第90話 E計画 巨蟲戦線 *蟲要素注意
「準備はいいね? いくよ」
洞穴の入り口で除蟲菊を乾燥させたものや麦藁などを燃やし、【風魔法】で内部へと煙を送り込む。
エッダを捜索し始めて2時間ほどで見つけた洞穴は、人が立って入れるくらいに大きく、内部も大きな空間が広がって居ることが【地図】で確認できた。
地震や雨、地盤沈下で開いたとは考え難く、案の定、内部には幾つもの生体反応が有った。
ゴブリンにせよ蟲にせよ、燻り出して一網打尽にする作戦だ。
リーヴは勿論のこと、エッダも含めた“子ども”たちも通常の駆蟲作戦は把握している。意識があり身体の自由が利くのであれば、煙に気付いて適切な行動を取ってくれるはずだ。
「来るぞ、迎撃準備!」
リーヴの号令で皆が弓を構える。
毒を扱う蟲が多いため、“子ども”たちには距離を取れる弓の扱いを徹底的に仕込んだ。
節や翅、眼といった比較的軟らかい箇所を射抜けるように、【風魔法】を駆使して誘導する技能を身に付けた者だけがこの場にいる。
相手がゴブリンや野生動物の場合でも、眼や関節は相手を弱体化させるのに有効だ。
自分も鉈を構え、撃ち落とした獲物の止めを刺す準備をする。
「翅音だ! 飛んでくるぞ!」
“子ども”たちの敏感な聴覚が、敵の種類を特定し、それに合わせた布陣へ速やかに移行していく。
「A班、斉射ァ!」
穴へ向けて煙を送る風に乗せて矢が放たれ、何かが落下した音が響く。
リーヴの号令に従い、A、B、Cと分けられた班構成で斉射を繰り返す。
正面に見据えた穴以外に出入り口はないようで、煙の上る気配はなかった。
【地図】で確認できる地中の光点も、動きを見せるものは全て正面の穴を目指していた。
「第二波来るぞ! 翅音なし?! 捕らえられていた者かもしれん! 足を狙え! エッダがいても【回復魔法】で何とかする! ──! ゴブリンだとッ!? B班斉射ァ!」
再度斉射を繰り返すが、出てくる人影にはエッダは居なかった。
「C班はゴブリンと蟲の魔核を回収・破壊し、死骸を焼却。毒腺に気を付けろ。帰還してくる蟲がいないとも限らん、周辺を警戒し退路を確保してくれ」
「「了解」」
「ハチだね。中の反応は幼蟲と女王かな? 油断せずに行こう」
穴の入り口に横たわる蟲を検分し、穴を巣にしているものを特定する。
穴の中は通路が幾つも分岐し、それぞれの突き当たりで部屋が造られていた。
各分岐で数名を支線へ向かわせる。
基本戦法としては、通路からマナのパスを伸ばして部屋の奥で【照明】を放ち、生体反応へ向けて矢を射る。
負の光走性をもつ蟲なら逆効果だが、ハチが相手であれば問題はない。
ゴブリンであれば目を眩ませられるため、その先の反応が遅れるというわけだ。
必要であれば【風魔法】で飛翔を妨害しつつ移動を制限し、接近して止めを刺していく。
「ミツキ様! こちらに!」
支線の敵を排除し戻ってきた“子ども”たちに導かれ、奥の部屋へと向かう。
そこではゴブリンたちが、無数のハチの幼蟲に生きたまま喰われる、悍ましい光景が広がっていた。
幼蟲の段階で豊富なタンパク源に巡り会えたものは大きく成長し、通常のハチが蛹となるサイズを越えて、1m近い蛹となっていた。
壁には六角形の個室──育房がびっしりと敷き詰められ、蛹となるべく繭を形成していた。
まだ生きているゴブリンは魔核を射抜いて爆発させ、集る幼蟲を巻き添えにする。
人間の生存者が居ないことを確認し、数人見張りを残し、油を渡しておく。撤収する際に撒いて焼却するためだ。
「ミツキ様、エッダを見付けました」
「無事かい?」
「無事、と言っていいものか…」
通路を引き返し幹線に戻ると、また別の支線へと導かれた。
そこがこの巣の最大の忌み処でもあった。
エッダはそこに運び込まれていた。
見る限りは五体満足。
溶かされたり欠損していたりということはない。
ただゴブリンと一緒に居たということが、事態の深刻さを物語っていた。
ゴブリンの苗床にされかけたというだけでも問題だが、場所が場所だ。
ハチの巣の中で、ゴブリンは
つまり、ハチの安定した栄養源として、ゴブリンの養殖場が形成されていたのだ。
エッダと一緒に扱われていた哺乳動物は消耗が大きく、その場で楽にしてやった。
ハチやゴブリンとは別に供養してやるべく、ひとまず【収納】しておくことにした。
以前に見たゴブリンの苗床にされた動物と比較すると、痩せ方に対するゴブリンマナの汚染具合が軽いことから、此処の苗床はハチたちに管理されていた可能性が高かった。
「種を遺した時点で用済み。幼蟲の餌にするべく、さっきの部屋へと運び込まれるというわけだね…。エッダは任せていいかい? 先に外に出してあげて。リーヴはA班を連れて付いといで」
「はい、B班はエッダを退避させてC班へ引き継いだ後、残りの支線を攻略、敵勢力を排除してくれ。A班はミツキ様とともに奥へ向かう」
「「了解」」
「コイツがここのボスかな。デカいな」
ギチギチと顎を鳴らし、威嚇してくるのは女王。
一回りどころか倍以上の体長をもち、人間の身長を軽く凌駕する。翅叩き音は不快な低周波を生み出していた。
「まずは一斉射。ヤツの外殻の硬さの確認と、耳障りな翅音を消そうか」
「反撃に気を付けろよ! 斉射ァ!」
部屋の入り口付近よりA班の面々が矢を射るが、数本がカンと乾いた音を残して弾かれるも、翅を狙ったものや眼などの端部を狙ったものは、密度の高い空気に阻まれ逸らされてしまった。
案の定、顎を鳴らす音が大きくなり、翅音の周波数が上がる。
「総員後退。弓は効かないし、近接戦闘じゃあ同時に掛かれる人数も限られる。ここは僕が押さえるから、撤収に掛かってくれるかい? 道中の支線の部屋には、もう火を掛けていいよ」
「総員後退! 撤収しつつ、巣に火を掛けろ!」
“子ども”たちが命に従い、部屋から脱していく。
暫くすると燻した煙とは異なる匂いが漂ってきた。順当に火を着け始めたようだ。
「リーヴ、君も退避してくれていいんだけど?」
指示を出しても退避する様子のないリーヴを促す。
「ミツキ様の戦い方を見せて頂ける数少ない機会ですので」
「そんな大層なもんじゃないよ。それにコイツは戦い方を見せてやれるほど、余裕のある相手でもないしね。煙も充満してくるだろうから、空気の確保は自分でしてね。駄目だと思ったらすぐに皆を率いて、家に戻るんだよ? じいちゃんに巣ごと焼き払ってもらった方が早いから」
「はいッ!」
「お待たせ。じゃあ、ヤろうか」
ギチギチと返事をするように顎を鳴らす女王。
待っていてくれたように見えなくもないが、そんなわけはないのは明白だ。
リーヴと話している間、女王は毒液を散布し、翅叩きで此方側に送ろうとしていた。
【風魔法】で押さえ込んでいるから問題ないが、対応していなければ今頃身体の自由は奪われていただろう。
そしてただ毒を押し返すだけでは面白くないので、仕込みも同時に行っておいた。
「爆ぜろ」
【風魔法】で毒を押し返しながら送り込んだ、揮発させた油を【着火】する。
散布された毒を焼きながら、女王の周囲の酸素を一気に消費し、女王自身をも焼いていく。
爆風を後方へ流し、煙が晴れた後には翅が千切れ、全身を煤けさせた女王がいた。
「元から吊り目だから表情が分かんないね。顎の音は凄いけど」
空になった油壺を放り投げ、それと同時に懐へ飛び込む。鉈を振り上げ、顎をかち上げる。
視線を逸らしたところで、【収納】から新たな油壺を取り出し、女王の全身に振り掛ける。後跳して再度【着火】する。
今度は炎に包まれ藻掻く女王。
支線の炎も相まって、洞穴の中の温度が上がっていく。
発生する二酸化炭素を分解して酸素を取り出し、呼吸と燃焼に利用する。
燃料となる油が燃え尽きるまで、仮に女王の身体も可燃物として燃焼することになれば、それが終わるまで風を送り続ける。
「相手は養殖場をつくる知能を持っているから、下手に正攻法に拘ってはいけないよ。神経節でもこれだけのサイズになれば、一つ一つが十分に脳として機能するからね。最初っから堅実に仕留めに掛かってね」
リーヴへ訓示めいたことを言い、鉈を女王の頸部目掛けて振るう。
ガキィッと硬い衝撃が手に伝わったかと思えば、鉈の刃は女王の顎に挟まれ止められてしまった。
炎に視界を奪われているはずのハチの行動としては目を見張るものがあった。
此方も一緒に炎に包まれるわけにもいかず、鉈を手離し距離を取った。
炎の熱で筋肉タンパクが変性しているだろうに、顎の力強さは未だ健在のようで、鉈はそのまま噛み砕かれてしまった。
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