第93話 E計画 マンドレイク
「結局さあ、コイツの正体って何なんだろうね? 試しに周囲もひっくるめて気温を下げてやったんだけど、待てど暮らせど一向に花を付けようとしないのよね。表現が正しいかは分かんないけどさ、下半身半分凍っちゃってんのよ? 生命の危機に遭遇したら、普通花咲かすじゃん?」
「
「全っ然駄目だった。熱帯雨林に冬がきたのに、全くと言っていいくらい何にもなし。光周性も考えて、長日条件も短日条件も限界暗期を変えたけどそれも駄目。栄養も枯渇させたし、捕食しようと延ばしてくる弦も斬り落とした。枯死する手前でも、蕾さえ付けなかったよ」
「リュウゼツランのように滅多に花が咲かない種なのかもしれんのう」
「テキーラの原料だね。ショクダイオオコンニャクもラフレシアも巨大な花を咲かすものは数年がかりだから、単純に時間が足りないのかと思ったよ。だから株分けというか、一部分をいくつか頂いて帰ってきたんだ」
「なるほど、それで緑の尻尾というわけじゃな」
「残念ながら小人のオヤジは見付からなかったよ。取り敢えず、エッダと一緒に育ててみるよ。元はなかなかのサイズだったよ。あの大きさになるまでどれくらい掛かるのか…。【木魔法】無しだと何年掛かりになるか見当も付かないよ」
「当面の目標は種子の獲得じゃな?」
「うん。里に戻って来られたから既知の植物はいっぱいあるし、接ぎ木するなり、単離した
「エッダともども頼んだぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミツキ様、この子は?」
「んー。名前はアルルーナ。モーリスたちと意志の疎通を可能にするためのインターフェイスだよ。エッダも知っての通り、モーリスたちには魔核が形成されているけれど、特異なのはそれだけじゃ無かったんだよね」
「神経節を持ち始めていると仰っていた件ですか?」
「厳密に言うと、神経ではなかったんだけどね。光合成をはじめとする生体反応での生成物を通じて、体内での各所の反応を制御する
「普通、食虫植物なんかは誘引物質を作って動物をおびき寄せるといった、受動的な活動を示すんじゃ。強烈な匂いを発生させたり、目を引く色味になったりってのは、普通の植物でも花粉や種子を運んでもらうためにとっている戦略じゃな」
「種子を運んでもらうために食べてほしい果実は甘く、光合成に必要で食べてほしくない葉は苦くってのが、普通の植物でも見られる基本の基だね。それに対してモーリスたちの場合、自ら移動して狩り場を変える能動的な活動をするから、複雑な動きを制御するための中枢が必要で、それを獲得したと考えられるんだ」
「このアルルーナはその核のはたらきを増強しているんじゃ。モーリスやオスカーたちの様子から、彼らの間でコミュニケーションが取られていそうじゃからな。人と植物とのコミュニケーションの仲介役になってもらおうというわけじゃ」
「人とコミュニケーションがとれるかどうかはやってみないと分かんないんだよね。モーリスたちとは動物的な躾というか、忌避剤頼みな関係だからねぇ。運動に関してだって、接触や光、水分や化学物質などの刺激による屈性で制御されているから、動物の可逆的な運動とは異なった不可逆的な生長運動のはずなんだよね。制御方法だって動物的な神経ネットワークによる電気・化学的なものじゃなくって、木部・篩部──道管・篩管を通る液体・化学的な制御でさ、類似性は認められるけど、似て非なる物。でもその類似性にマナを媒介にすれば意志の疎通は可能だと思うんだ。僕らの言語も、ただ空気中を音という振動が伝わるわけじゃなく、マナを媒介して意思を伝達しているからね」
「あとはアルルーナに思考能力が備わってくれるかどうかじゃな」
「世代を重ねて身に付けてもらえれば良いかな。共生関係を築いてくれるのが理想だね。そんなわけでエッダ、アルルーナの安全性が確認出来たら、モーリスたち同様に世話を頼むよ」
「──はい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これでやるべきことは全て終わったかな。思い残すことはない。死んだ後は適当に解体してくれて構わんぞ。『賢者』の魔核は魔石を超えて“賢者の石”と呼ばれるそうじゃ。マナを使い切るまで『賢者』の力を与えてくれるらしいぞ」
「この世界の理が天啓のように降ってくるってやつ? その力があった割には“子ども”たちを生み出すのに、えらく時間が掛かったね」
「頭で分かっていても、それを実現するための装置を作り、組み立てるには力仕事も必要じゃからな。独りでは限界じゃった。ミツキには感謝しとる」
「同志が居たって言ってたよね? 『賢者』でも人間関係はやっぱ自力なんだね」
「──彼奴もおそらく同じ様なことで躓いとるかもしれん。気が向いたらで構わん、一度見に行ってやってはくれんか?」
「そりゃ良いけどさ。自分で行ったらいいんじゃない? 寿命も延ばそうと思えば、いくらでもいけるでしょ?」
「どうじゃろうな? “子ども”たちが生まれて、歪ながらも親の気持ちを知った。更にその子どもたちも生まれ、ちゃんと子孫が残せるようにしてやれたことも確認出来た。予定外とはいえ、モーリスやアルルーナたちを世に送り出し、“子ども”たちとも上手くやれている。何より、100歳を超えて生きてはな、魂のカタチが朧気になってしまっとるんかもしれん。ここしばらくは若返るような【回復魔法】を使えん」
「──そっか。満足出来た?」
「そりゃ勿論。かつてはただ生きているだけの人生じゃった。些細なことでいじめられてな。当時の有名人が自分の身体の特徴で笑いをとるもんじゃから、それを真似る人々は身近で同じ特徴をもった人間に同じ笑いを求めてくる。それが耐えられんかった。顔を合わせればネタ振りされて、返さなければ殴られる。返したところで、笑いが起こらなければ、ノリが悪いと此方のせいじゃ。人の動きや表情にビクビクして、気が付けば一歩も外に出られん“カラダ”になってしもうた」
「“買い物に行く服がない状態”だね」
「そうじゃな。理由にならん些細なことが真っ当な理由に思えるほど、身体も頭も外に出ることを拒んどった。それでも親は良くしてくれた。常に寄り添ってくれたし、何より養ってくれた。それがどうにも申し訳なくって、このままじゃ親の葬式を出してやることさえ叶わんと、何度となく外に出ようと思った」
「じいちゃん、極論好きだよね」
「そこまで生かしてもらえたんじゃから、親孝行したいと思うのは当然じゃろう? 孫の顔を見せてやれれば尚のこと良かったんじゃろうが、自分の置かれている状況くらいは分かるわい。対人恐怖症で嫁を捕まえるなんざ夢のまた夢じゃ。空気嫁を親に会わせるほど勇者じゃないわい」
「隣国製も捨てたもんじゃなかったらしいね。地震や洪水で倒壊した家から発見されると、ブルーシートで隠されるほど人間と同じ扱いらしいよ」
「触れば分かるじゃろうが、遠目にしか見られん人には死体が埋まっとるようにしか見えんじゃろうな。ゴミと分かっていても、放置しては批判の的じゃし、本当の生存者を優先しようとも、すべての人に説明するわけにもいかんし、ご苦労なことじゃわい。用水路から発見されるときなんかも悲惨じゃぞ?」
「“田んぼの様子を見てくる!”だね…。生活が掛かっているのは分かるけど、優秀な部類の死亡フラグだよね」
「遠隔で監視・操作できる仕組みがあれば、ああいった事故も防げそうじゃがな。話が逸れた。親が子どもを残す理由は、生物学的には遺伝子の自己増殖性の延長と言われる事もあるな。生殖本能も遺伝子が増殖するための機構の一つにしかすぎないという考え方じゃ」
「性犯罪者が『俺は悪くない! 遺伝子が悪いんだ!』って言っちゃいそうなやつだね。誰しもが同じ遺伝子をもっていても罪を犯していないのに、さも自分は特別だと論点をすり替えようとするんだよね」
「ウイルスは感染しなければ増殖できない機構にまで簡素化された存在じゃが、何でそのような存在がいるのかの説明にもなるわけじゃ」
「遺伝子を如何に効率よく殖やすかを突き詰めていくと、可能な限り不要なタンパク質などの構造物を削減していって、残ったものがウイルスであるという話だね。設計図と営業マンだけで、オフィスも何ももたず、飛び込み営業先の工場を乗っ取って増殖しちゃうやつだ。乗っ取られた工場はまともに稼働できないから、いろんな
「んむ。遺伝子の利己性の果てじゃな。それに対し、社会学的には自分が死んだ後の処理を任せるためと言える。社会的に自らの担っていた役割、家業を引き継いでもらい、また自らが死んだ後、葬儀を含めた後始末をしてもらうために子を残す。昔は子を成せなかった者は親類縁者を頼って養子縁組をしたもんじゃ。そういった点では親の葬式を出すことは、親孝行でも何でもなく、子の義務じゃと考えとる」
「社会的な立場も世襲できるものが減ってきているし、親が子に遺すものが少なくなってきた世界では、賛否両論有るだろうけどね。後始末の労力を減らすための終活ありきじゃないと、葬式あげてくれない子も多そうだよ。──お葬式はちゃんとしてあげられた?」
「父親のときは母が喪主を務めてくれたが、ちゃんと見送ってやることは出来たぞ。父の遺品を整理して、ヨレたり擦り切れたりした服の多さに涙が止まらんかった。遺された服に袖を通して仕事を探しに出掛けた。父親が守ってくれる気がしたからか、すんなり外に出ることが出来た。葬式で着た喪服も父親の遺品じゃったからな。そこで慣れたんかもしれん。仕事を選ばんかったらすぐに採用はしてもらえた。それでもいくつかは面接すらなく落ちたぞ。学歴なんて言えるもんもないから、当然といえば当然じゃ」
「やっぱ肉体系?」
「まぁな。でも働けるだけ有り難かった。体力は雀の涙ほどもないから必死じゃったよ。先輩には何度も怒鳴られ、同期は先に仕事を覚えていった。どっちも年下じゃったが、明らかに仕事の出来が上なんじゃから、腹が立つようなこともなかった。そういった点は恵まれとったと思う。でもな、生まれて初めての給料を持って家に帰った日、母がこの世を去った。心筋梗塞じゃった。帰宅したら台所で倒れておってな。救急車を呼んだが手遅れじゃった。でも自分で稼いだ金で母を弔ってやることが出来た。親孝行は終ぞ出来んかったがな」
「──よかった、のかな?」
「ああ。この世界にくることになったとき、思い残すことは無かったから、良かったと言っていいじゃろう。最期にミツキ、お前に渡したいもんがある。こっちへ」
「? これでいい?」
「ああ、しばらく動くなよ」
そう言うとじいちゃんは僕の頭に手を添え、【回復魔法】を放った。
「ハチの時に軽く状態は見させてもらったからな。完全ではないが、多少は改善するじゃろ。更なるものを求めるのなら、彼奴に会いに行くといい。『大賢者』じゃから、ひょっとすると何とかしてくれるかもしれん──」
じいちゃんの声がだんだん遠くなり、僕は意識を失った。
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