第91話 E計画 HERO *蟲要素注意
女王は後肢で立ち上がり、前肢、中肢をさらに激しく振り回し、自らを包む炎を渦巻かせていく。
爆散したはずの2対4枚の翅が再生され、翅叩きで渦を巻く炎が勢いを増す。
体表に付着した油を振り落とすことにより、鎮火を狙ったのだろう。
「消えま、せんね?」
「油自体の粘度が高めな上に、体表を覆うクチクラ層の蝋が溶かされて馴染んでいるからね。回復すればするほど長引くだけだし、早めに終わらせようか」
【収納】からショートソードを取り出し、振り回される肢に合わせ、切断していく。
再生された翅も再び炎に包まれ、炎の勢いはそのままに、渦を巻いていた気流が消失していく。
4肢とも切り落としたところで本体を狙いうが、女王も大人しくヤられてはくれないようで、大きな顎を使って刺突や挟み込みを仕掛けてくる。
せっかく相手の方から近寄ってきてくれているのだからと、顎だけに止まらず触角も切り飛ばす。
「筋力の低下は否めないね。すっごい遅いや。この剣だと顎にも負けないようだね。向こうが弱体化しただけかもしれないけど。じゃあ、トドメだよ」
後肢のみが残るだけの女王に正対し、ショートソードで首を刎ね飛ばす。
頭部を失った女王はフラフラと身体を揺らし、前のめりに倒れ込んできた。
「流石ミツキ様」
「リーヴ、普段だったらこれで終わりなんだけど、今回はちょっと違うんだ。大抵の昆蟲ってね、終齢に達すると細胞分裂が出来なくなるから、怪我が直ったりはしないんだよね。でもコイツは翅を再生させたでしょ?」
「そういえば…」
「ひとつは卵を用いた任意の単為発生。幼蟲、蛹から変態し、翅の形成する過程を限定的に発現させて自らに移植した場合。もうひとつは単純にマナを使った回復。【回復魔法】は自然治癒力に作用するから、単独では再生できないはずだけど、僕らはそこから再生する方法を知っている」
「まさか、エッダの魔紋を解析した…?」
「そこまでの知能があるとは考え難いけどね。催眠状態にしたエッダに使わせたものを見様見真似で再現したってのなら、相当な知能と感性をもっているね。魔紋自体を解析したとなれば脅威以外の何者でもないや。あとは、ここまで大きく成長する中で回復能力を身に付けた、一歩進んだ昆蟲になってしまっている場合。種として定着していれば進化といえるのだろうけど、コイツ単体での突然変異かもしれない。女王としての特性であれば、ちょっと危険だね」
「女王による抑制からの解放ですね?」
「うん、よく覚えていたね。このハチがどういう社会性をもつかにもよるんだけど、雌のハチが同じ巣にいる場合、産卵を女王だけに制限するために、フェロモンで他の雌が抑制されている状態になっている。女王が死ぬと代わりの女王がたてられるから、回復・再生能力をもつハチが別のところで出現する可能性が高い。まぁ、別の巣を作る分蜂が行われてたらどうしようもないね。何れにしても見付けたら叩き潰してね」
「はい!」
「火もだいぶ落ち着いてきたね。ハチははしご形の神経系をもっていて、神経節がいくつも存在している。通常これらは役割分担をしていて、それぞれ最寄りの器官の動作、取り分け反射の中枢を担っていることが多いんだ。だから今この場で不用意に近付けば、針で刺されてしまうことも起こり得る。さっきの話に戻るんだけど、コイツは再生能力をもっているし、健在な神経節も残っている。頭を潰しただけの現状じゃ、死んだとはいえないんだ」
【収納】から適当な長さの木の棒を取り出す。散策するときに使う杖代わりの棒だ。
マナを纏わせ、横たわる女王を殴打する。
「よいしょっと。案の定、死にきっていないね」
頭部を失った胸部側から攻撃を仕掛けたが、腹部に残る針を此方に振るってきた。
「反射にしてはひどく積極的だね。頭部を失っているけど、眼や触角の感覚器を失っただけくらいに考えといた方がいいね。もう一度火を着け直してもいいんだけど、時間が掛かりそうだし普通に刻んでいこうかな」
「ミツキ様、手伝います」
「そう? じゃあ背中側から胸部と腹部を切り離してくれるかい? 僕は腹部を押さえに掛かるよ」
リーヴに指示を出しながら、残る後肢を斬り落とし、木の棒で腹部を押さえる。
合図を出し、リーヴが斬り離すのと同時に、昆虫標本の針を刺すように木の棒で床に縫い付けた。
痙攣が落ち着くのを見計らい、針の先端を落とす。
胸部から魔核──かなり大きな魔石を取り出し、残った部位も細切れにしておく。
腹部も同様にバラバラにした。
「うへぇ、ドロドロだぁ。女王の魔石を摘出したし生存者もないから、巣の所有権はなくなった。これで通常量のマナ消費で【土魔法】が行使できるようになった」
木の棒に付いた体液を拭い去ってから【収納】し、通路まで退いて部屋を【土魔法】で圧し潰していく。女王の遺骸も念入りに潰しておいた。
来た道を引き返しながら、支線の部屋も潰していく。所々リーヴにも実践させて経験を積ませる。
不要になった通路も崩落させ、洞穴を出たときには巣の上の地形が歪になっていたため、少しばかり均しておく。あまりやり過ぎても人工物感が出てしまうので、あくまでもほどほどに。
日が落ちきっていたこともあり、巣に戻ってこようとするはぐれバチはいなかったらしい。
「さぁ、帰ろうか。早くエッダの手当をしてあげよう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ひとつは相手に進行方向を誤認させること。視覚、嗅覚・味覚、聴覚、磁覚は狂わせたいね。もうひとつは物理的な隔絶。河や崖、岩壁だったり気流の壁だね」
「そうじゃな。大抵の対策はそのいずれかに大別されるじゃろうて。視覚から順に追いかけていこうかの」
「視覚を誤認させるだけなら、【照明】の応用でいけると思うんだ。でも森の中は地面に起伏もあるし、木々もある。下手に突撃されてそれらに蹴躓かれでもすれば、触覚との齟齬から視覚誤認が仕掛けられていることがバレちゃうよね」
「相手が我々と同程度の知能をもつならそうじゃな。加えて、蟲ども相手じゃ光の波長も赤外線・紫外線をカバーしてやらんといかんじゃろうな。我々の認識できる可視光線のみで偽装しても、真実の姿を見られては片手落ちじゃな」
「だね。だから遠くの景色を誤魔化すくらいしか出来ないし、精々薄暗さを強調して心理的な圧力を掛けるくらいかなとは思うよ。それも相手に広範囲に【照明】を使われたら意味ないかも」
「いや、それを狙った方がいいじゃろ。此方側の森が安全になっているってことは、外の森は蟲だらけになっているじゃろ? そんな所で【照明】を使えば…」
「うわぁ…。想像しちゃったよ。ハチの巣どころの騒ぎじゃないかもね。じゃあ薄暗くするのは有りだね。樹冠近くで太陽光を吸収し、マナに還元する。マナを光にする【照明】の反対だね。完全に吸収しちゃうと植物の生育が悪くなるから、かえって森に不自然さをつくっちゃうね。定期的に確認して発生場所を移した方が良いだろうね」
「それも考え方次第じゃな。樹冠が成長していけば、自ずと地表に注ぐ光量は下がるじゃろ。そんな中でも僅かな光で育つ、光補償点の低い植物はおるわけじゃから、我らの手で
「光合成が満足に出来ない分、外から栄養を摂取する植物が定着しそうだね。食虫植物どころか、下手すると
「いるぞ」
「??」
「いるぞ、食人植物」
「……いるんだ」
「昔、奥に進んだときに見掛けたんじゃ。そん時はサルを誘い込んで食っとったぞ。そのサルがおらんかったら、コッチが食われとったかもしれん」
「モウセンゴケ? ウツボカズラ? ハエトリソウ? どのタイプ?」
「息の臭いかんじじゃな」
「フルコースかぁ。蟲たちの毒も無効化してるんだったら、相当強い酸や酵素をもってそう。上手く手懐けることが出来たら、いい防衛網が築けそうだね」
「一回見に行ってみるか? こっから南西の辺りじゃ。付いていくのは難しいが、場所くらいは教えてやれるぞ。どっかに【地図】の写しが残っとるはずじゃ」
「偽装の魔導具が出来たら行ってみようかな。手懐けられなくても、倒し方くらいは確立させとかないとね」
「植物なんじゃから、凍らせたら一発じゃぞ?」
「えー…。それ言ったら、凍らせられたら全部一発じゃん……」
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