第82話 闘士選出大会 上位トーナメント

『東ィー、バンドウッヅ兵団の誇る色男ォー! 泣かした女は数知れずゥッ! 第三大隊副長ォー、ジェーイムズーゥ!!』


 大闘技場に移って最初の試合。

 同時にいくつもの試合を消化するため、複数の舞台が設置された小闘技場とは異なり、大闘技場では中央に少し大きめの舞台が作られ、余ったスペースには至近距離で観戦できるアリーナ席が設けられている。

 アリーナ席の後方、元々の観客席の一角には貴賓席が設けられ、バンドウッヅの議会議員や友好国からの来賓が座っていた。オットーさんたちドワーフも貴賓席だ。

 全体の収容人数は5万人に届くかというところかな。


 観客席の別の一角には揃いの制服に身を包んだ男たちが、対戦相手を応援する。

 長く伸ばした金髪をサラリとかきあげ、微笑みながら片手を挙げて応えるジェームズ。

 遅れてアリーナ席に陣取る女性たちの黄色い声援が会場を包んだ。

 すぐさま男たちの怨嗟の声がブーイングと相俟って席巻した。

 父を凡人に感じた。


『西ィー、気を失った相手にもォ、追撃の手は緩めないィー! 残虐非道の荒野の戦士ィー! ティーーダァー!!』


 オットーさんの笑い声がよく聞こえる。

 残虐非道って…。


 闘い自体は呆気ないものだった。

 相手のジェームズは細身剣を使うが、大盾の前にポキンと折れてしまった。

 ルール上、武器の破壊は決定的な勝敗にならず、女性陣の応援に降参も出来ない様子。

 可哀想だが、見ている側も納得できるように殴り飛ばしてやった。

 結果的には昨日のメイス使いの方が手強く感じた。



『東ィー、バンドウッヅ兵団一の伊達男ォー! ケツを捧げた男は数知れずゥッ! 第二大隊長ォー、トーーマスーゥ!!』


 昼を跨いで2試合目。

 筋肉隆々な男が舞台に上がり、両手を挙げて観客席に向けてアピールする。

 揃いの制服をピッチリ着込んだ男たちから野太い声援が送られている。

 その様子を横目でチラチラ窺う女性が何故だかホクホク顔だ。シルフィが時々あんな顔をしていたな。


『西ィー、武器を失った相手でもォ、容赦なく殴り飛ばすゥー! 色男は人類の敵ィー! ティーーダァー!!』


 女性陣からブーイングが上がる。

 オットーさん的には朝の試合の方がツボだったようだ。笑い声は聞こえない。

 勝手に代弁者に祭り上げられているからだろうな。

 パラパラと疎らな拍手が聞こえたが、微妙な気分だった。


 相手は両手剣使いで小盾は装備せず、代わりに手甲の板金が強化されていた。

 兜も金属製で甲冑も板金が多用されており、運動性を損なわないように防御力を上げている点では、僕の纏っている物と基本方針は同じ様だ。

 ただし、相手が攻撃に重きを置くのに対して、此方は防御が主体だ。

 当然の話だが、防御を超える攻撃力で当たられれば、無事では済まない。

 バンドウッヅにもドワーフの工房があると聞いている。相手の両手剣がドワーフ製だと思って闘わねばならない。


 開始の合図とともに、素早い動きで両手剣を振るってくる。が、遅い。

 速い動きならニアママやホーラン、ケヴィンさんで見慣れているし、そこまで速いと言えない部類のシルフィよりも遅い。

 結局のところ、只人の限界ということなのだろうか。


 余計なことを考えつつも、トーマスの攻撃を去なし、空いた脇腹に蹴りを入れる。

 両手持ちの武器の扱いは見慣れている分、容易いことだった。

 両手持ちの武器はシルフィがいるし、父も戯れに両手剣を扱うことがある。

 “旭日の構え”から【風魔法】・【雷魔法】での縛り、その後の唐竹割りや払い抜け、刺突に至るまで、バリエーション豊富な父の技を未だに崩せていない。

 敢えて教わることはせずに、技を盗んで、不完全ながらも再現出来つつある。

 名前からして僕のために用意してくれた技だろう。いつか完全修得してみせる。

 母も使えたりするのだろうか?


 観客席から悲鳴が上がるが、やはり男の割合が大きい。

 狙い通りに肋を傷めてくれたようで、両手剣の勢いがなくなり、危なげなく大盾で受けきれるようになった。

 大盾越しに感じる衝撃から、ショートソードに纏わせるマナの量を調整し、再び振るわれる両手剣に合わせ、得物を斬り断つ。

 突然クリアになった視界と、軽くなった腕に戸惑いを隠せないようだった。

 剣を持ち替え、空いた手で拳を握り、呆けた相手の顎の先端を打ち抜き、しっかり頭を揺らしてやる。

 膝から落ちたところに、持ち直した剣を突き付け、審判員の宣言を待った。



『東ィー、相手の武器を奪ってからァ、容赦なく殴り飛ばすゥー! 快進撃はどこまで続くゥ?! 悪逆非道の色男キラァー! ティーーダァー!!』


 3回目ともなれば慣れたものだ。

 居場所を示す程度に、軽く手を挙げておく。

 オットーさんの笑い声が復活したから、路線修正もされたようだ。

 ラピスラズリの女将さんの声も聞こえた。余り深い仲になるのは避けておきたいが、適当に賭けて経営の足しにしてもらえたらいいかな。


『西ィー、バンドウッヅ兵団の問題児ィー! 両刀使いの二刀流ゥー! 強いからこそ質が悪いィ 節操なしの実力者ァ 副団長ォー、バァーイキィーングゥー!!』


 歓声とブーイングとが相俟った、愛と憎の念が渦巻く不可解な声援に、涼しい顔で手を振っていた。


 日も変わって、大闘技場に移って3試合目。

 相手は紹介通り、長剣の二刀流。

 昨日のトーマスと同じく板金を増した手甲を着けてはいるものの、鎧は一般兵と同じ物。

 機動性を重視した戦い方をするのだろう。


 開始の合図とともに互いに駆け出す。

 接敵の瞬間身を屈め、掬い上げるように大盾でかち上げると、容易く宙を舞ってくれた。

 大盾を回転させ、落下してくる相手に合わせて大盾の辺で殴り飛ばす。

 相手もここまで勝ち上がってきただけあって、ただ殴られるだけではなかった。

 剣を十字にして大盾の攻撃を受け、勢いを殺したようだった。

 それでも宙に浮いた身体では打撃の運動エネルギー自体はモロに受けてしまうため、吹き飛び、土煙を上げて地面を転がった。

 只人であれば土煙が晴れるか相手が飛び出してくるのを待つところだろうが、音でも匂いでも相手の位置は掴めている。

 土煙の中に飛び込み、大盾をシャベル代わりに相手を再び掬い上げた。

 落下地点で待ち構えると、先と同じように剣を十字にして備えているのが見えたので、一歩退いてそのまま地面に落としてやる。

 満足に受け身が取れなかった相手に向かい、ハエ叩きよろしく大盾で強かに打ち付けた。

 大盾を持ち直し、伸びてしまった相手の持つ剣を、先端部分で破壊する。

 これで大盾も防具兼武器の扱いになるだろう。ショートソードと大盾の二刀流だ。


『勝者、ティーダ!』


 審判員がバイキングの継戦不可を判定し、勝利が宣言された。



 昼休憩を挟んでこの日の2試合目。

 予定していた時間になっても、試合を始める気配がない。

 対戦相手は舞台の反対側で待機しており、僕も準備万端整っていた。


 結局30分遅れで試合が行われることになった。どうやら賭けがなかなか成立しなかったことが原因だったようだ。


『東ィー、勝つためには手段を選ばない男ォー! 人気者には容赦しない! 全身凶器! 冷酷無比な武器破壊者ウェポンブレイカーァー! ティーーダァー!!』


 僕に賭けてくれたのであろうか、今までにないほどの声援を受ける。

 片手を挙げて、観客席へ謝意を示した。


『西ィー、南東区出身の兵団員! 一兵卒の下剋上ォー! 兵団長を破ってきたぞォー! 細身剣に賭ける未来は天か地か!? 貧困区の希望の星ィー! リーードォーゥ!!』


 兵団員たちから声援が送られるかと思いきや、疎らな拍手とブーイングが響く。

 兵団長を破った実力者ながら、貧困区出身ということで素直に応援出来ないのだろうか。

 明日の王選出場者との最終戦を残し、実質の決勝戦とも言える試合。

 相手の闘いぶりが不明だが、声援からすると、成る程、賭けが成立しなかったというのも頷ける。


「全く酷い紹介だ。明日どころか今日食う物にさえ事欠く貧困区に、同族意識もクソもねぇよ」


「僕はこの街の人間ではないので、貧困区のことはわかりませんが、酷い紹介だという点は同感です」


「ハハッ、余所者か。じゃあ、遠慮する事ぁねえな。精々生き残ってくれよ? 手加減するのに飽きちまったからな。死ぬときは事故っぽく死んでくれ。王選もさることながら、賞金と兵団での地位も欲しいからよォ!」


『はじめッ!!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る