第96話 D計画 La vie en Rose
海上に造られた
南洋にあり、珊瑚礁の育つ海域の少し外。
一見すると巨大な亀のようでも、花のようでもある。
巨大な建造物は差し込む太陽光を遮り、周辺に暗黒の世界を作り出すのが常となるが、この浮上都市は【照明】を駆使して海中に昼と夜とを作り出し、豊かな生態系を維持している。
外縁には消波装置が設けられ、押し寄せる波を利用し、運動エネルギーをマナへと変換している。
得られたマナは海中への【照明】だけでなく、海水や雨水を精製し、飲料水・生活用水をつくるのにも用いられるとともに、光学偽装、都市内の【照明】・空調機器、加熱・冷却装置、ゴミの焼却から排水処理装置の稼働も担う。
また、有事の際には沖へ漕ぎ出すことも想定されており、推進器と都市防護壁も完備されている。
都市内では水耕栽培等屋内での栽培が可能な野菜類は地下で、そうでない物は地上で栽培されており、都市の物理的な安定を担うバラスト槽では、魚介類の養殖も行われている。
陸棲動物は人類はもちろんだが、イヌ・ネコのペット類、都市を訪れる野生鳥類や昆虫類くらいのもので、食肉、乳を目的とした家畜獣類はいない。大波や雷でパニックを起こすのを嫌ったためだ。
畑で栽培される大豆や、漁や養殖で獲られる魚介タンパク質を元に、再現料理を作ることも出来れば、合成タンパク質として作り変えることも出来るため、肉や乳製品には事欠くことはない。だがあえて不自由さを残すことにより、近隣の住民と交易を行うことになり、人と人との関わり合いを学ぶ機会が生まれている。
都市の中央には階層を貫いて聳える巨大な塔があり、空調・照明他、都市設備を司る環境部門と文字通り針路を決定する航行部門、都市の方針を決定する行政部門の他に、立法、司法、農林、水産、教育、軍事と、国家機能の中枢が収まっている。
塔の周囲には公園がぐるりと囲み、正面には舗装された広場が設けられている。さらにそれらを囲むように道路が一周しており、その道路は都市外縁の十方に聳える尖塔へ向けて延びている。
十等分にされた表層では塔の背面側で畑や果樹園が広がり、正面側で商工業施設が軒を連ねる。
工業施設は共通した大型の建屋で、極力、柱を排した構造となっている。技術が進んだ数百年後でも、内部に設置する装置に制限を付けないようにするためだ。
商業施設も大型の倉庫を併設したものと、事務機能に特化したものとが選べ、取り扱う商品に応じて、入る物件を決められる。
商業施設の中でも飲食店は塔の左右。農地に近いところに置かれ、住民の胃を満たす役割を担う。
空調の関係上、空気を汚すことになる料理は、表層でのみ行うことが出来る。
戸数に限りがあり、全住民が入居出来るわけではないため、飲食業──調理を生業とする者が入居を許される。
調理出来る環境に制限があるため、住民は基本的に家庭料理をせず、飲食店を利用することになる。これにより普段の生活に“支払い”が発生するため、自ずと“労働”が義務として発生する。
仮に飲食業に就いていない者が料理を作りたいとなった場合は、レンタルキッチンを利用したり、公園内の指定区域ではバーベキューなどを行ったりすることも出来る。
個人の消費者では使用する食材の量が少なくなりがちなため、食材も一個一個手に入れていくと割高になってしまうが、レンタルキッチンでは予約時に食材の申請も行うことが出来、施設側で一括購入してくれるため、価格を抑えられるとともに自分で用意する手間も省ける。
バーベキューでも同様に、管理人へ予約する際に食材申請が可能であり、ご近所や親しい友人など参加人数が多い場合、手分けして食材を用意して持ち寄ることもひとつだ。
しかしながら、やはり調味料を含めた食材の調達は高価になりがちで、大量仕入れ、大量消費をしている飲食店の方が安価に済ませられることは間違いない。
一次生産者であれども食材の調理は都市の指定環境が必要となってしまうため、“支払い”を免れることは出来ない。
適齢期に達した際に速やかに“労働”に携われるよう、基本的な教養を身に付ける“教育”も、同じく義務とされている。
これにより自然と経済も回るようになるため、自然と“納税”も果たされることになっている。
表層から特定の通路を通ると地下へと下り、上層エリアに入る。原則として都市外の人間は立ち入ることが出来ない領域だ。
そこは居住区で結婚や出産、就職で世帯人数や生活エリアの変化により随時入れ替わりが起こるが、部屋数以外はすべて同じ作りとなっており、住民はすべて都市から住居を借りていることになる。
この賃借料も税の一部となっており、空調、上下水を含めた設備の保全管理に役立てられている。
更に下って中層に至ると、都市活動を支える設備群が占め、住民向けの大浴場も備わっている。
大浴場は無料で利用出来、薬湯、ジャグジー、サウナ、岩盤浴も用意されており、サッと済ませたいとき用にシャワーブースも備えられている。
むろん男女は分けられており、泳法を身に付けるための温水プールも併設されている。
お湯を沸かすのは他の設備の余熱を利用するだけに留まらず、都市外壁の消波装置によるマナも利用している。
大浴場の熱は湯気や排水を通じて、同じく中層に存在している地下農場に運ばれ、温度管理に用いられている。
喫水線に近い中層では複数の船渠があり、船の建造、修理、係船、荷役作業などを行う。
浮上都市自体、人口が増えたときの拡張性と修理・補修の簡便さを重視し、ユニット式で建造されているため、船渠ではそれらのユニット群をも建造する事が出来る。
材料さえ揃えば、浮上都市を何隻も建造可能だ。
大型の海獣類を仕留めた際には、一旦船渠に運び込まれ、解体されることになる。表層に引き揚げるより労力が少なく、血液などの清掃も容易いためだ。
密閉空間にすることも出来るため、海獣由来の感染症が蔓延することも防げる。
上陸用の揚陸挺も通常はこの船渠に引き揚げられている。
下層に下ると、養殖場の水槽が並ぶ。外壁に沿って都市を一周する大水槽には回遊魚が泳ぎ、通路を挟んで中型の水槽が並ぶ。中水槽では食性の相性が良いものを組み合わせ、温度や深度で水槽を分けている。
海水の給排水は直接海から行うと貝類の幼生他、プランクトンが含まれてしまうため、生態系の破壊を懸念してろ過装置、UV殺菌灯を経てから給水し、排水も同様にろ過した後に殺菌工程を挟み、無生物状態の海水を排出している。
ろ過して得られた沈殿物は焼却し、灰になったものを海中撒布している。無論、人類生活によって生じた人工物は除去し、ろ材は無害化出来る天然素材の物を使用しての処理だ。
下層と中層の間は中央に聳える塔を軸とし、巨大な軸受けと
非常時には巡航速度以上を発揮するために、自由になっている箇所が固定される。
この航行管理の一環として、火気を扱う飲食店は勿論のこと、居住区においても家具を固定化する必要があり、住居等建築物は都市側が住民へ供給する事になっている。
都市外壁には消波装置の他にも砕氷機や【雷魔法】を発する電撃装置、銛や砲弾を発射する砲塔も備わっており、光学偽装で欺けなかった外敵の襲来にも都市外での鎮圧を目標としている。
対竜戦も想定し、高射砲や超長距離砲、対空防壁も備えられている。
浮上都市建造の目的は海洋を含めたこの世界の調査だ。何年掛かるかは皆目見当が付かないが、航海と定住調査を繰り返し、世界地図の完成を目指す。
それとともに沿岸地域での海棲獣人及び、人獣の探索も行う。
沿岸域に棲息する海棲哺乳類も、やもすればゴブリンの魔手が伸びる恐れがある。そうなれば中間種や、獣人種を成すこともあるだろう。それらは浮上都市に対しての脅威と成りうる。
予め生息域だけでも把握しておき、必要性が認められれば討伐も行う。
今は進水式を終え、処女航海の真っ最中。乗組員でもある住民たちの都市運用の習熟とともに、周辺地域の測量が完了、地図が完成すれば、次の地へと海を進む。
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