第三章 エルフ編

第87話 E計画 コウノトリシステム

「おーい、ミツキー。こっちを手伝ってくれー」


「はーい」



「お待たせ。何すんの?」


「こっちのチャンバーに繋ぐ配管を拵えたんだが、思いの外重くてな。そっち側を持ってくれ。『せーの』でいくぞ。──1、2」


「待って、じいちゃん。カウントするんだね? いきなり『せーの』だと思ったよ」


「おう、悪い。じゃあ改めていくぞ。1、2、の~」


「待って、じいちゃん。『の』が入るんだね? 『1、2、せーの』だと思ったよ」


「おう、悪い。じゃあ改めていくぞ」


「待って、じいちゃん!」


「なんじゃい、さっきから!!?」


「『1、2、せーの』だと語呂が悪いよ。リズムが取りづらいや。『ちゃー、しゅー、めーん』でどうかな?」


「何でもいい! 文句言うならお前が掛け声をせいッ!!」


「じゃあ、いくよ。れぇ~っつ、こーん、ばいーん!」



「っ痛~、何すんの?!」


「なんじゃももんじゃもあるか! ただのねじ込み配管に超電磁力は必要ないわ! そもそもフランジ合わせのために持ち上げるだけなんじゃから、大層な掛け声は要らん!」


「それなら、そうと早く言ってよ~。何も殴ることないじゃんかー」


「──ほぅ? お前が知っててふざけていたのが分からんとでも思うたか? 次はパイプレンチ500のパイレンでぶっ飛ばしてやる!」


「ゴメンナサイ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 この手の早い白髪鬼は正真正銘只人だが、血の繋がった祖父ではない。

 森を彷徨っていたところを保護してもらい、それ以来ずっと世話になっている。

 長年の夢だという研究の手伝いと、食料の確保が主な仕事だ。


 自分自身、森を彷徨う前は何をしていたか定かでない。

 どうやら森を走る大河を流されたようで、辿り着いた河岸で目を覚ました。

 野生生物に襲われずに済んだのは、流れ着いた直後、気を失う前に取り出した物が邪魔してくれていたからだろう。

 取りあえず一通り【収納】してはみたものの、そのときには自分が何者かさえ分からなくなっていた。


 当て所なく森を歩き、行き着いた先がこの老人の暮らす小屋だった。

 一晩の屋根を借り、翌朝最寄りの人里を訊ねようとしたら、研究の手伝いを条件にしばらくここで生活しないかと誘われた。

 急ぐ何かがあるわけでもなし、記憶が定かではないということもあり、一人の老人を相手にするだけの方が過ごしやすいかと考え、二つ返事で承諾した。


 男二人が生活するには申し分ない程度の丸太小屋だったが、真骨頂はその地下にあった。

 壮大な実験機器が取り揃えられ、ひときわ大きな水槽には胎児が漂っていた。

 理想の人類を生み出すのが目標で、そのための研究施設だそうだ。

 胎児は人工子宮の試験運転で育成中のウサギらしく、指令の手に収まりそうな外見をしていた。

 うまくいけば食べ頃を待って、スタッフが美味しく頂くらしい。

 蒸し暑い森の中を歩いてきたからか、ひんやりとした地下空間はひどく心地良かった。


 初対面の人間に何故そこまでしてくれるのか訊ねると、体力に限界を感じはじめたことを理由に挙げた。この先の人生が短いのであれば、研究の完成を優先したいのだと言う。

 以前は研究をともにする同志がいたが、最終的な理想像が異なり、喧嘩別れしてしまったそうだ。

 それ以来ずっと独りで研究を進めてきて、漸く完成が見えてきたのだという。

 折角ここまでやってきたのに、身体に不安を感じてしまった。今のペースでは完成に至ることはなく、志半ばで倒れることは必至。それを良しとしないため、猫の手が転がり込んできたから手を借りたいというわけだった。


 あれから2年、生活に必要な技能などは身体に染み着いていたおかげか、特に問題は感じなかったが、記憶の方はとんと戻る気配はなかった。

 どんなご都合主義かは知らないが、この地が生まれ育った世界でないことは分かるし、元の世界の知識は残っているが、自身の名前はまだ思い出せていない。

 生活魔法は体感で使用出来たが、ありきたりな白い空間の邂逅の記憶はサッパリだ。そんなイベントが有ったのかさえ分からない。

 現状、『アイテムを持った状態で異世界に放り投げられたら大河に流されていたので、漂着した先にいた老人と理想の人類を造り出します』がタイトル候補だ。


 老人の研究自体は佳境に入ってきているが、各種“設定”に悩んでいるらしい。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「よし、離していいぞ。これで10番槽まで完成した」


「じいちゃん、量産準備もいいんだけどさ、最終設定を決めようよ! 容姿は決まったし、文化や価値観は生まれてから植え付けていくから、教本の準備が必要だったんだよね?」


「んむ、方針ブレブレの教育なぞ百害あって一利なしじゃ」


「内容が百害ってことはいいのかな?…」


「何か言ったか?」


「何でもないよ! 教本は出来上がったし、ちゃんと確認したよね? あとは生態・代謝面なんだよ。魔法は得意じゃないと駄目って言うから、魔核はじいちゃんのを参考に強化しているし、ちゃんと免疫系に干渉しないようにしといたよ」


「教本はよく出来とった。後々教育係が教えていくに当たっての注意点なんかも記されておって、非常に素晴らしい物じゃった。残るは前回持ち越しの宿題にしたアレ、か…」


「アレ、だね」


「「排泄問題」」


「結局のところ、身体を構成する炭水化物、脂質なんかは糖からの生成が可能だけど、タンパク質や微少金属元素については余所から摂取するっきゃないよ。マナを使って体内で作ることも出来なくはないだろうけど、せっかく強化したマナの殆どがそっちにもっていかれちゃう」


「じゃから、タンパク質や微少金属を含む植物を摂取すればいいんじゃ」


「ヤッパリ植物縛りなんだね。教本に『肉食は忌むべきもの』って書かされたときには正気を疑ったよ」


「何か言ったか?」


「でさ、摂取するのはいいんだけど、過剰に摂取してしまった物はどうにかして排出しないといけないよね? 気体として変化・存在出来る物なら呼気に、液体なら汗や尿に、固体なら便にってわけだけど…」


「流しよったな。何度でも言うが、『アイドルはトイレには行かん』!」


「だ~、またそれだ。尿と便が駄目だって言うなら、汗で出すとスッゴイ臭うし、服の替えが足りなくなるよ。全力疾走したら即水浴び&洗濯だよ」


「やだ?! ミツキさんのエッチ!!」


「じいちゃん、殴るよ? くさい息も駄目だって言うなら、最終的には嘔吐してもらうしかないよ? キラキラしているアイドルってどうなの?」


「アイドルはキラキラしているもんじゃろ?」


「コッチはモザイクだよ! 顔面不詳のアイドルって、正に偶像だけどさ、それだと容姿にこだわった意味なくない?! そもそも、排泄を減らすために、摂食回数を減らそうと光合成出来るようにしようとしたのも、容姿に拘るから流れたのにさ」


「髪か肌を緑にするとかあり得んじゃろ? 舌や血の色が紫になりそうじゃ」


「光合成の結果アントシアンが合成されて、血液中に貯めるようにすればそうなるだろうね。内蔵も粗方紫だよ。当面の名前は楽器縛りかな? 差し詰めじいちゃんは最長老様だね」


「それじゃと、口から卵を吐いて殖えることになるじゃろ。そんな特殊な生態は再現不可能じゃ」


「そう聞いて安心したよ。卵巣の位置を変更するなんて考えたくもないよ。てか、『神々しく輝く金髪に、透き通るような肌』ってさ、ほぼほぼ光を反射しているよね? 光合成って光を吸収しないといけないから、基本的に色素が必要なんだけど?」


「じゃから光合成はなしじゃ」


「食べると便が出ます」


「じゃからトイレはなしじゃ」


「じゃあ、どうするんですかッ!? っていうのが前回までのお話だね」


「じゃな」


「あれから考えてみたんだけどさ、分子の結合だったり原子の構成だったりを魔法で変化させることって出来ないかな? 【着火】って考え方を変えれば、可燃物に対して発火点に至る熱を与えられるわけでしょ? だったら分子間の結合に対して熱を加えれば、結合も分解も思いのままだよね?」


「ふむ、続けい」


「例えば木を燃やすときを考えると、一度木に火を着ければ、中に含まれる可燃性物質が燃えて、生まれた熱で次々と可燃性物質が燃える。熱を発し続ける連鎖反応が起こっているわけだよね。その連鎖反応で生まれる熱を利用すれば、他の反応も連鎖的に起こすことも出来るわけ」


「焚き火で湯を沸かしたり、肉を焼く──タンパク質を変性させたり、じゃな?」


「そう、それを排泄したい物質に対して実行する。つまり、生態的に出来ないことを魔法的・科学的に処理して、排泄しなくて済むようにしちゃうんだ」


「しかし、焚き火で料理を終えても、火は燃え続けることもあるぞ? 過剰となる熱はどうするんじゃ? 下手をすると身体を焼いちまうぞ」


「うん、そのエネルギーは魔核へ運び、代謝させるんだ」


「マナに変換させるわけじゃな。マナの許容量が大きくなけりゃ怖くてできんな。一発でマナ中毒になっちまうぞ」


「せっかく魔核が大きいんだから活用しなくちゃね。ってか、どっちもじいちゃんの変な拘りのせいなんだからね」


「ただ、どうする? 全員に今の説明を繰り返していくのか? 教本に書いたとしても、上手く理解出来んかったらそれこそ燃え尽きてしまうかもしれんぞ?」


「そこを解決するのが魔導具とか魔法陣とかだね。公式を刻み込んだ物を身に付けて定期的に使用するんだ」


「ふむ、そうなると妊娠中はどうする? 胎児が常に活性化したマナに晒されることになるぞ? このままじゃ子孫を残せん」


「何言ってんの? じいちゃん。赤ちゃんはコウノトリが運んでくるんだよ?」


「ミツキ、歯ぁ、食いしばれ」


「じょ、ジョーダンじゃんか、マイコー、マイコー。便は駄目なのに、赤ちゃんは産み落としていいんだね。そうなったら活性化マナに耐えられるようにデザインし直すことになるけど、ゴブリンに襲われた後の中絶は出来なくなるよ?」


「ゴブリン類の単為生殖は、ゴブリンそのものじゃから堕ろせるじゃろうが、妊娠中に襲われたときが問題じゃな。ただでさえ強い中間種に、強化されたマナが付与されるのは脅威じゃな。しかも中絶させようとするマナへの耐性も受け継がれてしまう。ましてや“鬼失症”になるのは避けてやりたい…」


「となると、胎児は従来通りが無難だよね。妊娠中は使用を控えてもらって、トイレにも行ってもらうしかないね。じゃなかったら、この施設で生み出し続けるしかないよ?」


「うーん、機械的な繁殖では母性・父性が育たん可能性が高い。人が生まれてくる大変さが分からんのでは、命の価値を軽く見てしまうやもしれんな。生み出したいのは殺人鬼ではないからのう。やむを得んか」


「オッケー、じゃあ、明日から早速魔導具か魔法陣の設計に取りかかろう」


「「オー!」」

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