第86話 闘士選出大会 報告

「あ、お兄ちゃんだ」

「おーい、お兄ーちゃーん!」


 元気よく手を振るのはミア、ルゥナ、シルフィの歳の近い3妹。

 弟妹の数で言えば両手で収まらないから、名前を覚えるのもひと苦労だ。

 只人であるルゥナも成長が追い付き、3人ともが似たような背格好になった。

 髪型で遊ばれると、後ろ姿や雰囲気では騙されてしまう。

 目鼻はそれぞれ特徴があるから間違えることはないのだが。正直耳を隠すのはズルい。


 ルゥナは恵まれた魔法のセンスを生かし、魔法使いとしての立ち振る舞いを身に付け、遠隔戦闘を中心にしているが、近接もミアやシルフィに引けを取らないのだから質が悪い。

 妹たちの長所を活かすための立ち位置を選んだのは明白だ。その気になれば何でもこなすのだろうな。


 猫人のミアは素早さを生かした高速戦闘を得意とし、ナイフから曲刀まで片手で振り回すことが出来る得物なら二刀流で使いこなす。

 流す技術は国でも随一で、目標に刃を取られるようなことは決してしない。

 致命傷にならずとも、ダメージを蓄積させていく戦い方を好む。

 最近では無音歩法を身に付け、暗器の扱いを覚え初めているのだが、「せっかく黒く生まれたのだから」とは本人の言。

 覆面姿もしばしば目にするが、いったいどこに向かおうというのか?


 熊人のシルフィは読書が好きで、行商が購入してくる本や、父がどこからともなく持ち帰ってくる本を熱心に読んでいる。

 王城書庫を自分のものようにしており、入り口には可愛らしい爪跡が残されていた。

 父の圧縮岩造りの王城に縄張り主張マーキングをしているのだから、やっていることは可愛らしくない。

 戦闘となればパワータイプで、両手持ちの熊手を容赦なく振るう。重鎧に身を包みごり押しも出来るし、軽鎧で遊撃も出来る。

 一度見た戦法には、必ず解決の糸口を見付けだし、対処法を編み出してくる。

 軍師に向いているのだろうが、何故か父は“聖闘士”と評価していた。


「やぁ、出迎えありがとう。父様は?」


「地下で研究室を取り出してたからそっちじゃないかな?」

「フィーネさんも一緒だからノックはした方が良いよ」

「グートルーンたちも一緒だから変なことはしていないと思う」


「ありがとう、とりあえず行ってみるよ」


「「「で、お兄ちゃん、そっちの娘はどなた??」」」



「父様、ティーダです。ただいま到着しました。ご相談したいことがあります」


「どうぞ。鍵は開いています」


「失礼します」


 ドワーフ国王都ツワァゲンバーグの別邸の地下。

 父が普段から【収納】して持ち歩いている研究室の取り出し先。

 部屋の主の許可を得て中に入ると、父とフィーネさんが図面に向かい、少し歳の離れた弟妹たちが別の製図台で落書きに勤しんでいた。

 よく見ると自分が持ちたい武器を考えているようだった。「ちいまょうさいきょう」の文字に、記憶の澱が舞い上げられる気がした。


「やぁ、ティーダ。長旅お疲れ様。如何でした?」


「申し訳ありません。闘士選出大会の最終戦を前に、王選の・・・参加資格を剥奪されました…。父様と同様、『永世朋友』を頂いたのです。それも、ウェルマーチ家に与えられることになりそうです…」


「やるじゃないかティーダ。アンタもやっぱりトモーの子だね」


「茶化さないで下さい、フィーネさん! この子たちも参加できなくなるかもしれないんですよ?!」


「グートルーンが参加できないのは困るけど、鍛冶士枠だから問題ないだろうね。予選会だけ参加させてもらえたら十分さ。一人前になる儀式だからね。本選は正直、どうでもいいね。出禁になっちまう連中がぞろぞろいる国で鍛えられてる子たちが、そんな弱卒ばっかの大会に興味持つとは思えないよ。弱いものいじめするような卑怯な子に育てちゃいないだろ?」


「それは、そうですが…」


 無頼に絡まれたとは言え、弟妹、果ては子々孫々への足枷を付けられた責任を感じる。

 父から抗議をしてもらい、撤回出来ればと思っていたのだが、フィーネさんはそのままで良いと言う。


「いっそのことウェルマーチスで闘技大会でもしましょうか? そうなると魔法ありの大会も欲しいですね。観客席を守る結界や出場者を守る安全装置が必要かな?」


 父も乗り気だった。


「トモー、話がズレてる。それは後で考えようじゃないか。闘技場を建てる場所も考えないとだろう? マオもカールもさ、此処には居ない子たちだって、ティーダのことを自慢に思ってくれるさ。まぁ、そっちのお嬢さんの説明次第だがね」


 付き従いながらも、身を隠すようにしていた娘の手を引き、父たちに紹介する。


「彼女の名前はフォーリア、僕がバンドウッヅで常宿にしていた宿屋の娘さんです──」


 フィーネさんに促されながら、選出大会のトーナメント決勝戦手前からその日の晩の話をした。

 リードの蛮行を語る際には、弟妹たちと一緒にフォーリアにも席を外してもらった。


「バンドウッヅの衛兵は貧困街からは採用されることはなかったはずですが、兵役を課したことでその辺りの規則も変更したのですかね?」


「どうもそのようでした。又聞きですが、事の後で議会は相当揉めたらしいです。貧困街を更地にしようという過激な意見まで出たとか。何よりツワァゲンランドからも抗議がされました。『バンドウッヅの兵団員が、10年前に盗まれた国宝を所持・使用していた』と。立派な国際問題ですから、バンドウッヅを挙げて入手経路の特定を急ぐのですが、リードは露天商で手に入れたと証言し、その露天商も見つかりませんでしたので完全に手詰まりです」


 父の疑問にバンドウッヅを発つ直前の様子、盗まれた『十器世』の辿った足跡の捜査状況も付け加える。


「【収納】が出来ない時点で曰く付きなんだがねぇ。そんなのを持っている時点で品性疑っちまうね。まぁ普段から持ち歩いていないとは思うけどさ。そもそも【収納】が使えないってこたぁないんだろ?」


「生活魔法の4種は必修項目ですから。入団時に使えなくても、訓練所で徹底的に仕込まれるそうです。市井の勤務に出る者は絶対使えます」


 隊長さんに聞いた兵団での話と、ドワーフたちから聞いた情報を話す。


「今後は貧困街出身の者は、余程の傑物でない限りは市内勤務への登用は見送られることになり、原則的に外でのゴブリンや盗賊などの哨戒・討伐任務や開墾作業に従事する事が決まったそうです」


「よく『十器世』が分かったね? ルゥナたちは前に見ているから判別付くかもしれないけど、ティーダは初見だろ?」


「たまたま分かる一振りだっただけです。一番見慣れていますから」


 フィーネさんの疑問に【収納】から長剣を出して見せる。


「なるほど、トモーが追い出した一振りのオリジナルだったのかい。ドワーフを喚んどいたら確実に味方をしてくれると思い至るわけだ。で、あのお嬢さんを連れ帰った経緯は?」


 貧困街・『十器世』の話に区切りが付いたところで、主題に戻った。


「彼女は親戚を頼ることになり、取り敢えず宿の営業自体は任せることが出来ました。ですが荒らされた食堂と住居部分を整理しているうち、耐えられなくなり街を出たいと。訊けば兵団員の姿を見るだけで不安というより恐怖を感じるようで、相当の精神的負担になるようでした」


「で、お持ち帰り職人マイスターの手解きを受けたいってわけかい?」


「いえ、それだと手込めにしなければならなくなるので違います。純粋に心のケアと言うか…」


「──年の頃はベルレーヌやマリーと同じくらいでしょうか? 簡単なカウンセリングは出来ますが、最終的に乗り越えるのは自分自身ですよ。日々の作業や仕事で忙殺させて、考えないようにすることもひとつです。ですが根本的な解決ではありません。ふとした拍子に思い出して、押し潰されてしまうかもしれません。家族を求めることもあるでしょう」


 何かを飲み込むような独特な間を挟んで、父が注意点を列挙する。


「当面はグートルーンたちと一緒に遊んでてもらった方がいいかもね。気も紛れるだろうし、こっちも子守りを任せられる。勿論ティーダも一緒にね。宿屋の娘だったなら、読み書き計算の基礎はあるかもしれないし、先生をしてもらうのもいいね。何が出来るかちゃんと訊いとくんだよ」


 父の概略にフィーネさんが具体例の肉付けをしてくれる。いいコンビとは思うが、少し複雑な気分にもなる。


「ティーダ、覚えておいて下さい。本来、故人の葬儀というものは、残された者たちが心の整理を付けるための儀式でもあるのです。それを過ぎて尚、心の整理が付いていないのであれば、亡くなった方が如何に大きな存在だったか、失ったことが如何に大きな心労になっているか察することは出来ます。今年はこのままツワァゲンバーグで秋の祭を見ていくことになります。そこで可能な限り心の内に溜まった蟠りを吐き出させてやりなさい。その役目はティーダが責任を持って当たるのですよ。貴方にしか出来ないし、貴方なら出来る筈です。取り敢えず今はなるべく一緒に居てあげなさい」


「分かりました。ありがとうございます」


「それにしても、うちの家系はバンドウッヅと相性が悪いようですね。行く度に碌なことが起こらない」


「世直しでもして回るかい?」


「そこまで暇ではありませんよ。ただ、しばらくは国を空けることになりますね。その最中で降りかかる火の粉があれば、盛大に延焼させてから押し流しますけどね。ウェルマーチスには立派な後継者が育ちましたから、不安もありません」


「嫁が増えないことを願うよ」

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