第92話 E計画 MB

「嗅覚・味覚は化学物質に対しての感覚だね。ヒトなら鼻と舌だけど、蟲たちはそこに触角が加わってくるんだろうね。検知させないようにしようとすると、上空へ飛ばすのがいいのかな?」


「獣人たちは鼻が敏感じゃから、中間種や人獣の類も、此方の存在に感づくじゃろうな」


「じゃあ光由来のマナを利用して分解しちゃう? でもそれだと何を分解するか特定しないと、周辺に何も残らなくなっちゃうな。引き算は難しいから足し算に切り替えて、周囲に匂いのキツイ植物を植えちゃう?」


「それでいいんじゃないか? 外敵を食ってくれると有り難いがな」


「聴覚──音も同じかな。周囲の音を消そうとすると、生き物の鳴き声も生活音も、風で木々の葉が揺れ擦れる音もなくなっちゃうし、喋ろうものなら自分の声の響き方に違和感を覚えちゃう。消すべき音の波長が分からないのなら、上書きするように音を重ねるしかないかなぁ。河の流れる音だったり、小鳥の囀りだったりをって、これじゃあ森の営みそのままだね」


「木を切り倒すときの斧を打ち付けるような生活音を消したいわけじゃからな。獣人の耳は相当良いし、“子ども”たちの聴力も唯人に比べると段違いじゃしな。耳を背けたくなるような不快音を出して寄せ付けなくするのは、良い案とは言えんじゃろうな」


「外敵の気が逸れるような、得体の知れない音を放つ何かが居ると、そっちを気にして此方に来ないように仕向けられるけど…」


「森と言えば妖精の囁きじゃな。コッチコッチと呼ばれた先に行ってみれば一面のお花畑で、可愛いかったり綺麗だったりする妖精が居て、キャッキャウフフしているところをパックンチョ!」


「磁覚は第六感に区分されることもあるよね。地図が読める、読めないに関わらず、何となく方角が分かっちゃうような。磁性の強い鉱石が埋まっていたり、強力な電磁石が使われていたりすると乱れやすくなって、クジラやイルカが浜に打ち上げられたり、渡り鳥が目的地に辿り着けなかったりするって言うよね」


「工場地帯では伝書鳩がまともに飛べないとかじゃな。排気ガスも相まって、可哀想なことになりそうじゃの」


「で、ネオジム磁石を作ってバラ撒くだけで済んじゃう、お手軽対処で良いかと思うんだけどどうかな?」


「誤認した結果、巣や餌場が此処にあると思われたら一大事じゃな。じゃから、磁場もグルグル乱れて一定しない方が近寄り難くなるとは思わんか?」


「じいちゃん、さっきからしつこ、い──えーっと、ん? ん~。…一応確認。まさか、動くの?」


「じゃから、息の臭い系じゃと言ったろうが」


「え、植物? ん? ん? 根っこは?」


「栄養状態が悪いんじゃから、一所に留まっとったら枯死する運命じゃろうが。動物を捕食するほどにまで貪欲になっとるんじゃから、歩くくらいは朝飯前じゃて。とは言えそこまで早くはないぞ。お前さんが考えた【木魔法】の最高速位じゃ。あくまでも植物の生長に依存しておる。この世界のはどうかは知らんが、元の方はイソギンチャクの仲間らしいからな。動物としての描写が強いのもそのためじゃ」


「どうやって手懐けんの? コッチが襲われちゃったら意味ないんだよ?」


「それはじゃな、ヤツらと心を通わすことの出来る女王がいて、歌の力で協力を取り付けるんじゃ」


「へぇ~。その銀河の歌姫は何処にいるの?」


「…スマン」


食人植物マンイーターは実在しているの?」


「それは本当じゃ! とは言え、ヒトを食えるかどうかは可能性の話じゃ。さすがにヒト食っとるところを確認してはおらん」


「そこはいいよ。哺乳類を捕食するだけで十分脅威さ。結局のところ、有効な手段は暗くしておどろおどろしくするだけだから、境界部の樹を【木魔法】で生育させちゃえば完結するんだよね。下手に“子ども”たちに巡回させて危険に晒すくらいなら、食人植物を飼い慣らしてみせたいね」


「種から育てて懐いてくれればいいんじゃがな。毒の除剤や酸の中和剤、忌避剤の発見で此方の安全性は確保出来るんじゃないか?」


「そうだね。兎にも角にも種を入手しなきゃ。──種取れるんだよね? 株分け? ねぇじいちゃん、コッチ向いてよ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「エッダ、出掛けるよ。付いといで」


「──はい、ミツキ様」


「今日は僕ら2人だけだからね。上手くいけば今後、この仕事は君に携わり続けてもらう。道中の注意点なんかも見逃さずに、しっかり心に留め置いてほしい」



 じいちゃんから【地図】の写しを受け取り、森の奥へと向かう。

 蟲が出ると面倒だが、ある意味では楽になる。

 開けた場所ではエッダの弓で撃ち落とし、狭ければショートソードで斬り伏せる。

 群れで来た場合には、一気に凍らせてしまうが必ず1体は常温で倒す。

 体液を入手するためだ。

 何もスープや食料にしようというわけではない。中には毒の影響もなく美味な物もあるが、ここでの目的はまた別。

 魔核を取り除き、神経節を破壊して、【収納】で死亡を確認する。

 あとはキャンプの周りに体液を撒いて、【風魔法】で揮発性分を空気中に拡散させる。

 そうすると“この蟲を殺す相手がこの場にいる”と、同種や近隣種の蟲に伝えることが出来る。

 いわゆる警報フェロモン──負の化学走性を利用した、簡易的な蟲への忌避剤だ。

 たまに血の匂いに惹かれたり、集合フェロモン──正の化学走性を誘引してしまったりすることもあるが、消化管を傷付けなければ概ね成功した。

 消化管、取り分け、排泄物に直接関わってくる箇所では、“排泄物”=“餌を食べた”という図式から、餌場を示してしまい、仲間が寄って来ることになるのだ。

 それでも寄ってくるようであれば、同様に血祭りに上げて忌避剤の種類を増やしていった。

 無論、毎晩同じ作業をするのは面倒なので、効果が認められた物は瓶に詰めて翌日以降も利用した。



「ミツキ様、何故私なのでしょうか? 過日の通り、私は敵性勢力に拉致されてしまう程の頓馬です。この道中でもお役に立てているとは思えません。リーヴやスラシルたちの方がもっと効率良く進めたのではありませんか?」


 焚き火で夕飯の支度をしていると、エッダが疑問を投げ掛けてきた。


「──うーん、そうだね。過日のことがあったからって言うのは間違いないよ。僕はあまり人の気持ちに配慮したりすることが出来るほど器用じゃないから全部言っちゃうけど、一つ目は君に強くなってもらいたい。この遠征で少なからず野営の技術は上がっただろうし、実戦の経験も積めたよね? それが一つ目。二つ目は君を忙殺させるため。家と畑仕事だけじゃいろいろと考えちゃうでしょ? ただの気分転換だと思ってくれたら良かったんだけど、今こうして話をしちゃっているから、その狙いは上手く達成出来ていないね。申し訳ない」


「そんな、恐れ多いです。お気遣い頂き、ありがとうございます」


「ん。三つ目は君に生きる理由を与えるため。君にしかできない仕事を身に付けてもらうことで、承認欲求を満たしてもらおうかと思ったんだ。君は今、自己評価がマイナスになっているだろう? さっきの質問が何よりの現れだよね。だからプラス要素を持ってもらいたかったんだ。それでプラスが勝ちすぎて、他者を見下すことになればキッチリ凹ますけどね」


 見せしめとばかりに、野菜を一瞬で刻み鍋に入れる。定番メニューとなっている野菜のスープだ。


「四つ目は、失敗することを知ったから。拐われ、襲われ、痛みを知った。だからこそ、護ることの大切さが誰よりも分かっているはずだね? 皆も同じ目に遭えばいいと思うような子じゃないし、同じ目に遭った子がいれば優しくしてあげられる子だから。この遠征は失敗に終わるかもしれない。失敗を繰り返すことになるのが目に見えているからこそ、君を選んだ。失敗する度に立ち直ってもらわなければならないからね。里に戻ってからの仕事もそうだけど、いっぱい失敗して、いっぱい立ち直ってくれたら、多少の失敗は気にならなくなるでしょ? 誰かが命を落とすようなことになる失敗は、気にしてもらわないと困るけどね。──オットット」


 鍋が煮立って少し噴きこぼれてしまい、焚き火から灰が少し巻き上がった。


「五つ目は僕を心配させた罰だ。皆にも迷惑を掛けているけれど、うちの子たちはいい子ばかりだからね。既に辛い目にも遭っていることだし、それで十分と思って何も言わないだろう。でもそれじゃあ、僕の気は収まらない。ちゃんと再発防止に向けて動いてもらわないとね!」


 塩と胡椒で味を整え、馴染んだところで器によそう。


「代わり映えしなくてゴメンね。さぁ、召し上がれ」


「ありがとうございます。いただきます」


「うん。他にも考えれば理由は出てくるかもしれない。でも折角のご飯が不味くなっちゃうから、最後に一つだけ。生きなさい。残りの人生はとても長いだろうから、自分なりでいい。最期まで、ちゃんと生きなさい」


「──ミツキ様。少し、塩っぱい、です」


「あら? じゃあ、明日からはエッダに任せようかな。頼んだよ」

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