率的には十分に上流の部類になる。

 しかしながら第三壁はその前後で大きく変わるほど、門の内に入るための条件が厳しくなる。実際の通行には証となる徽章を見せるだけなので、正しくはその徽章を手に入れる条件が厳しいということになる。

 一定以上の納税か、それに見合った多大な功績。且つ既に第二区以内に居を構える住民の半数以上の賛成が必要となる。

 既得権益と言ってしまえばそれまでだが、政庁区には造幣局もあり、治安のために隣人を選んでいるだけのこと。

 そういった点では、正しく第二区以内は上流階級だが、実質的には住居の立地もさほど変わらないため、拘る人間は一握りである。


 徽章には種類があり、大きくは金銀銅鉄の素材で分けられている。さらに取得事由に応じて細かく意匠で分けられ、中央には家を示す紋章が刻まれている。

 これにより徽章を見るだけで居住区、家業、家名までが分かるようになっている。

 第二区以内は銀の徽章が必要となり、来客などは内に居を構える家から発行された招待状を持つか、各家から派遣される付添いエスコートが必要となる。

 第三区では飲食店も店内に限らず、店外での飲食が可能になる。持ち帰りの販売も充実し、通りに面したテラス席は、忙しく歩く人々との対比から、優雅な一時を感じさせてくれると評判だ。

 東西南北で日照に多少の違いはあるものの、区内では差が生じないように各種施設が複数揃えられている。

 規模の大きな店では複数の店舗を出店しているし、個人経営の店でも同業他社で鎬を削り合い、淘汰され均一化されたからだ。

 価格面でも組合が間に入り協調を取っているため、食材から提供される料理に至るまで、極端な差が出ないようになっている。


 第四区は銅と鉄とが入り混じる住宅地。南側は日当たり関係もあって農場が大きく残されているものの、北側から徐々に区画の再整理・開発が始まりつつある。

 税を碌に納められない者は、現在最外区である第五区に強制的に移住させられた。

 それでも最外壁である第六壁の内側で暮らせるのだから、ゴブリンのいるこの世界では身の安全は確保されていると言えるだろう。

 しかしながら第五区は家畜の放牧地でもあるため、第五区の住民は家畜同然と揶揄する者が少なくないのも事実だ。

 将来的に第六区となる区域の外周を柵が囲い、その外側では更なる農場の開墾が進められている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ミツキ様、これからどうなさるのですか?」


「ここで一つ商売を始めるよ。商業組合に顔を出して、商売していい物件の購入と登記──商売の登録を済ませる。その際にはエリオット、君が主人になるんだ。僕は使用人として振る舞うからね。そうしておかないと僕は次の街へ進めないしね。君はこの国での総支配人になってもらう。皆をしっかり束ねてくれよ?」


「はい!」


 セントリオンの南、村落とを結ぶ道を人荷用の馬車に揺られながら、御者を務める男エリオットと今後の方針について話す。

 馬車は3台連なり、御者台に2名、荷台に10名ずつ、計36人の旅団となる。

 男女比は1:1。

 荷物は各自が【収納】を高水準で修得しているため、カモフラージュ用の数点の木箱のみ。各人が戸建てをポンと取り出すことが出来るから、はぐれたときの心配は少ない。

 地面は轍の深い土の道から石畳に変わり、これまでの振動だらけから滑らかなものへ乗り心地が変わる。とはいえ懸架装置、衝撃緩衝装置のおかげで尻に伝わる衝撃は大きくは変わらず、車輪の自由が利くようになった程度だ。

 柵を越え、広大な農場を抜け、見えてきた門で入国の手続きを取った。


「ほら、全部で36人分だ。商売を始めるなら、このまま真っ直ぐ行って門をもう1つ通って第四区へ行きな。次の門兵に“商人ギルド”までの道を聞くといい。そこでちゃんと審査に通れば鉄徽章が2~3日で貰えるはずだ。それまではこの通行証を無くすんじゃねぇぞ。1週間分の領収証にもなってるから、徽章が出来たら払い戻しもしてやれるぞ。徽章の発行が長引きそうなら、最寄りの門で延長滞在の申請をしてくれ。期限切れになると罰則が発生するからな」


「ご丁寧に、ありがとうございます」


「おう、いい結果になるといいな」


 門兵に例を告げ馬車に乗り込む。

 大所帯での入国だったが、起業するということで特に問題視されなかった。

 ゴリゴリの武闘派に見えないことも良かったのかもしれない。

 再び続く農場を横目に次の門をくぐる。

 牧歌的な風景からようやく人里へ戻ってきた気分だ。

 助言通り、門兵に商人ギルドの場所を訊き、一路向かう。

 日はまだ高く、昼にさえなっていない。

 それもそのはず、だいたいの距離から逆算し、昨夜の野営地を出発したのだ。

 バンドウッヅとの交易の関係だろうか、案内された商人ギルドは第四区の北東、第四壁にほど近い場所にあった。


「ここが商人ギルドかぁ。なんか豪華だね。じゃあ、ヘクターは宿の手配をお願いできるかい? 周りにいっぱいあるから良さげなところを探してきて。長期間この人数が泊まれる所ね。難しそうなら宿を分けてもいいよ。この国での拠点が決まらない限りは常宿になるから、そのつもりでね。何人か連れて行っていいし、女の子の意見もちゃんと訊いてね」


「はい! おい、行くぞ」


 【収納】があるこの世界では宿を変えるのは、そう手間ではない。本当に良い宿が満室であれば空室が出次第移ればいいし、そもそもの客室数が条件に合わない場合は、分かれて泊まるしかない。

 長期の滞在になるのだから、変に気を回して高い宿にならないことを願うばかりだ。下手に釘を刺そうものなら、フリと思われて高級宿で確定しかねない。沈黙は金…のハズ。ヘクターたちの成長に期待だ。


「じゃあ行こうか、エリオット」


「はい、ミツキ様」


「ここからは呼び捨てで頼むよ。どうぞ、エリオット様」


 商人ギルドの扉を開き、中へと促す。

 事前に決めておいた、最終的にこの国に残るエリオットを含めた6人と伝令役を加えた計8人が中へと入る。

 入ってすぐの所で職員らしき人物に馬車を停める場所を訊き、伝令役がそれを伝えに出て行く。さすがに3台も表通りに停めたままでは迷惑だろう。常識的なマナーで出鼻をくじかれるわけにはいかない。


「新規事業者の登録は此方で合っていますか?」


 入って奥側に位置する窓口に向かい、係員に声を掛ける。大きく『各種申請』と札が掲げられていたからだ。


「ええ、合っています。この申請用紙に代表者様のお名前、屋号、この国での住所、業種、事業内容、資本金、保証人様のお名前、ご連絡先を記入して持ってきて下さい」


「分かりました。あそこの机をお借りしても?」


「ええ、どうぞ。ペンとインクは机上の物をご利用いただいて構いません」


 壁際に備え付けられている立ち机を指して訊ねると、筆記具も案内してくれた。

 伝えられた必要事項を記入し、再度窓口へ向かう。


「えー、筆頭者はエリオット様で、屋号がレターマン、住所が空欄ですね…?」


「先程この街に着いたばかりな上、真っ直ぐに此処へ来たので、まだ宿も取っていないんです。今、部下が手配しているはずですがね。本拠地はこの街に置くつもりなので、良い物件があるようでしたら、紹介してはいただけないでしょうか?」


「そういうことでしたら、後ほど不動産部門の者に引き継ぎますので、詳しい希望をお伝え下さい。えー、業種は運送業、事業内容は手紙の配達ですね? 資本金は……金貨1000枚!?」


「何かおかしいですか?」


 係員の驚きように、こちらも少々不安になってしまう。

 何か僕、またヤっちゃいました?

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