第85話 闘士選出大会 失格処分

 リードは隊長さんとの1対1の勝負を繰り広げていた。

 周りでは負傷手当てをする者たちで溢れており、有象無象で当たるより精鋭で当たることを選択したようだった。

 刺股をはじめとした長物で当たるが、ドワーフ謹製の剣には敵わず、斬られては持ち替えるを繰り返していた。


 手の空いた兵団員たちはいざという時のため、逃亡を阻止すべく路地にバリケードを築いていた。


「おいッ! ここを通してくれッ! 事件の関係者だッ!」


 バリケードを築く人集りを掻き分けるように、ドワーフの一団が姿を現した。

 先程のドワーフが先頭に立ち、5~6人が続く。オットーさんの姿も見えた。

 一際強い威圧感を発する壮年の男は、厳めしい表情を張り付け、相当の手練れであると感じさせた。


「代わります。役者は揃いましたので、決着を付けます」


 ドワーフが再び現れた上、同僚相手に散々暴れ回った後だ。リードの非は明確で、此方が責を問われることはないだろう。

 目撃者がいない状態では、単独で撃退してもあらぬ疑いを掛けられかねないと、気が気でなかった。

 あえてウェルマーチを名乗ることで、ドワーフたちの意識も此方寄りになったことだろう。オットーさんには悪いが、恐らく強制的に連行されたことだろう。


「す、すまない。可能ならで構わんが、生かして捕らえさせてほしい」


「善処します」


 リードがドワーフたち気付き、意識を向けた一瞬の間に、隊長さんと交代する。

 ドワーフたちもリードの得物を認め、ざわめきはじめていた。


「リード、観念しなさい。武器を捨て、投降するのであれば、五体満足でいられます。聞き入れない場合は腕の一本は覚悟してもらいます」


「ティーーダァーー! 殺してやる! もはやこの街には居られねぇ。お前さえ居なければこんな事にならなかったんだ! お前だけは許さねぇ!!」


 血走った目を向けてくるリードに引導を渡すべく、【収納】から長剣を取り出す。

 ドワーフたちのざわめきがどよめきに変わった。

 父から譲られたドワーフ“国”の逸品だ。


 右足を前にして大きく足を広げる。長剣の切っ先をリードへ向け、腰撓めに両手持ちで構える。

 【身体強化】に加え、密度高くマナを発気させ、相手を威圧していく。


「逆恨みの代償は、右腕だけで十分かな…。行きます」


 発気したマナの密度を更に高め、【風魔法】に昇華していく。

 リードに向かって渦を巻いた風が吹き、背中側からも相対する風を起こす。

 丁度リードのいる位置で風がぶつかり合い、身体を浮かせる上昇気流へと変わり、正しく地面を踏み締められなくなり、行動の自由を奪っていく。

 風の密度を更に上げ、リードに向かって踏み込む。

 リードは完全に身動きが取れなくなり、此方は追い風を受けて接近速度が上昇する。

 【身体強化】された踏み込みは地に足形を残し、振り上げた剣でリードの右腕を上腕から斬り飛ばす。

 続けて振り上げた勢いで風を巻き、回転しながら身を屈め、剣の腹で胴を打ち据える。

 【風魔法】の後押しを受け、リードは周囲の建物の屋根を越える高さまで舞い上がり、上昇気流を散らすとともに落下が始まる。

 着地の直前、【風魔法】で姿勢を少し整え、致命傷を避けてやる。とは言え、残った左腕は明後日の方向を向いていた。

 【風魔法】の高い圧で堰き止められていた傷口から、思い出したかのように鼓動に合わせて血が流れ出てくる。


 上昇気流で使い手より更に高く舞い上げられていた剣が、握った右腕を伴ったまま地に突き刺さった。


「捕らえよッ!!」


 隊長さんの掛け声に兵団員たちがリードを捕らえ、止血その他の手当てを行う。手の空いた者はバリケードの撤去など事態の収拾に掛かりはじめた。



「見事。ティーダであったな? ウェルマーチの者と聞いた。相違ないか?」


「はい、ティーダ・ウェルマーチと申します」


 ドワーフたちの代表者が声を掛けてきた。先ほどの威圧感のある男だ。


「その剣を見るからに、トモーの倅か。申し遅れた。我が名はガイウス・ケーニッヒ・ツワァゲンランド。その剣を打った鍛冶士と言えば分かるか?」


 思い掛けない名前が飛び出したことに、慌てて姿勢を正し、膝を突いて礼をとる。


「陛下自らお声掛け頂き、身に余る光栄です。知らぬ事とはいえ、失礼致しました」


「よい。それにトモーの倅であれば、獣人国の王子であろう? そこまで遜ることもない。楽にしてくれ。オットー、剣を持ってこれるか?」


「こちらに。幾らか血を吸っているため、キレイとは言い難いですが」


 リードの腕を取り除いた剣をオットーさんが持ってきた。証拠物件でもあるため、傍らには隊長さんが付き添っている。


「隊長殿、この場の責任者として、これから起こることをよく見ておいて欲しい」


「は、はい」


「では、いくぞ」


 そう言うと、ガイウス陛下はリードの剣をスッと【収納】して見せた。


「見えたかな? なぁに、ただ【収納】しただけだ。だが、そこが肝心だ。所持者・・・は生存しておるが、彼の者はこの剣を鞘に入れて運んでおった。【収納】が使えないということは、所有者・・・が別に存在するということ」


「そしてそれを【収納】したということは…」


「うむ、ドワーフ国王、ガイウスの名において、この剣が10年前に我らが里より奪われた『十器世』であると証言する。彼の者は『十器世』強奪者に何かしらの関係があると思われる。譲り受けたにせよ、購入したにせよ、入手経路を厳に取り調べて頂きたい」


「ハッ!」


 身分を明らかにしたガイウス陛下の言葉に、隊長さんが慌てて礼を取った。


「このことは追って、貴国議会、兵団へ正式に要請する。彼の者の身柄引き渡しを要求することになるかもしれんから、過剰な取り調べで死なせないように注意してほしい。この剣も証拠物件であろうが、我が国の国宝でもある。丁重に扱って頂きたい。宜しく頼んだぞ」


 ガイウス陛下は【収納】から剣を取り出し、隊長さんへと差し出した。

 恭しく礼をし剣を受け取ると、隊長さんは鑑識を行う団員の元へ駆けていった。



「ティーダよ、我らを介入させる機転の良さは親譲りか? 感謝するぞ。先程の戦い振りといい、選出大会での活躍といい力量も十分だ。トモー同様、『永世朋友』とする。というよりも、ウェルマーチ一門をそうするべきかもしれんな。父子揃ってよく鍛えられている。其方たちが参加すると、王選が荒れることは明白だ。時代が追いつくまで大人しくしてくれ」


「と、仰いますと…?」


 突然の言葉に思考が追い付かない。


「王選選出大会の最終戦は没収。其方は王選には参加させん。武器が望みではないのであろう? 一時の仮の座ではあったが『戎貴世』を持つのだからな。父親から聞いているやもしれんが、王選で手に入る影打は王宮工房製ではない。其方の持つ剣の方が、10年経った今でも優れているのは間違いない。代わりと言ってはなんだが、追って何かを贈るように取り計らおう。許せよ」



「ティーダ、この度は我が小隊員の暴走に巻き込んでしまい、誠に申し訳ない」


 ガイウス陛下の決定にうなだれていると、隊長さんが駆け寄り、畏まって頭を下げてきた。

 意識を取り戻した娘により、リードたちの凶行が証言され、冤罪であることが立証されたらしい。

 隊員たちの手首を落としたことも、正当防衛と認められたとのことだ。

 話す内に隊長さんが小闘技場で最後に闘ったメイス使いであることも判明した。

 「一度刃を交わせばどんな相手か大体のことは分かる」と、その後の取り調べも友好的だった。

 父とは幾度となく刃を交わしてきたが、未だにどのような人物か、はかりかねているのは心が未熟なのだろうか。


「自分は大丈夫ですよ。それより彼女の方が問題です」


 娘は事のあらましを説明する内に両親の不在に気付き、事情聴取する兵団員を振り切って両親の寝室へ走り、惨劇の名残を目の当たりにしてしまった。

 切創がリードの投げた剣──兵団支給の剣によるものと断定されたため、現場検証もほどほどに、夫妻の亡骸はシーツを掛けて目に付かないようにはされていた。

 しかし寝室の夥しい血痕を見たことで、泣き別れとなった父親の頭が明確に思い出フラッシュバックされてしまったようで、その場で再び気を失ったとのことだった。


「ご夫妻は治療院で検視を行ったあと、可能な限り遺体の修復をする。次は死化粧を施してからの対面となるだろう」


「彼女に親戚などは?」


「部下の話だと、市内で何かしらの店をやっていたんじゃないかって話だが、確かなことはわからん。宿泊客には悪いが、明朝には出て行ってもらうことになるだろう。勿論希望者には予定していた日数分、兵団で宿泊施設を用意する」


「そうですか。もし、身寄りがないのであれば、教えて頂けますか? 彼女はこれ以上不幸になっていい人間ではありませんから」


「──分かった。選択肢の一つとして彼女には伝えさせてもらう」

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