第89話 E計画 まごころを君に
「ようやくだね」
「ああ、ようやくここまできた。ついにこの時がやってきた。さっきから震えが止まらん。本当に、長かった…」
「名前は考えた?」
「基本に近いところで、リーヴとリーヴスラシルじゃ」
「イザナギ、イザナミじゃないんだ?」
「金髪じゃしな。イカリとラングレーも落選した。アダムとイヴは迷ったな。同じようなことがまたあるなら覚えておいてくれ。マシュヤグとマシュヤーナグは兄妹だからやめた」
「ある種、兄妹だけどね。それにこの子たちの後も、すぐに次の子たちが生まれてくるから、つがいになれるかどうかは本人たち次第だよね。わざわざ3歳くらいまで成長させてから破水させるのも、僕らの負担を減らすための設計なわけだし」
「そう言うな。三日三晩悩んだのがバカみたいじゃないか」
「ばーか」
「?」
「ばーか」
「──歯ぁ、食いしばれ」
「あはははははは」
「あー、しんど。ちょっとは気が晴れてくれればいいんだけどなぁ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リーヴとリーヴスラシルたちが魔紋以外の魔法を使い始める頃には、じいちゃんは杖を必要とするようになっていた。
子どもたちは言語もすぐに理解し、読み書き計算も教本に則って着々と身に付けていった。
人手が増えたことで、じいちゃんと暮らした丸太小屋を中心に、生活環境を広げ、森の樹を住処に変えていった。
じいちゃん曰わく、数年に一度大河が氾濫することがあるらしく、それっぽく樹上に住居を造った。
丸太小屋と地下研究所は冠水しない場所で、排水を徹底しているので大丈夫なのだそうだ。
下手に堤防を造ると、かえって水の逃げ場がなくなり、水没するおそれが高くなるので不要だと釘を刺されてしまった。
【木魔法】で植物の生長を制御出来るため、梁を幹に縛り付けて取り込むように肥大成長させることで、釘を使わずとも十分な強度をもった構造体を形成することが出来た。
各家々は一々地上に降りることなく樹上で移動できるように、蔓を編んで橋を渡した。
雨風が抜けるようにガチガチに固めることはしていない。結構揺れるので、小さい子には人気のスポットだ。
住居が粗方揃ったところで、農地拡張とそれに伴う用水路の整備といった治水工事に移った。
トイレに行く必要がない分、排水工事は楽になった。トイレ問題を解決していなければ、そもそも樹上生活自体が大変だっただろう。
農地拡張はじいちゃんが独りで耕した畑の作物を殖やす形だが、ハーブや薬草となるものの割合を少し増やし、豆類も多めにした。
じいちゃんの拘りにより、子どもたちも肉を好まないため、タンパク質を摂取する手段が限られているからだ。
祝い事や余所へ出向いたときの歓迎の席に対応出来るように、偶に肉類を食べる練習をさせている。
なんとか玉子、魚介類なんかは常食出来るようになった。家畜はまだいないから合成食品ではあるが、乳製品も大丈夫だ。
麦や米、トウモロコシといった穀類も一通り揃え、芋類とあわせ炭水化物は選択肢が揃っている。
麺・パスタ、パンに酒と、豊富なラインアップのレストランが運営できそうだ。
食べ飽きるのを防ぐために、風味を変える香草やスパイスなんかも順次揃えていった。
果樹園を造るのが今後の目標だ。
森の開発で厄介だったのはやはり蟲だった。
人のサイズを上回ることも多々あり、連中は此方をタンパク源の一つとしか思っていない。
偶に現れるゴブリンでさえ餌の一つだ。
互いに生殖に利用できない相手だが、蟲たちはゴブリンを捕らえては、幼蟲の餌とするべく生かしたまま巣に持ち帰る。
それはゴブリンたちが哺乳類のメスを苗床として扱うときと同様であったが、蟲たちはそれぞれに特有の麻痺や幻覚、催眠といった症状をもたらす毒を用いることが確認された。
中には口吻を突き刺して消化液を注入、体外消化を行ってから分解液を啜ることで、獲物の生命を維持したまま、抵抗する術を奪うものもいた。
勿論ゴブリン以外の動物に対しても同じで、雌雄関係なく実行されるあたり、脅威度はゴブリンより各段に上である。
加えて節足動物によく見られる外骨格は、人体サイズともなると頑強さは筆舌に尽くし難く、道具や魔法無しでは到底太刀打ち出来なかった。
ジガバチやスズメバチといった狩人蜂、コバチやヤセバチといった寄生蜂、アリやカマキリといった肉食を好むものたちは大型化し易く、カブトムシやクワガタムシといった樹液を好むものは比較的標準的なサイズに収まる。
甲蟲類で大型化されたときには、相当な犠牲を覚悟することになるだろう。
オオムカデなどは肉食かつ甲板をもち、さらに毒も駆使するため、非常に危険な存在と言える。
少しずつ蟲たちを駆除していきながら生活環境を広げていき、作物の受粉を任せるなど益蟲となるものや、害蟲の天敵となるものを味方につけられるよう、生態調査や餌付けを行っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミツキ様! 大変です!!」
「どうしたんだい? リーヴスラシル。じいちゃんがついに呆けたかい?」
地下研究室で新たな魔導具の構想を練っていると、リーヴスラシルが焦った様子でやってきた。
「お爺様はご健勝であらせられます。畑仕事をしていたエッダが日が暮れても家に戻らず、総出で里中を捜せどもどこにも見あたらず、拐われた可能性が高いと思われます! 現在リーヴたちがお爺様のお宅の前で捜索隊を編成しております」
「分かった、すぐ行こう。女たちはじいちゃんの許へ集合。食料は【収納】して、家を空けてもいい準備を怠らないように徹底させてね。柵を越えてきているから飛翔系だと思われる。男たちは地上と樹上と両方見張るように伝えて。あとは、時間との勝負だ!」
「柵を越えてきているのであれば、ゴブリンの可能性は低く、蟲が相手になるのでは? 男女を分ける理由があるのでしょうか?」
「イヤな予感がする。ただそれだけ。急いでね」
「はい!」
地下研究室を出て、丸太小屋の正面に回ると、“子ども”たちが集まってきていた。
しばらく待ったところで、リーヴが集合完了の合図をくれた。
到着したときにはすでに集まり始めていたため女たちも混ざっていたが、まとめて説明しようと思いリーヴスラシルは下がらせた。
「皆集まったかな? これからエッダの捜索にかかるよ。柵を越えてきていることから、飛翔系の蟲である可能性が高いけど、イヤな予感がする。今回の捜索には女は参加するな。家を守る任務を与えるから、じいちゃんと一緒に警戒に当たってほしい」
集まった中から女たちが分かれ、じいちゃんの許へ移動する。
「日はとっぷり暮れた。下手に【照明】を使えば蟲たちの餌食だね。【地図】や耳に優れたものと、腕の立つもので組んで捜索に当たるよ。両立できる者は単独でもいいが、希望者は申し出てね。実力が足るかどうか判定してあげるよ。いずれにも該当しない者は、残って家と女たちを守ってほしい」
男たちから数人が分かれて女たちに合流し、残ったものでペアを作り始める。
探知を得意とする者より、戦闘を得意とする者の方が数が多く、単独希望は居なかったため、溢れた者は居残りになってもらった。
暗闇の中、【照明】による発光信号での意思疎通が出来ないため、すぐに組を作れない者では二次遭難の危険性が上がってしまうためだ。
また、組を作れたものの、実力が乏しいと判断した者たちも残ってもらうことにした。
女たちの中にも高度な探知が出来る者はいるが、より多く残っていた方が、防衛成功率は上がると判断した。
「じゃあ、捜索組は僕とリーヴの指揮下に入ってもらう、防衛組はじいちゃんとスラシルの指揮下ね。ちゃんと言うことを聞かないと、蟲たちに拐われても助けてあげないよ」
「「はいッ!」」
「ミツキ、そっちは任せたぞ。お前の言うイヤな予感ってのも何となく分かる。気を付けるんじゃぞ」
「じいちゃんも気を付けてね。足が悪いんだから無茶はしないように。“孫”の顔を見るんでしょ?」
「縁起でもないこと言うな!」
振り上げられた手は拳骨になるかと思いきや、そっと優しく頭を撫でてくれた。
その手はひどく温かく、軽かった。
「な、どしたの? 本当に大丈夫?」
「なぁに、ちょっとしたおまじないじゃ。最近は研究室に籠もりっきりじゃったろ? ボヤっとした頭じゃ、出来るもんも出来んくなっちまうからの。“子ども”たちのこと、本当に頼んだぞ」
言われてみると、確かに頭がスッキリしたようだった。
「うん、任せて。僕にとっての“子ども”でもあるんだし、守ってみせるよ。ありがとね。行ってきます」
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