第83話 闘士選出大会 決勝

『はじめッ!!』


 審判員の開始の合図で空気が張りつめる。


 対戦相手、リードの持つ細身剣の切っ先が僕へ向き、風切り音とともに撓りを見せる。

 軽やかなステップと常に動く切っ先は相手の出方を掴ませず、間合いを計るだけに留まってしまう。

 昨日の1試合目のように、盾主体で突っ込んでもいいのだが、相手の腕前は何枚も上だろう。


 結局はバンドウッヅ兵団所属の人間としか対戦出来なかった。

 目的通りと言えば聞こえは良いが、一人くらいは無所属又は他の組織に属している人間と手合わせをしてみたかった。

 恐らく本気でかかれば、今回の相手も何も出来ないまま、勝負を終わらせられる気もする。

 牽制する動きを見る限り、ホーランの瞬発力を超えているとは思えない。だが念には念をだ。

 何より自信満々な相手が、どのような攻撃を仕掛けてくるか興味があった。


 剣と大盾を打ち鳴らし、打ち込んでくるよう挑発する。

 リードは眉間に皺を寄せたものの、攻撃してくることはなかった。

 ならばと、両腕を弛緩させて構えを解く。

 ノーガード状態で打ち込みやすくしてやるも、一笑に付されてしまった。

 確かに僕自身、相手にこんなことをされれば、罠を疑って仕掛けようとはしないだろう。

 だが、膠着状態が続いても意味がない。正直なところ、飽きてきたので仕掛けることにした。


「来ないなら、此方から行きます。威勢が良かった割には慎重なのですね。ガッカリです」


 一足飛びに距離を詰め、払い上げる剣で細身剣を持つ腕を叩く。

 そのまま身を翻してリードの背後に抜け、大盾を構えて反転、突進する。骨が折れた感触が伝わってきた。

 弾き飛ばされ舞台を転がるが、すぐに起きあがるリード。庇うように押さえていることから、骨折箇所は左上腕のようだ。


 【回復魔法】で骨折箇所を治しているようだが、そこまで早くない。お粗末と言えるレベルだ。

 骨折によるショック症状も現れはじめているようだし、まともに闘えるようになるにはまだまだかかりそうだ。

 早々に終わらせてあげた方が良いだろう。


 大盾とショートソードを握り直し駆ける。

 リードは立ち上がり回避を試みるが、輪を掛けて遅い。

 大腿部を蹴り上げ、再び舞台に転がしてやる。取りこぼした細身剣を大盾で破壊し、そのまま喉元に先端部を突き付ける。


『勝者ァ! ティーーダァー!!』



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「順当過ぎて、ぐぅの音も出ねぇ」


「オットーさん、今日は稼げました?」


 いつも通り、夕食をラピスラズリで済ませる。

 明日は最終戦の後に式典を挟んで、上位トーナメント出場者と来賓を招いたパーティが催される。

 明後日にはドワーフ国ツワァゲンランドに向けて出発だ。

 今晩がラピスラズリでの最後の夕食となる。

 オットーさんが馴染み感を出しながら相席してきた。


「オッズが悪すぎて賭けちゃいねぇよ。明日もどうなるやら。ティーダたちの凄さを改めて確認したよ。感覚が麻痺しちまってたんだなぁ」


「父さんほどじゃないけどね」


「トモーは化け物だからな。尻を蹴飛ばせるお嬢フィーネの気が知れねぇ。──明日もあるけど、まぁ勝ちは決まったようなもんだろ。おめでとさん」


 テーブルに届いた麦酒で乾杯する。

 なんだかんだ言って、僕も賞金で稼がせてもらった。

 まだ明日を残しているが、バンドウッヅ兵団員との試合はすべて消化した。

 お世辞にも得られるものが多かったとは言えないが、兵団、軍を創設することの難しさがよくわかる大会だった。


 個人の武と、集団としての纏まり。

 獣人では殊更、種族で特性が変わる。

 人口も漸く都市と呼べるようになってきたが、幼い者が多い。

 画一化した集団戦法と、特化した個人戦法を伸ばす育成課程を構築する必要がある。

 帰ったら父たちに相談しよう。


 オットーさんが出来上がる前に別れ、宿を目指す。

 東通り沿いの中流階級向けの宿を常宿としていた。

 部屋に帰り着いて湯を貰い、身体を拭く。

 狩りや漁で数日家を空けることはあったが、ここまでは長期間になったことはなかった。

 お風呂の有り難みが痛いほどよく分かる旅だった。

 ドワーフ国王都ツワァゲンバーグには公衆浴場があると聞いている。もう少しの辛抱だ。

 寝間着に着替えベッドに入る。

 明日の対戦相手は王選参加が決まっている闘士とのことだが、ドワーフの鍛冶士本人だと聞いている。

 自身で王戦に臨むオットーさんの特訓にも付き合ってきたし、間合いの感覚は大丈夫だ。

 問題になるとすれば、どれほどの使い手かという点だろう。

 いずれにせよ、体調を万全にするに限る。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 夜中──。

 物騒な気配に目が覚める。

 窓の外、裏路地に2人。

 部屋の扉越し、廊下に2人。1人の気配には覚えがある。この宿の娘だ。

 もう1人──さぁ、お客さんのお出ましだ。


「どちら様でしょう?」


 【照明】を点け、誰何する。


「お客様、起きていらっしゃいましたか。お客様のご友人と仰る方が見えられまして…」


「こんな時間に訪ねてくる友人はいません。お引き取り頂いて下さい」


 扉の向こうで何か言い合っている。

 まぁ、帰ってはくれないだろうな。


「お、お客様、申し訳ございません。あの、どうしてもと仰られておりまして…。扉を開けては頂けないでしょうか?」


「わかりました。食堂で待って頂けますか? 寝間着姿ではなんですから、整えてから伺います」


 ボソボソとまた言い合いが始まる。


「あのっ、早く来て下さい。お願いします」



「お待たせしました」


 着替えを済ませ、来訪者と食堂で会する。

 既に店仕舞い後のため、椅子を卓に上げた状態で壁際に寄せられ、中央が大きく開けられていた。


 男の目線に宿屋の娘がうんうん頷く。

 部屋の人間で合っているかを確認しているのだろう。

 満足したのか男は顎をしゃくって、娘を下がらせる。


「おまえがティーダか?」


「? ええ、そうですが、アナタは?」


「オレのことはいいんだよ。お前がティーダで、この場にいる。そんで、この娘が死ねば状況は完成なんだよ!」


 そう言って男は【収納】から剣を取り出し、下がろうとしていた娘の手を引き、腹部を斬りつけた。


「何をしているんだ!」


「見ての通りだよ。宿の娘に無頼をはたらく男ティーダ、お前は大人しく駆け付けた衛兵にしょっぴかれていくんだ。この娘が助かるかどうかは、お前が大人しくしているかどうかにかかっているんだぜぇ?」


「──何を馬鹿なことを…」


「ほら、動くんじゃねえよ。リードォッ! 舞台は仕上がったぞ!」


 羽交い締めにした娘に剣を突きつけ、牽制したまま仲間を呼びつける。

 奥の部屋に続く扉から、男が1人入ってきた。昼に試合した相手、リードだ。

 リードは腕を振り上げ、何かを投げてきた。

 床に転がったそれを見て、血塗れで息も絶え絶えの娘が叫び声を上げた。この数日世話になり、見慣れてきた顔──宿の主の首だった。


「兜の下はそんなツラしてたのか。声は間違いねぇな。非道いことをするなぁ、ティーダ? 世話になった宿の一家を惨殺なんて、例えお天道様が許したとしても、俺たちバンドウッヅ兵団が許さねぇ!」


 ニヤニヤしながら口上を述べるリード。


「──どうしてこんな事をする?」


「あぁん? お前が強すぎるからだよ。あんなに圧勝されたんじゃ、誰も闘士に選ばれやしねぇんだよ。ドワーフどもの王選だって、下手すりゃお前一人で終わりじゃねぇか。だからお前という選択肢をこの世から無くすんだよ!」


「なぜ無関係な人を巻き込んだ?」


「何言ってんだよ? お前が殺したんだよ。こうでもしなきゃ、大人しくなんねぇだろ?」


「その娘はどうなる?」


「コイツか? もう死ぬんじゃねぇか? 使いたいなら待ってやってもいいぜ。強姦殺人の方が、箔がつくってもんだろ? お前が死んだらしっかり後を追わせてやるさ」


 気を失い血溜まりを作る娘から、薄ら笑いを浮かべるリードたちに目を移し、覚悟を決める。


「生かしておくつもりがないのなら、しっかり抵抗させてもらいましょうか」


 身体中にマナを漲らせ【身体強化】をかける。手のひらで隠れるようにナイフを【収納】から取り出し、マナを纏わせた。

 リードの脇を駆け抜け、娘を捕まえている男の両手をナイフで切り落とす。

 悲鳴が上がり、更に血溜まりが広がることになったが、娘は取り返せた。

 娘にマナを【巡廻】させ、【回復魔法】をかけてやる。


 男の悲鳴が聞こえたのか、裏通りに控えていた男たちも食堂に入ってきた。

 すぐに剣を取り出し斬り掛かってくる男たちを躱わしながら、剣を持つ手を手首から切り落とす。新たに2つ床に血溜まりを作った。


「さて、リード。自首をして真実を語るのであれば、無為に責め立てることはしません。彼女がどのような処分を求めるかは知りませんがね」


「言ってくれるねぇ。こちとら10年前にかつての生活を奪われたんだ。今年を逃せば、また10年貧困区だ。そんなのは我慢ならねぇ! お前を殺して、娘も殺す。簡単じゃねぇか!」

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