第84話 闘士選出大会 場外乱闘
リードは手に持った剣で斬り掛かってきた。
選出大会で使っていた物とは異なる標準的な長剣だ。
傍らで傷口を押さえて蹲り、【回復魔法】で応急処置をしている男たちが持っていた物と同じ物。
おそらく兵団からの支給品なのだろう。
左腕に抱いた宿の娘を庇いつつ、右手のナイフを逆手に持ち替え剣を受ける。
膂力が大きく違うため、腕の屈伸で勢いを殺しつつ、難なく受け止めきれた。
それを察したリードはすぐに剣を戻し、次の攻撃へと移っていく。
二合三合と受けると、押し切れないと悟ったリードが一歩身を退いた。
「試合の結果は伊達じゃないってことか」
「諦めて下さい。貴方では勝てません」
「ハンッ! 今は試合じゃねぇんだよッ!」
そう言うと、持っていた剣を勢いよく投げつけてきた。
娘を庇うように身を屈めてやり過ごすと、リードは腰に帯びた剣を抜いて、大上段から斬り掛かってきた。
咄嗟に腕を振り上げ同じようにナイフで受けるも、今度は呆気なく折られてしまった。
残った柄をリードに投げつけ、直ぐに代わりのナイフを取り出す。
纏わせるマナを多目にするも、数度攻撃を受けただけで再び折られてしまい、使い物にならなくなった。
「どうだ! この剣さえ使やぁコッチのもんだ! 大人しく斬り刻まれやがれッ!」
執拗に振られる剣に対し、食堂の椅子を使って剣筋を逸らして凌ぐも、木片を撒き散らしながら小さくなっていく。何合かする間に完全に木片に変えられてしまった。
3脚ほど薪に変える間に応急処置を終えたのか、手首を落とした者たちに逃げられてしまっていた。恐らく増援を呼びに行ったか、ちゃんとした治療を受けに行ったのだろう。
「さぁ、遊びは終わりだ」
リードの突き出す剣を肩で受ける。
【身体強化】を駆使して筋肉層で留めようとするが、刃の鋭さが勝り、徐々に押し込まれてしまった。
肉が裂ける痛みに、骨を割る異音が身体を駆け巡る。
リードは剣を捻ろうとするが、それは辛うじて筋肉を膨らませることで防いだ。
舌打ち一つ、引き抜かれる剣に血が引っ張られ、服が紅く染まる。
「ドワーフの打った剣ですね。しかも“里”の一級品」
「へぇ~、分かるのか? じゃあここから先の絶望も分かるよな?」
外が段々騒がしくなってくる。
居なくなった男たちが応援を呼んだのだろう。
数は十数名。市内の詰め所か、それとも隊舎か。この場から近く、すぐに出動出来た者たち。
バンと扉を蹴飛ばし、ゾロゾロと入ってきた。
「リード隊員、状況を!」
「ハッ! 宿の食堂が閉まった後、悲鳴が聞こえたとの通報を受け、当直の内4名で急行。現着後、宿客が店主を殺害している現場に遭遇。介入するも、主人と夫人は間に合わず、娘を人質に抵抗するところを無力化しております!」
リードが隊長格の男に報告している間に、武装を固めた男たちが周りを囲む。
「と、申しておるが、その方間違いないか?」
「た、隊長殿ッ! 私の報告に異論がおありですか?!」
「彼が人質をとっているのではなく、彼女を庇っているように見えたのでな。念の為だ。気を悪くするな。このままでは多勢に無勢だ。大人しく投降せよ。事情は後で聞こう」
そう言いながら隊長と呼ばれた男は構えを解き、泰然として呼び掛けてきた。
「あなた方も同類ですか? 他の宿泊客に聞いてもらえれば、此方の無実も証明できるはずですが、ここまでされると、人間不信にもなります。申し訳ありませんが投降は出来ません。身柄を保証してもらえるのなら、彼女は解放します」
「市民に手を掛けたかもしれん男を野放しには出来ん。大人しく付いてきてはくれんか? 其方に事情があるように、此方にも事情がある。悪いようにはせん」
「では、彼と手首を失った者たちの拘束をお願いしたい。それとドワーフたちの代表者を呼んで頂きたい。此方はあらぬ罪を着せられ、血を流している身です。中立な人間が居ない状況では、安心出来ません」
少なからず公平に見えた隊長さんに、此方の勝率を高めるべく希望を伝える。
バンドウッヅ外から来ていて、中立に物事を判断してくれそうな人物として思い浮かんだのがドワーフだった。
王戦の闘士選出も選別眼を競うものなのだから、彼らの人を見る目に期待したかたちだ。
「──分かった。おい、リード隊員を拘束せよ。誰か治療院へ走り、あとの3名の拘束も行え。治療は続けさせて構わん。もう一人、ドワーフの宿へ行き、代表者に来てもらえ。遠征代表者でなくて構わん。容疑者の言い分を聞いてくれそうな者なら誰でもいい」
「「ハッ!」」
「そんな、隊長殿ッ?!」
隊長さんの命令に従おうとする兵団員と異を唱えるリード。
「お前の拘束と第三者の立会いで、大人しくすると言ってくれているんだ。武力だけが無力化だと思うなよ。お前たちもぼさっとするな。さっさと取りかかれ!」
伝令が2人外へ走り、残った者の内2人掛かりでリードを取り押さえる。
宿屋の娘に【回復魔法】を使い続け、裂かれた自身の肩にもマナを纏わせる。
「【回復魔法】は続けてもらって構わん。娘にもお前にもな。ドワーフを呼びに行かせているが、あまり期待はするなよ? この時間じゃまず素面ではないからな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんじゃい、こんなとこに呼び出してからに。お前さんか? 件の容疑者というのは」
「ティーダ・
10分程でドワーフが一人駆け付けてくれた。
残念ながらオットーさんではなかったが、下手に身内が来て挙動不審になられては、かえって疑われてしまうかもしれない。
わざとらしく、姓を入れて自己紹介をする。
「ウェルマーチっていやぁ、お前さんまさか…」
「待て待て、ティーダって、王選の最終戦の…」
「ええ、其方のリードに逆恨みされて、宿にいる人間諸共殺されるところでした。抵抗すればこの通り、人質立てこもり犯に仕立て上げられる始末」
「う、黙れ黙れェッ! お前が全部やったんだろうがぁッ!」
ドワーフと隊長さんに事情を説明すると、悪者が誰か分かりやすくリードが喚く。
「ではこの娘に聞いてみて下さい。そろそろ目を覚ますのではないですか? ちなみに彼女を斬りつけたのは、両手首を斬り落とした男です」
「ぅぅうん──」
「うおおおおおッ!!」
娘の意識が戻りそうな様子を見たリードは、拘束を振り解いて襲いかかってきた。
いつの間にか後ろ手に縛られていた縄を抜けていたようだった。
取り上げたドワーフ製の剣を持ち、傍らで待機していた同僚の腹を蹴り上げ、怯んだところで剣を奪って跳び掛かってきたのだ。
「リード隊員ッ?! 貴様ッ」
隊長さんが割って入り、リードの剣を受け止めようとするが、構えた剣諸共、兜を斬り裂かれてしまった。
咄嗟に身を翻したようで、額を浅く斬っただけで済んでいた。
「なんて切れ味だッ!?」
「ドワーフの“里”の一級品ですよ。並の武器どころか、大抵の物は斬り裂きます」
「こうしちゃおられんッ! すぐ戻ってくるから、お前たちなんとしてもくい止めてくれ!」
そう言って兵団員らに時間稼ぎを求め、ドワーフは走り去っていった。
剣の斬れ味を認め、並の武器では歯が立たないと判断したのだろう、きっとドワーフの武器を持った増援を連れてきてくれるはずだ。
「「うおおおおお」」
兵団員たちが刺股で取り押さえに掛かるが、1人行っては斬られ、また1人行っては斬られる。
「正攻法で敵うと思うな、一斉に掛かれ! リードは団長を破ったんだぞッ!」
額の止血を終えた隊長さんも、刺股に持ち替えて構える。
呼吸を合わせた兵団員が、3人掛かりで同時に仕掛け、リードの動きを止めることに成功した。
「いくぞおぉッ!」
3人の間を縫って隊長さんが突進し、リードを食堂の外へと押し出した。
「邪魔をするなぁあッ!」
ピィィィ──!
リードの叫び声とともに、外から衛兵の使う甲高い笛の音が鳴り響く。
緊急事態を報せ、現場へ急行するときに人払いをするために用いられるものだ。
表にいる人の気配が徐々に増えていった。
兵団員たちがリードの足止めをしてくれている間に、娘の安全を確保するべく行動する。
主戦場でなくなった食堂を後にし、自身が借りていた部屋へ運び、ベッドへ寝かせた。
応急処置だった【回復魔法】の精度を上げ、完全回復を急ぐ。
傷口が残らないように、父特製の回復軟膏を塗り、細胞の活性化を促していく。
治療を終えたところで、【巡廻】で血管や神経の不整合がないことを確認し、シーツを掛けてやる。
父なら【収納】から何か取り出したり、【土魔法】を駆使したりしてシェルターを造るのだろうけど、そこもまだ追い付けていない。
気休めにもならないが、部屋の鍵を掛けて表へ向かった。
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